04.ロアアカデミーの学校案内
ロアアカデミーは迷宮都市ロアの中心部からは少し離れた郊外に建てられていた。
ここでは有名な研究者が様々な研究をしている、らしいのだが、一般人にとっては「なんかすごい」以上のことはよく分からない。
同じ都市に暮らしながら、庶民にとっては縁遠い場所だった。
ウォークラリーの日、カチュアとエドは朝早くからアカデミー行きの馬車に乗ってロアアカデミーに向かった。
降りたのはアカデミーの裏門である。
そこが今回の学校案内のスタート地点だった。
門の向こうにはうっそうとした森が広がり、そのさらに先にちらっと大学の本校舎が見えた。
「すごいね」
「ねー」
そう言い合いながら、門にいる守衛さんに先生から渡された許可証を見せる。
小さな裏門だがきちんと守衛がいるのだ。
「どうぞ」
「どうもありがとうございます」
守衛はにこやかに二人を通してくれて、カチュア達は少しドキドキしながら、先に進む。
学校案内に参加する児童はそれほど多くないのか、それとも鉢合わせしないように調整されているのか、この裏門で馬車から降りたのは、カチュア達だけだった。
裏門からは森の中に道が続いている。
少々心細くなるも、きちんと舗装されている道は歩きやすく、気候もよろしく、
「いいお天気ねー」
「うん、そうだね」
途中からはどこかピクニック気分で森の小道を進んでいくカチュア達だったが、立ち止まり、思わず息を飲み込んだ。
目の前はいつの間にかこんもりとした丘になっていた。
道は続いている。
目の前の丘をつらぬくトンネルだ。
人一人がようやく通れそうな小さなトンネルで、中は真っ暗で先が全く見えない。
左右はというと木々が生い茂り、他に道はなさそうだ。
「どうしましょう、引き返す? エド」
カチュアが振り返ると、エドは道の横を熱心に見ている。
「…………」
「どうしたの?」
「お母さん、これ」
のぞき込むと、小さな看板があり、エドはそこに書かれた短いメッセージを見て何やら考え込んでいた。
そこには『諦めなければ進める』と書かれている。
「これ、クイズかも」
「クイズ?」
「うん、お母さん、今日、ケロちゃん連れてきた?」
「ケロちゃん? 一緒よ」
ダンジョンの内部には光一つささない暗闇のエリアもある。
そういう時は明かりの魔法やたいまつなどを使い、道を照らすのが冒険者のセオリーだが、ダンジョン内にいるモンスターを利用する場合もある。
ランタンかえる、ケロちゃんはカチュアが十二階の墓地エリアで見つけたかえるのモンスターだ。
ランタンの名前の通り、機嫌が良いと光る大人しい手のひらサイズのモンスターで、お菓子などをあげて手懐け、明かり代わりにする冒険者は多い。
カチュア達も何度かランタンかえるに飴(モンスター味)をあげて、明かりにしたが、ケロちゃんはカチュアを見つけると自分から寄ってくるくらい飴が好物で、パーティが十二階のゾンビ倒しを終え、十三階に向かっても付いてきた。
その後もずっと側から離れないので、カチュアはケロちゃんを飼うことにした。
幸いモンスターは飼ったり、使役することが許されている。
魔物使いという専門の職業があるくらいだ。
ダンジョン内でも家の中でも「ちょっと明かりが欲しいな」という時に光ってくれるケロちゃんは重宝している。
カチュアはケロちゃんサイズのランタンケースを作ってもらい、いつもリュックに入れている。
そのケロちゃんをリュックから取り出し、飴ちゃんをあげると、ケロちゃんは「ケロロロ」と鳴いて光り出した。
「これで先に進めるね」
「ケロちゃんがいて良かったわね」
とはいえ暗闇は怖いので、二人は話しながら、ケロちゃんの明かりを頼りに道を進む。
道は狭くて曲がりくねっているのでとても歩きづらい。
「うん、でもケロちゃんがいなくてもきっとママと僕は先に進めたよ、諦めなければ」
「諦めなければ?」
「守衛室に戻ってろうそくを借りたり、明かりがなくても糸を使って迷わないように進んだりとか、工夫したら先に行くことは出来るから、諦めないことが大事だね」
「ヒントにはいいことが書いてあるわね」
「でもケロちゃんがいて良かったよ、明かりがないと怖いよね」
「そうね」
そんなことを話しながら慎重に歩いていくと、前方に明かりが見えてきた。
後から思うとそんなに長い距離ではなかった気もするが、無事にトンネルから抜け出た二人はホッと胸をなで下ろした。
「ついたぁ」
トンネルの向こうは、がらんとしたレンガ造りの地下室か倉庫を思わす部屋だった。
トンネルの中とは違って壁にたいまつの明かりはあるが、窓はなく、家具もない。
部屋にあるのはそれぞれ違ったマークが描かれた三つの扉だけ。
そんなおかしな部屋だ。
一つは本のマーク。
一つは高い塔が特徴的な建物のマーク。
一つはフラスコのマーク。
「図書館と本校舎と研究室かな?」
とエドが言う。
「あ、フラスコのマークは研究室なのね」
「エドはどこに行きたい?」
「うーん……」
カチュアがそう尋ねると、エドは真剣に困った様子で悩み始めた。
かなり長い沈黙の後、
「……お母さん、どれか行きたいところある?」
とエドは言った。
「ママはいいから、エドが選びなさい」
「どこも行きたいから選べないよ。図書館も見たいし、学校もすごそうだし見たい、研究室も格好いいから見たい! ママはどこに行きたい?」
と本気で困っているようだ。
「そうね、お母さんは図書館に行きたいな」
「どうして?」
「お母さんのお友達の子が探している本があるの。ロアアカデミーならもしかしてそのご本があるかもしれないから」
「じゃあ本のドアにしようよ」
エドがすくっと立ち上がる。
「駄目よ。お母さんの行きたいところじゃなくてエドが行きたいところに行きましょう?」
「僕達チームだから、今日はママが行きたいところにしようよ」
そうエドがせき立てる。
「ママは嬉しいけど、本当にそれでいいの?」
「いいよ。もし僕がロアアカデミーのジュニア校に通うことになったら、いずれ本校舎にも研究室にも行けるし。今日はお母さんに図書館を見せてあげる」
エドはこまっしゃくれた様子で言う。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、大図書館に行きましょう!」
カチュア達は図書館に続く……かもしれない扉を開けた。
ドアの向こうは足下には赤い絨毯が敷かれ、どこかのお屋敷の廊下のような場所だった。
二人は廊下を進んでいくが、
「あれ?」
本のマークが付いた見たことがあるドアの前にたどり着いた。
嫌な予感と共にドアを開くと、あの三つの扉の部屋に戻ってきてしまった。
「うーん、どうしてかなぁ。魔法の廊下かなぁ?」
確かに途中で角をいくつか曲がったが、一本道の道だったのに。
エドは腕組みしてドアを睨む。
そしてドアの隣に文字が書いてあるのに気づいた。
「……『蝶番はもろいもの。協力してゆけ』?」
「これは無限廊下ってやつね」
「知ってるの? ママ」
「ダンジョンではたまにあるのよ。生きている廊下で、人を迷わせるの。ヒントの通り、協力して行きましょう」
「協力ってどうするの?」
カチュアはエドににっこり笑う。
「ママが言う通りにしてみてね」
ドアを開けてまた中に入ると、二人は作戦通り、カチュアはドアの蝶番をこちょこちょとくすぐった。
『!?』
廊下はうねうねとうごめく。
「エド、今よ!」
「うん!」
エドは床が波打つようにたわんで歩きづらい廊下を走って、大きな扉の前に着いた。
エドはカチュアに向かって大声を出す。
「お母さん、ついた!」
「じゃあ、お母さんはこちょこちょ止めるから、次はエドがこちょこちょして」
「うん!」
エドも蝶番部分をくすぐる。
無限廊下は、生きている廊下だ。
意識をそらせば、人を迷わせることは出来なくなる。
ダンジョン内では麻痺させたり、眠らせたりしているうちに通り抜けるという対処方法が一般的だが、そうした準備が出来ないまま迷い込んだ時は、「くすぐると良い」といわれている。
無限廊下はくすぐったがりなのだ。
ヒントは『蝶番はもろいもの』。
くすぐる場所は蝶番だ。
エドのくすぐり方が上手いのか、ぐわんぐわんに揺れる廊下をカチュアはなんとか進んでエドのいる扉の前にたどり着く。
「エド、お母さんが合図したらドアを開けるからすぐに飛び込んで」
「分かった!」
「行くわよ、せーの!」
カチュアはドアを思いっきり開ける。
エドがドアをくぐり抜けた後、エドに続いてカチュアもドアの向こうに飛び込んだ。






