05.最上級ポーション大全(下巻)
「ここは……?」
ドアの向こうは書架がたくさん建ち並び、壁という壁が本で埋め尽くされていた。
「ママ、ここ、大図書館だよ!」
「着いたのね」
思わず手を取って喜び合うカチュアとエドだが、「えへん」と大きな咳払いが聞こえた。
振り返ると黒いローブを着た男性が一人立っている。
「ここは図書館です。お静かに」
「「すみません」」
二人は声を合わせて小声で謝った。
声を掛けてきたのは、司書の男性だ。
「ロアアカデミーの大図書館にようこそ。初めてのご来館でしょうか?」
「はい、そうなんです。えっと、あの、本が読みたくてきたんですが、最上級ポーション大全(下巻)という本はありますか?」
カチュアはなるべく静かに尋ねたのだが。
「ありますよ」
「本当ですか!?」
驚きのあまり、また声が大きくなってしまい、
「お静かに」
とまた怒られてしまった。
「あの、その本、私、読んでいいんでしょうか? こちらの学生ではないんですが……」
「閲覧が制限されている本もありますが、お探しの最上級ポーション大全(下巻)は、そうした制限はありません。最上級稀覯本ですので閲覧の際はくれぐれも注意してください」
「あのう、『最上級稀覯本』なのに、閲覧させてもらえるんですか?」
エドが司書に質問した。
稀覯本というのは、市場にはほとんど出回らない珍しい本のことだ。その稀覯本の中でも最上級というのだから、とても価値が高いはず。
「最上級ポーション大全(下巻)は魔法書だ。読む人を本が選ぶ」
カチュアとエドは首をかしげる。
「本が選ぶ?」
「本に認められなければ一ページだって読むことは出来ない。まあ実物を見れば分かります。稀覯本コーナーは、四階の左から二番目の部屋だ。ただし『規則を守らないと扉は開かない』からくれぐれも礼儀正しくね。さて、その前に……」
と司書は壁に掛かった大きな柱時計を見上げた。
「もうすぐお昼です。館内は飲食が禁止されているので、併設のカフェテラスをどうぞ」
言われてみるとお腹は空いていた。
カチュア達はまず腹ごしらえに司書おすすめの併設カフェテラスに向かう。
カフェテラスは、屋内と野外の両方に席があるオシャレなカフェテラスだった。
学生や教師が本を読んだり、何か書き物をしながらお茶や食事を楽しんでいる。
お昼のちょっと前なのでまだ店内は空いているようだ。
なかなかいい感じのカフェだが、探し求めていた最上級ポーション大全(下巻)が読める大チャンスだ。
普段、メニューを決める際は大いに悩むカチュアとエドだが、今日ばかりはすぐにオーダーする。
「シーフードドリア、下さい。ドリンクはジャスミンティのアイスで」
「僕、マカロニチーズとハンバーグのハーフサイズお願いします。ドリンクはミルクで」
場所柄お子様用のメニューはないが、学生の中には小食の女性もいるのか、半分サイズがあるのがありがたい。
「あ、この子の分、セットサラダ付けて下さい」
マカロニチーズは、茹でたマカロニにチーズソースをたっぷり掛けた食べ物だ。
子供には大人気のメニューだが、野菜はまったく入っていない。
カフェ飯でお腹を満たした後、カチュア達は館内に戻り、四階の左から二番目の部屋に行った。
部屋には天秤の絵が描かれている。
「ここね」
カチュア達がドアを開けようとすると、鍵が掛かっているのかドアは開かない。
「あら、部屋を間違えたかしら?」
「あってると思うけど……」
カチュア達は戸惑い、顔を見合わせた。
「どなたかいらっしゃいますか?」
と言いながら、カチュアは部屋を「コンコンコン」とノックするが、やっぱりドアは開かない。
「どうしたのかしら?」
「またクイズなんじゃないかな?ヒントがあるかも」
エドはドアの周辺を良く観察する。
「どこにも書いてないわね」
ドアは木製で、表面には様々な木の色を組み合わせて絵を作る寄せ木絵で天秤が描かれている。
重厚感のある凝ったデザインだが……。
「ただの絵よね」
「あれ?」
その絵をじっと見つめるエドは首をかしげた。
「どうしたの? エド」
「この絵、変だよ」
と左側の天秤を指さす。
天秤の上には丸い玉の形の分銅が載っているが。
「こっちは三つなのに、右の方は二つ。でも傾いてない。あ、おかしいから開かないんだ」
「?」
エドは得意そうにカチュアの方を向く。
「ママ、見てて」
とエドは一回だけ右の天秤をノックした後、ドアノブを回す。
するとドアは、簡単に開いてしまった。
「すごい、どうして?」
ノックはさっきもしたのにどうして今回はドアが開いたのかカチュアには全然分からない。
「右が一つないから一回ノックして足したんだよ。図書館の人が教えてくれたでしょう。『規則を守らないと扉は開かない』って。あれは正しい数と場所をノックせよって意味なんだよ」
カチュア達が部屋に入ると、そこにはたくさんの本が並んでいる。
先客も数名いて、熱心に本を読んでいる。
カチュア達は彼らの邪魔をしないよう、そっと本を探して、
「あった!」
ついに最上級ポーション大全(下巻)を見つけた。
窓に近い端っこに本を読むためのスペースがある。
カチュア達は本を持って移動し、ドキドキしながらページを開く。
最上級ポーション大全(下巻)は大判サイズで、二人でのぞき込んでもまだ余裕がある。
最初のページには、『何を求めてこの書を読む?』と書かれていた。
カチュアは花に水をやる時も「綺麗に咲いてねー」と話しかけるタイプだ。
この問いかけに、図書館なので声をひそめて返事した。
「友達の病気を治すために、最上級状態異常解除ポーションが必要なの」
ぱらりとページをめくると次のページには『どんな病を治したい?』と書かれている。
「その子は狼の獣人に噛まれて人狼になってしまったんですって。彼は人間に戻りたがっているの」
カチュアは全身を狼の毛で覆われているオーグを『可愛い』と思うが、この国では獣人は嫌われ者である。
本人としてはとても生活しづらいだろう。
『なるほどな。獣人化の呪いは、一度掛かるともう元に戻ることが出来ない半永久魔法だ。元の姿に戻る方法は非常に限られている。最上級状態異常解除ポーションはその一つだ』
「……え?」
さすがのカチュアもこの辺で気づいた。
「この本、私と話してる?」
『友のためか、よろしい。最上級状態異常解除ポーションのレシピを教えよう』
「えっ、いいの?」
こんなに簡単にレシピを教えて貰えるとは。
カチュアは思ってもみなかった幸運にあわてた。
「メモは? メモメモ……」
あせりながら、リュックの中をあさるがこういう時に限って見つからない。
「ママ、僕のペン、貸してあげる。はい、ノート」
エドの方が落ち着いてペンとノートを貸してくれた。
「あ、ありがとう。助かるわー。で、本さん、レシピは?」
意気込んで聞くカチュアだが、本は。
『製薬にはまず原因となった病を知る必要がある。何故、人狼は生まれる?』
「えっと、そういう難しいことはちょっと興味がなくて、レシピだけ知りたいんですけど……」
カチュアは小声で訴えかけたが、エドは気になるようだ。不思議そうにカチュアに尋ねる。
「お母さん、人狼って狼の獣人に噛まれてなっちゃうんだよね」
「そうよ」
「どうして狼の獣人は人間を噛むの?」






