03.ポーションの材料探しその2
カチュア達の次なる目的地は、十四階だ。
そこに住む蜂型モンスター、ジャイアント蜂のドロップ品アンラッキーハニーを手に入れる。
アンラッキーハニーはその名の通り、『幸運』を下げるという珍しい効果を持つ蜂蜜だ。
このアンラッキーハニー、ジャイアント蜂がドロップするのだが、確率としては非常に低い。
蜂蜜を確実に手に入れたい時は、彼らの巣から直接採取するのが最適解なのだが、巣を攻撃されるとジャイアント蜂は狂乱状態となり、集団で攻撃してくる。
こうなると非常に厄介だ。
ジャイアント蜂は彼らの住処から少し離れた草原で8の日のみに咲く八花という花びらが八枚の花の蜜を好むそうだ。
8の日には総出で蜜を取りに行くので、その隙を狙って盗賊スキルがアップして『忍び』を覚えたリックがそっと住処に入り込む。
カチュア達は、アンラッキーハニーを手に入れた!
***
次は十五階の百年亀の甲羅で、これは鉄よりも硬く、しかも弾力性がある。
生きているうちに甲羅を砕くのが一番手っ取り早いドロップのさせ方だが、普通の武器では武器の方が折れてしまうそうだ。
甲羅以外の部位を攻撃して倒すしかないが、その方法だと甲羅のドロップ率は極端に下がるという。
「ミスリル級の超高級素材ならイケるんですが」
「今の私達では買えないわねー」
ミスリルの武器は武器屋で売ってはいるが、非常に高価だ。
カチュア達はお得なチラシを駆使して効率よい『稼ぎ』が出来ているパーティだが、それでも高い。
何かの時用にパーティがプールしているお金の全額を突っ込んで、一番小さなナイフを買えるかもね。くらいである。
結局低確率ドロップを狙って、コツコツと百年亀を倒していく方法しかない。
そう思われたが、
「一回、アタシにやらせてみて。アタシの槍が通じるか、試してみたい」
とアンが言った。
「それは構いませんが……」
アンの武器は使い込まれて古ぼけた槍だ。
オーグやリックはお金を貯めて武器を買い直しているが、アンは最初から装備しているその槍一本でここまで来た。
「買い換えなくていいの?」
カチュアはそう聞いたことがあるが、
「アタシの相棒みたいもんだからね、壊れるまで使うさ」
とその気はないらしい。
「折れてしまいませんかね」
とリックが心配して尋ねる。
皆アンがその槍を大切にしているのを知っているからだ。
「その時はその時さ」
とアンは答えた。
パーティは十五階に向かい、百年亀を見つけた。
一見すると大きな大きな岩のような姿だ。
百年亀は首や手足を引っ込めて眠っている。
百年亀の倒し方は、まず眠っているところを起こして手足を出させたところを攻撃し、倒すといういうものだが、戦闘が長引くことでも有名だ。
ドロップアイテムの百年亀の甲羅は硬くて丈夫とあって武器や防具の材料として人気なのだが、狩るのが大変なため、あまり市場に流れてこない。
「まずはアタシ一人で行くよ」
アンは振り返ってパーティにそう囁くと、驚くような俊敏さで百年亀に近づき、その背に飛び乗る。
「やあっ!」
そして気合いもろとも、渾身の一撃を打ち込んだ。
次の瞬間、「バリッ」と大きな音を立てて、百年亀の甲羅が砕ける。
カチュア達は、百年亀の甲羅を手に入れた!
「凄かったわねー」
戦闘が終わって、アンより見守っていたパーティの方が興奮状態だ。
「あんな大きな亀を一撃で倒すなんて……」
「言ったでしょう? 真芯を捉えたら何でも砕けるって」
アンはウインクすると、
「ああ、ようやく実戦のカンが戻ってきたよ」
嬉しそうに呟いた。
***
最上級状態異常解除ポーションの材料は五つのうち、三つまで揃った。
だがカチュア達が手に入れねばならないのは、材料だけではない。
最上級ポーション大全(下巻)は探しているのだが、いまだ見つかっていない。
そんなある日、カチュアは家事を終わらせた後、ダンジョンではなく、エドが通う初級学校に向かった。
エドとカチュアは話し合い、ロアアカデミーのジュニア校にチャレンジすることに決めた。
エドの先生にジュニア校に推薦してもらうことにしたのだ。
エドとエドの先生とカチュア、三人で面談して、先生に推薦状をお願いする。
「分かりました。エド君の推薦は任せてください」
「よろしくお願いします」
先生の話によると推薦されても必ず受かるわけではないそうだ。
まず書類審査の一次選考があり、それに受かった者だけ筆記試験の二次選考に進めるという。
狭き門である。
「ちょうど良かった。実は来週末、アカデミーのジュニア校の推薦者を対象にした学校案内があるんです」
と先生は言った。
「学校案内?」
「ロアアカデミーの内部をウォークラリー形式で見学させてくれるというイベントです」
「ウォークラリーというと、歩きながらクイズを解くもの、ですよね?」
カチュアはやや困惑しながら先生に尋ねた。
「そうです、出題されるクイズはなかなか難しく最後までたどり着けないことの方が多いそうです」
「はあ……」
さすがはロアアカデミーのジュニア校だ。学校案内まで難しいとは。
「学校案内は選考には関係ありませんのでご心配なく。ただ一般には開放されないロアアカデミーの内部に入れる絶好の機会です。運が良ければアカデミーの研究室や大図書館、学生達が通う本校舎の内部まで見られるそうです」
と先生の方が興奮気味だ。
それを聞いてカチュアは「あれ?」と思った。
「あの、学校案内はロアアカデミーのジュニア校ではないんですか?」
「ジュニア校はロアアカデミー内にありますが、見学自体はアカデミーの本校舎とその周辺になります。ジュニア校は未成年が暮らすエリアなので生徒と学校関係者以外は保護者でも普段、立ち入り出来ないんですよ」
その点、ロアアカデミーの方が大学とあって公共性が高いため、こういう機会には一般に開放されることもあるのだそう。
「学校案内は保護者の付き添いが必須になります。歩くことになるので、参加するのであれば付き添いはお父様の方がいいと思います」
「…………」
先生の言葉に、カチュアとエドは顔を見合わせる。
父のアランは今国境警備で家にはいない。
「じゃあ僕……」
行きませんとエドが言いかけた時、
「夫は今遠方勤務中ですので、私とエドで行きます」
カチュアがきっぱりとした口調で答えた。
「結構歩くそうですよ」
先生は心配そうに言った。
女性の冒険者が珍しくない一方で、この時代のご婦人は家からあまり出ない人もいて、女性には荷が重いのではと考えたのだ。
だがカチュアはにっこり笑った。
「私、ダンションでポーターの仕事をしているんです。歩くことには自信があります」
カチュアはやや細身のごくごく普通の女性だ。
一般の冒険者のように筋骨隆々だったり、頭良さそうだったり、目つきが鋭かったりしていない。
むしろ優しそうだがちょっと頼りない雰囲気の女性である。
人は見かけによらないなと先生は思いながら、言った。
「そうですか、ではお二人で行ってらっしゃい」
確かに引率は男性向きだが、途中リタイアも出来るし、学校案内で選考が左右されると聞いたことはない。
名門大学ロアアカデミーの雰囲気を感じるだけでも、エドにとっては大きなプラスになるだろう。
先生はそう考えたのだ。






