09.冒険者ギルドの魔法の本
「ありました。最上級ポーション大全(下巻)です!」
本はすぐに見つかり、テーブルの上に本を広げ、皆でのぞき込むと、最初のページにはこう記されていた。
『ああ、君のことは知っているぞ、少年』
「えっ、少年って僕?」
エドは目を丸くする。
「本さんはどうして僕のことを知っているの?」
『魔法の本同士は居ながらにして話が出来る能力があるのだ。君のことは《アカデミー》から聞いた』
「あの本さんのお友達ですか? あのこんにちは、初めまして。僕はエドです」
『うむ』
と本のページには満足そうに一行記され、
『少年達は最上級状態異常解除ポーションのことが知りたいらしいな』
どうやらレシピを教えてくれそうな雰囲気だ。
「あの、その前にいいですか?」
とオーグが声を上げた。
「おっ、俺はオーグです。俺が最上級状態異常解除ポーションを探している人狼です」
オーグは少し緊張した様子で挨拶し、神妙な面持ちで本に尋ねた。
「あの、俺、カチュアさんから『ルナティック』について聞きました。俺は、俺を襲ったあの狼の獣人のように、皆を襲ってしまうことがあるんでしょうか?」
それはオーグのこのところの一番の悩みだった。
自分も自分を襲ったあの狼の獣人のようになってしまうのか……?
少しの沈黙の後、本に文字が書かれていく。
『ルナティックは月の女神の加護を受けた狼の獣人が満月の夜に精神錯乱を起こす現象だ。彼らは強い破壊衝動を抑えられなくなるという。人狼は彼らの犠牲者ではあるが、同じ衝動を有している』
「…………!」
オーグは息を呑んだ。
『だが』
と本の言葉は続く。
『オーグといったな、お前は人狼になってからいくつかの満月の夜を迎えただろう。変化はあったか?』
「満月の晩はざわざわとして、なんか落ち着かない感じになります。ちょっと暴力的な気分になる時も……」
オーグは告白した。
『それでもお前は人を襲うことはなかった。獣人とは人の心と獣の心、二つの心を持つ者だ。満月の晩、狼の獣人の心は獣に傾く。だが忘れるな、心に愛と正義がある限り、獣と成り果てることはない』
「……なんか格好いい……」
とリックは呟く。
「うん」
ローラも思わず同意した。
『この衝動は本能だ。完全になくすことは出来ないが、それを抑えるアイテムは存在する』
「そっ、それはどんな……?」
『新月の指輪だ。ドワーフ達が作る』
「ドワーフ?どこに行けば会えるんですか?」
だが魔法の本はオーグの問いに答えず、ページには別のことが記された。
『このように獣人はそれぞれ精神の均衡を欠く特別な日時が存在してしまう。たとえば猫族の獣人は……』
魔法の本の話は続き、カチュアはだんだん眠くなり…………。
『ではここまでにしよう』
「はい、ありがとう、本さん」
『少年よ、また会おう』
「ハッ」とカチュアが目を覚ました時には全て終わっていた。
***
カチュア達は冒険者ギルド近くのお食事処に移動して、お昼ご飯を食べなから、エド達から本から聞いた話を説明してもらった。
カチュアも寝てたが、リックも寝ていた。アンも半分寝ていたので、大丈夫(?)だ。
「やっぱりレシピは教えてもらえなかったの?」
カチュアの問いかけにエドは首を横に振る。
「ううん。教えてもらえたよ。材料も一つくれた」
「え、教えてくれたの?材料まで?」
「これ」
とローラが手のひらサイズの小さな袋を見せてくれた。
「へー、これがぁ。なんて材料?」
「『魔法の本の爪の垢』」
「……は?」
「『魔法の本の爪の垢』」
「え、それ薬になるの? 私達騙されてない?」
「大体、本て爪、あるのか?」
とリックも首をかしげる。
「ある本もあるよ」
とエドが言った。
「切り込みインデックスのことを爪掛けっていうんだって。ほら、指が掛けやすいでしょう?」
大きく分厚い本の中にはページがめくりやすいようにインデックスを付けている本がある。
それを『爪掛け』と呼ぶんだそうだ。
確かに最上級ポーション大全(下巻)にもあった。
だがその垢。
多分、成分はホコリ。
「貴重なものなんだって」
「ふ、ふーん。あ、新しく分かった材料ってなんだったの?」
「…………」
カチュアの言葉に、オーグとローラが顔を見合わせる。
意を決したようにローラが言った。
「いくつか教えてもらった。そのうちの一つはアンさんが探していた月下美人草」
「えっ」
オーグは深刻そうな声で続けた。
「月下美人草はパーティーで一つしか手に入れられないそうです……」
ダンジョンの二十五階にある月下美人草はアンの目標である『美人のポーション』の主原料だそうだ。
「そうなんだ……」
つまりそれはアンかオーグか、どちらかの願いしか叶わないということで……。
どんよりと暗いムードが漂ったが、それを吹き飛ばしたのはアンだ。
「なーんだ、そんなこと? それなら草はオーグが使いなさいよ」
「えっ」
と一同は驚いてアンを見た。
「えっ、でもいいんですか?」
アンはカラカラと笑って言った。
「いいわよ、仲間のためなら譲るわ。美人のアタシがもっと美人になるためのものなんだし。そもそもダイエット出来れば問題ないから。じゃあねー、次の目標は、もっと上層にあるっていう『痩せ草』にするわ」
「アンはそれだけ動いてるんだからすぐに痩せそうなのにね」
カチュアがそういうと、ちょっとぽっちゃりなアンはため息をついて、
「アタシもそう思うんだけど、上手くいかないわー」
と食後のイチゴのショートケーキを食べている。
多分、敗因はコレである。
「アンさん、ありがとうございます」
とオーグは深々頭を下げてお礼を言った。
「いいわよ、その代わり『痩せ草』を手に入れるの、手伝ってね」
「はい! もちろんです!」
「それにしても」
カチュアはふと思い出した。
「結局魔法の本はオーグの質問に答えてくれなかったわね」
「……多分、それは答えは自分で探せって意味なんだと思います」
とオーグは言った。
「あー、そっか」
「じゃあ皆で探そうぜ」
「うん」
***
「じゃあまたねー」
と皆と別れ、カチュアとエドは家路につく。
「お母さん、魔法の薬ってすごいんだね」
「そうねー」
「僕、薬師になりたい」
「あ、そうなの?」
ちょっと前までは父親のアランのように「騎士になる」と言っていたエドだが今は薬師志望らしい。
「うん。あと魔法の本はすごく面白いからいろんな本さんを読んでみたいな。魔法の本ってどうやって作るんだろう?」
「確かにあの本達はどういう仕組みなのか不思議よね」
「僕、色々知りたいことがあるんだ。やりたいことも。だから、アカデミーのジュニア校に受かるといいな」
「そうねー、試験頑張ってね」
「うん」
エドはアカデミーのジュニア校行きに前向きになったようだ。
エドの成長が嬉しいカチュアだった。






