06.人狼が生まれる訳
「どうしてかしらねぇ?」
「ママ、友達の人がどうして噛まれちゃったか聞いてないの?」
「それは聞いたわ。オー……ママの友達はね、小さな村に住んでいて、村人全員が襲われて人狼になってしまったそうよ」
残念だが、狼の獣人に対する偏見は根深い。
周囲をそっと見ても誰かが聞いている気配はないのだが、念のため、オーグの名前は出さないでおく。
パーティを組んで三ヶ月あまり。
エドもバーバラもカチュアのパーティメンバーであるアンやリック達らと街でばったり会い、その時に紹介して何ならちょっと遊んでもらったこともあるので知り合いだ。
だがオーグはカチュア達に会っても、遠くからぴょこっと頭を下げるだけで近寄ることはなかった。
オーグは狼の顔を隠しているので包帯ぐるぐる巻きの怪しい姿だ。
その姿に子供がおびえてしまったことがあったらしい。
「村の人が狼の獣人をいじめたから怒ったのかな?」
「それがね、何のトラブルもなかったそうよ」
村人のほとんどが、狼の獣人が村を訪れたことすら知らなかった。
ある日、旅の男が村にふらりとやってきて、顔や手を包帯で巻いたその異様な風体に出会った村人は驚いたが、善良な彼らは旅の男を快く泊めてやり――。
満月のその夜、村は突然襲われた。
幸い、死んだ者はいなかったが、村人はみな人狼になってしまった。
「突然やってきて、突然襲われたの?」
「ええ」
カチュアは困りながら頷いた。
確かにおかしな話だ。
オーグの村の住人達は狼の獣人に襲われる心当たりが何もない。
なのに、村人は人狼にさせられた。
「どうしてかなぁ?」
本のページが独りでにペラリとめくれ、そこに文字が記されている。
『ルナティックだ』
「ルナティック?」
『獣人族はそれぞれの種族の守護神を信仰している。神の加護を受けた者は、並外れた力を得る。彼らは優秀な戦士で、歴史に名を残す偉業を成し遂げた者もいる。獣人族の中でも狼族は特に戦闘能力が高い』
「そうなんだー」
「すごーい」
『だが代償を払わねばならない。加護を受けし者はより強く獣の特徴が出る。体にも心にも。ことに狼の獣人達の神は、月の女神だ。強い力を持つ狼の獣人は満月の晩に血に狂う。欲望のままに人を襲ったのだろう』
「そうだったのね……」
「狼の他にはどんな獣人がいるのかな?」
『獣人族は狼族以外に数十種類もの種族に別れており、それらは…………』
本の説明はまだまだ続く。
エドは興味深そうに読み進めるが、カチュアはだんだん眠くなっていき…………。
ポーンポーンポーンポーンポーン。
鐘が鳴り、カチュアは目を覚ました。
「ハッ」
ガチャッとドアが開いて、司書が顔を覗かせる。
「五時です。閉館の時間となりました。書架に本を戻してください」
「えっ! まだレシピ教えてもらってないのに!」
『ではここまでにしておこう。さらばだ、少年。また会おう』
「本さん、どうもありがとう。楽しかった」
とエドは最上級ポーション大全(下巻)を片付け出した。
閉館の時間になってしまった!
***
カチュアは次にパーティの仲間に会った時に、最上級ポーション大全(下巻)は見つかったが、レシピは分からなかったことを冒険者ギルドの会議室で告白した。
カチュアも皆に話があるが、カチュアがお休みの時に、皆の方も進展があり、カチュアに話があるらしい。
「せっかくの機会だったのに、ごめんなさい」
カチュアはそう謝ったが、アンが言った。
「いや、上出来だよ。相手は魔法の書だ」
「確かに不思議な本だったわ……」
「魔法の書は生きている本で、気に入らない者には一ページも本を読ませない。本は『また会おう』と言ったんでしょう?」
「うちの子にね」
「じゃあまた会えるわよ」
アンは気楽に言うが、カチュアは失敗を引きずり中だ。
「ごめんね、オーグ君」
「そんな、気にしないでください。俺のために本当にありがとうございます」
「カチュアさん、俺らの方も新情報です」
「です」
グッドニュースなのか、リックとローラが意気込んで話しかけてきた。
「何?」
「これです」
そう言って、指さすのは壁に掛けられたポスター。
「冒険者ギルドのチーム対抗トーナメントね」
ここ、迷宮都市ロアで毎年一回行われる大会だ。
冒険者ギルドのチーム同士がトーナメント方式で戦う。
優勝賞金が豪華なので有名な大会だが。
「チーム対抗戦はランクごとに別れていて、私らはCランク。八位までに入賞出来れば、副賞としてこの冒険者ギルドの図書室に半日入ることが出来る権利が貰える」
「冒険者ギルドの図書室には最上級ポーション大全(下巻)があります! 確認済みです!」
それを聞いてカチュアは思わず瞳を輝かせる。
「よかった。これで続きが読めるわね」
最上級ポーション大全(下巻)を読むチャンスはまだあるようだ。カチュアはものすごくホッとした。
「ただねぇ、Cランクといえば、中堅以上の冒険者ばかりだ。経験や能力に劣る私らではまともにぶつかったら負ける。そこで作戦だ」
出場するのはチームから五名ずつ。カチュア達は五人チームなのでギリギリ出場可能だが。
「出来れば、先鋒、次鋒、中堅、この三人で戦闘を終えたい。先鋒はオーグ、次鋒はアタシ、中堅はリックでいこうと思う」
要するに非戦闘員のカチュア、ローラには戦闘させない作戦だ。
「うん、お願いします」
カチュアにはまったく異論はない。
むしろ大賛成である。
「トーナメントは一ヶ月後。アタシとオーグは戦闘職だ。ただ、リックは盗賊。一対一で戦闘職と当たると不利だ。カチュア、何か策はないかい?」
「うん。そうねぇ」
カチュアはちょっと考えてみる。
Cランクの冒険者の平均レベルは40。
今、オーグやリック達のレベルは25。
十五階以上は階×1.5のレベルが推奨なので、チームはもう少し頑張ればギリギリ二十階あたりをうろうろ出来るレベルに達する。
だがトーナメントまで一ヶ月あまり。どんなにレベルアップが上手く行ってもレベル30になれるかどうかといったところだろう。
10のレベル差はかなり大きい。
普通なら勝ち目はないが、オーグは人狼だ。そして人狼のうちでもかなり強い部類に入る。
オーグの話では人狼になった村人の状態には個人差があって、ちょっと毛深くなったり、狼のふさふさ耳だけが生えたりという人がほとんどだった。
村は元々あまり他の地域とは関わりのない小さな集落なので、よその土地の人と会ったり、他の街に出かける時には変装するなどして、なんとか誤魔化して生活しているらしい。
オーグは村では一番重症で、全身が毛むくじゃらになってしまった。
だがその代償にオーグは優れた肉体を手に入れた。
匂いに敏感になり、身体能力が格段に上がった。
特に腕力や跳躍力はただの人間だった時とは比べものにならないほど、強くなった。
オーグはその力を使って獣化を解く方法を探そうと、この迷宮都市ロアにやってきたのだ。
オーグなら、レベルが上の相手でも互角以上に戦える。
アンは自分のレベルを言いたがらないが、カチュアがこっそり予想するにレベルは40以上だ。こちらも問題ない。
そうなるとアンが言う通り、盗賊職のリックがどこまで善戦出来るかが鍵となる。
「一ヶ月後までに出来るだけレベルを上げることは必須よね。その上で今私達、十七階まで来てるから……まずなんとか二十階まで行きましょう」
「はい」
上層階にはそれだけ強いモンスターがいる。それらを狩れば経験値が上がる。
全員納得である。
「それで、十九階で出来るだけ戦い、レベルアップしながらアイテムがドロップするのを狙いましょう」
リックとローラは意外そうに顔を見合わせる。
「二十一階に経験値アップの狩り場があるって聞いたんですけど……」
「十九階なの?」
「確かに二十一階には経験値が同じ階の出現モンスターの約七倍という幸運ウサギがいるわ」
幸運ウサギは逃げ足が速い兎のモンスターで、攻撃力が低く経験値が高い。
さらに低確率でラッキーチャームという幸運値を上げる効果のあるアイテムを落とす。
幸運値は回避率やドロップ率などを上げてくれるので、どんな職種でも欲しいアイテムだ。
パーティ全員分持ちたいアイテムだし、売っても高値がつく。
経験値も美味しければドロップアイテムも美味しい。幸運ウサギは経験値上げに持ってこいのモンスターに見えるが、カチュアは首を横に振る。
「正攻法ならね。今必要なのはリック君の強化でしょう? だったら十九階よ」






