12.鑑定!スキル【主婦】その2
「聞いたことないわね」
経験豊富なアンも聞いたことがないスキルらしい。
「ま、ともかく、そのスキルの詳細を見てみなさいよ」
「う、うん」
カチュアは鑑定の泉をのぞき込む。
体力や魔力、攻撃力といったパラメータの後で、習得スキルの項目がある。
『スキル【主婦/主夫】:
神の加護を受けた者。神より与えられたダンジョンの秘匿の一部を閲覧、享受する権限を持つ』
「えっ、格好いい」
己のスキルの意外な格好よさに驚くカチュアである。
「でも、『ダンジョンの秘匿の一部を閲覧、享受する権限』て、チラシのこと? これって秘匿ってほどのものかしら」
「まあ秘匿じゃない? 出現モンスターやアイテムが日や場所によって変化するっていうのは、『幸運』のような珍しいスキルの作用でなくはないけど、カチュアのスキルはそれ以上に範囲や効果が大きいもの」
そしてカチュアのスキルの効果を『享受』出来るのは、本人と同行者のみのようだ。
同じ日にダンジョン内にいても、他のパーティーのドロップアイテムがお魚まみれになってないことからもそれは明らかだ。
「それにしても『神の加護を受けた者』ってよく分からないけどすごいッスね、カチュアさん」
「その称号、普通神殿の聖職者しかもらえない」
神の加護というのは主に徳の高い聖職者が授かる称号だ。
具体的に言うと、敵に囲まれ大ピンチの時に神に祈りを捧げて天からたくさんの雷が降り注ぎ敵が全滅したとか、致死性の高い病気が蔓延した時に祈りを捧げると病気がまたたく間に治ったとかそういうすごい逸話が残っている。
ただ、加護を受け祈りを捧げながらも、無念のうちに死ぬ聖職者もいる。必ず発動するわけではない謎の多い称号だ。
「ダンジョンから出る時に女神像にお祈りしていたからかしら? でもそんなことで? 聖職者様達みたいに厳しい修行をしたわけじゃないのよ。百回ログインだし」
『神の加護』なんていう大それた称号にカチュアは戸惑う。
「その人の心根が神を動かすと言われているからね。その辺は神様に聞いてみるしかないね。聞けないけど。それにしてもスキル【主婦】か……。うん? 待って、さっきは聞いたことないって言ったけど、以前にどこかでそんな名前のスキルのことを誰かが……?」
とアンは眉根を寄せる。
「えっ、誰かアンの知っている人が私と同じスキルを持っているの?」
カチュアは仲間発見か? とわくわくする。
「そう、だったかしら。全然思い出せない。アタシも年だからねー」
アンは頭を掻いた。
カチュアはややガッカリしながら言った。
「じゃあ、思い出したら教えて?」
鑑定の泉でカチュアの弱点がはっきりした。
レベルが伸びづらいためにパラメータが育っていないのだ。
これは冒険者としてはかなり致命的な弱点だ。
「でもこのスキル、封じてもらわない方がいいわよね……?」
カチュアがパーティーメンバーに尋ねると、
「駄目よ」
「そうっすよ」
「止めた方がいい」
「止めて」
と全員が反対した。
実はスキルというのは、教会に行き、スキル封じの儀式で使えなくしてもらうことが可能だ。
しかしカチュアのスキル【主婦】は神のご加護があるらしい。
正直、どんな加護なのかよく分からないが、女神像を通じて神から与えられたスキルを個人の都合で封じるのはよろしくない。
つまりカチュアは今後もレベルがちっとも上がらない状態が続くことが確定した。
「皆、迷惑掛けてごめんね」
カチュアはしょんぼり謝るが、全員「気にすることない」と答えた。
「え、いいの? 私、このパーティ追い出されたりしない?」
「えっ、追い出されるんですか?」
「そんなことで?」
「冒険者ギルドの新聞に連載している小説であるのよー、そういう話が。底辺スキル持ちのおじさん冒険者がパーティに追放されてから成り上がるやつ」
「成り上がるならいいんじゃあ……」
とローラがクールに指摘する。
「成り上がるまで大変なのよ。私にそんな根性はないわ!」
カチュアはキリッと断言した。
カチュアが同じ目にあったら、泣き寝入りする自信がある。
今の章では成り上がっているおじさん冒険者だが、ちょっと前の不遇なドアマットシーンは涙ぬきでは読めないくらい苦労していた。
「アタシは別に構わないわ。元々カチュアの価値はレベルじゃなくてポーターとしての知識だったり、能力だと思うから」
とまずアンが言い、
「だな」
「よくわかんないけど肉や魚やポイントデーは便利だと思います」
「うん」
オーグ達も同意する。
「皆、ありがとう」
「でもカチュア、これではっきりした。アンタ、この先に行くには防御が弱すぎる。防御だけはいい装備にしな」
「うん、そうするわ……」
***
ダンジョン探索を終えて、カチュアはいつも通りの日課をこなす。
バーバラのお迎えに行って、夕食を作り、ささやかだが家族三人楽しく食卓を囲む。
団らんのひとときだ。
「あのさ、お母さんって冒険者なんだよね」
エドはカチュアに対する呼び方はその時々で変わる。
ちょっとトンガリたい気分の時は「お母さん」だ。
「そうよ」
「お母さん、あんまり強くなさそうだけど、大丈夫? 危ないことしてない?」
エドは心配そうに尋ねる。
「大丈夫よー。お母さんあんまり強くないけど、仲間の人はとっても強いの。でもエドがそう言ってくれるならママ、安全第一心がけるわ」
「うん、そうしてよ」
カチュアの今の装備は革のワンピース(防御力+10)。
次はそれよりは少し丈夫な毛皮のドレス(防御力+15)を買おうと思っていたが、もっと防御力が高い装備にした方がいいかもしれない。
気分的には全額エドの学費につぎ込みたいカチュアだが、怪我をしたら元も子もない。
手持ちのお金の八割が消えてしまうが、マジックカメレオンのワンピース(防御力+40)にエレガンス仕上げを頼むことにする。
エレガンス仕上げとは、防具屋で付与して貰える加工で、防御力、対魔法力、各種耐性アップの効果があるがとてもお高いのだ。
***
パーティーはその日のダンジョン探索を終えて転移魔法の巻物で一階に戻ってきた。
「ふー、行くのはあんなに大変だったのに、戻るのは一瞬だなぁ」
リックがため息と共にそうこぼす。
パーティーは通算十度目の挑戦で八階にたどり着いていた。
「行きも魔法陣でぱぱーっと行ければいいんですけどね」
「うん」
「それはいいな」
「「…………」」
リック、ローラ、オーグの軽口にカチュアとアンは顔を見合わせた。
「そういう魔法はあるんですか?」
「もちろんあるわよ。ただ転移魔法自体、使える人が少なくて、魔法職の十人に一人くらいって聞いているわ」とカチュア。
「珍しい魔法なんですね」
「そう。その上、大の大人数名を転移させるっていうのは、かなりの魔力が必要になる。それを補うってなると、魔力回復のポーションが必須になる」
アンが難しい顔をした。
魔力回復のポーションはポーションの中でも高価な部類だ。
「『行き』の転移魔法の巻物もあるけど、場所固定の転移魔法陣と違ってお高いらしいわ」
「どのくらい?」
とリックに尋ねられ、カチュアは答えた。
「10万ゴールドよ」
「10万ゴールドかぁ」
絶妙なお値段だ。
出せなくはない。例えばまだ換金してないけど、今日のチーム内の稼ぎは40万ゴールドくらいだ。
一見すごい大金だが、ポーション代などの経費を引いて、一人一人の手取りとなると実はさほど多いとは言えないお金だ。
さらにその中からおのおの武器や防具代を捻出する。
なのに全体の四分の一が巻物代で消えてしまうのはまさに絶妙に痛い。
しかもそれで特段に稼ぎが良くなる訳ではないのだ。
上層階の手強い敵を死力を尽くし一体一体倒すより、低層階のザコ敵を効率よく倒した方が安全で稼ぎが良い場合があったりする。
身も蓋もないが。
「二十階に行けるようなパーティーじゃないと転移魔法や転移魔法の巻物を使うのは現実的じゃないわね」
二十階のモンスターを楽々倒せるような強いパーティーなら、魔力回復のポーションや転移魔法の巻物代もペイ出来る。
「結局お金なんですね……」
リックは寂しげに呟いた。
やや世知辛いがその通りなのだ。