07.トーナメント必勝法
「十九階で狙うモンスターは何ですか?」
「十九階に出てくるモンスターなら何でもいいわ。とにかくたくさん倒して経験値を稼ぐのよ」
「シビレ茶色蛾も?」
「ええ、バンバン倒してちょうだい」
シビレ茶色蛾は、十九階でよく出現する雑魚モンスターである。
その名の通りシビレ毒を持つ茶色の巨大蛾のモンスターだ。
見た目が気持ち悪く、経験値は平凡。
美味しいモンスターには到底思えない相手だが。
「狙いはシビレ茶色蛾のドロップアイテム、シビレ毒の粉よ。それで逃げ足ウサギを狩るの」
逃げ足ウサギは十九階の雑魚モンスターで、二十一階の幸運ウサギの下位バージョンといったところだ。経験値もドロップアイテムもパッとしない。
「逃げ足ウサギですか? 幸運ウサギではなく?」
「二十一階で実際に戦ったパーティーに聞くと、幸運ウサギは単独で戦うタイプだそうよ。逆に逃げ足ウサギは大体徒党を組んで襲いかかってくるわ。どちらのモンスターもすぐに逃げてしまうモンスターで、特に幸運ウサギはとても素早く、熟練のパーティーでも三回に一回は逃してしまうそうよ」
一方で逃げ足ウサギは大抵四~五体まとまって行動する。
逃げ足ウサギ一体の経験値は幸運ウサギの1/10だが、四体倒せば、一回当たりの戦闘で得られる経験値は幸運ウサギの1/3強。
逃げ足ウサギの方が防御力、体力ともに低いので戦闘は早く終わる。
さらに雑魚モンスターであるのでエンカウントしやすい。
幸運ウサギを追っかけ回すよりは効率が良く倒せる。
「……思ったほど、悪くないですね」
「逃げ足ウサギは逃げ足が速いけど、シビレ毒の粉を塗布した武器で戦えば逃す確率を下げられるわ。それに逃げ足ウサギはドロップアイテムが『俊靴』といってこれは素早さ上昇の靴なの」
素早さは攻撃や回避に関わるため、上がってほしいパラメータの一つだが、俊靴は素早さのみがアップし、防御力はいまいちだ。
ややクセの強い防具であるが、
「リック君の長所は素早さよ。これは冒険者ギルドの新聞のコラムで読んだんだけど……」
「新聞のコラムっすか」
「四コマ漫画の隣だから時々読むのよ。育成のコツは短所を補うより長所を伸ばすこと、らしいわ。装備は素早さに全振りするべきだと思う」
とカチュアは断言する。
「なるほどね。それで十九階のレアモンスター、トリックスターのドロップアイテム『素早さバッチ』も付けて、攻撃される前に先制するって作戦かい?」
「ええ」
十九階のレアモンスターはトリックスターという鳥のモンスターだ。
素早く、様々な補助魔法を仕掛けてくる敵で、このモンスターを苦手とする冒険者は多いが、オーグやリックも素早いので、トリックスターの早さにも十分対応出来る。
さらにトリックスターのドロップアイテムは『素早さバッチ』という素早さ上昇のアイテムだ。
防御力を無視して素早さに全振りした装備でいく作戦だ。
ダンジョン探索では防御の薄さは命取りだ。生死に直結する。
だが回復役が側で待機するトーナメントで死亡することはほぼない。
そこを狙ったトーナメント特化の必勝法だ。
「このくらい思い切らないと八位入賞は難しいと思うわ」
***
それから一ヶ月。
カチュア達は肉の日、魚の日、薬草デー、ポイント三倍デーなどを駆使して経験値稼ぎに明け暮れた。
そして一月後、チームが集大成として向かったのが、十八階だ。
最上級状態異常解除ポーションの材料、ナイトメアのたてがみを取りに行ったのだ。
カチュア達は既に二十階の女神像まで到達している。
十八階に生息するモンスター、ナイトメアを倒す機会は以前にもあったのだが、馬のモンスター、ナイトメアはボスモンスターと呼ばれる階に一匹だけ現れる高レベルの敵だ。
ボスモンスターは大抵冒険者が上階に進むのを阻むように出現するが、ナイトメアは階段までのルートとは少し離れた場所に出没するので、絶対に倒さねばならないというモンスターではない。
むしろナイトメアは「避けるべきボスモンスター」として知られている。
ナイトメアは『死の呪い』という即死攻撃を繰り出してくる。
即死回避のお守り、蘇生魔法や蘇生魔法の巻物など、対処の方法はいくつかあるが、万一蘇生が間に合わなければ、あっという間に全滅しかねない。
そんなナイトメア戦の必勝法はとにかく素早く倒すこと。
時間を掛ければ掛けるほど不利になってしまう。
リックとオーグ、アンがナイトメアを囲み、カチュアとローラはいざという時のための蘇生要員として待機する。
「ほら、こっちだ!」
リックが上手くナイトメアの注意を引き、その隙にオーグとアンがナイトメアに攻撃する!
結果は、パーティの勝利だ。
カチュア達はナイトメアのたてがみを手に入れた!
***
トーナメント当日、カチュア達は闘技場に向かった。
Cランクはなんと百組以上のチームが参加するらしい。
「そんなにいるのねー、Cランク」
感心するカチュアに、リックが教えた。
「大きな大会ですから近隣の町のチームも参加するんだそうです。大会で優勝すればワンランク上に昇格出来るんですよ」
そのせいか、どのチームも気合い十分だ。
そして。
「おっ」
「あ」
「あっ」
「あら、偶然」
「あいつ……」
「あー、雑魚チームのヤツラ!」
初戦の相手は元パーティーメンバーのサザとルーシーのチームだった。
サザとルーシーはカチュア達を見て、勝利を確信した様子であざ笑う。
「なんだ、お前らか。どうやってこのCランクまで来たかしらねぇけど、楽勝だな」
「ほーんと、ラッキーだね、サザ」
先鋒のオーグの対戦相手はサザだった。
サザ達のチームは優勝を狙う大所帯。
カチュア達ガンマチームはつい先日までFランクだったチームだ。
チームの主力は後半の戦いのために温存して、初戦は新入りに任せる作戦に出たのだ。
サザはオーグを前に余裕の表情だ。
「俺の相手は包帯野郎か。悪いな、大怪我する前にさっさと降参してくれよ。ま、その包帯姿じゃ怪我も何も分からないだろうけどな」
サザのカチュア達のチームの印象は数ヶ月前に別れた時のままだった。
装備こそ少し良くなっているが、オーグもリックもひょろっとした細身だ。
それに比べて自分は格段に強くなったと思う。
それに、オーグは同じチームにいた時、職業を頑なに言いたがらなかった。
きっと自慢出来ないような職業だからだろう。
――大したことないな。
サザはオーグを見くびっていた。
だが、「始め!」の合図で試合が始まった瞬間。
オーグは目にも留まらぬ速さでサザに迫ったかと思うと、サザの肩を掴んだ。
「……!」
肩が外れるような痛みに、サザの息が止まる。
サザはなんとかオーグの手を振りほどこうするが、サザより細身なのにオーグの腕はびくともしない。
オーグはそのまま怪力でサザを場外に投げ飛ばした。
オーグの圧勝である。
オーグの職業は『獣戦士』。
獣人にしかつくことが出来ない強力な特殊職だ。
一瞬にして距離を詰められ、サザは剣を構えることすら出来なかった。
一敗した相手チームはあわてて次の戦いには実力者を出してきた。
筋肉バキバキの斧使いが相手だったが、アンは辛くも勝利する。
「……?」
アンの戦い方を見て、カチュアは内心首をひねった。
なんとなくだが、アンは「ギリギリで勝った」というように見せかけたように思えたのだ。
「油断させるアンの作戦かしら?」
続く中堅の戦いはリック。
そしてその相手は。
「ホント、あんた達、邪魔」
怒りに燃えるルーシーだった。






