07.献身《サクリファイス》
「スフィンクスさん、お願い、ローラちゃんのところに!」
「分かった」
戦闘後、カチュアは一目散にローラの元に向かった。
カチュアの後にアン達も続き、そんな彼らにつられて生け贄の女性達も後を追いかける。
「ローラちゃん!」
ローラは、召喚儀式の魔法陣から少し離れた場所で座り込んでいた。
カチュアの位置からは顔が見えないが、肩が震えている。
カチュアはローラが『生きている』ことにまずホッとした。
傍らにはリックがいて、ローラを慰めるように、肩に手を置いている。
「カ、カチュアさん」
カチュアの声に、ローラは顔を上げた。
ずっと泣き続けていたようだ。目が真っ赤になっている。
それでもローラの目から涙が止まらない。
カチュアはギョッとした。
「何かあったの?」
普段表情が動かないローラがここまで感情をむき出しにするのはとても珍しいのだ。
とんでもない怪我でも負ってしまったのだろうか?
「う、うさみちゃんが、うさみちゃんが」
ローラはしゃくり上げながら、訴える。
カチュアは予想外の答えに驚いた。
「えっ、うさみ? あのぬいぐるみの?」
そういえば、カチュアが見つけたのは、傀儡ぬいぐるみのくまきちとくまのすけ。
二匹とも今はただのぬいぐるみに戻っている。
うさみは見かけなかったが、ローラの元にいたらしい。
その、小さなうさぎのぬいぐるみ、うさみはローラの両手の上に乗っていた。
カチュアはうさみを見て、「はっ」と息を呑んだ。
カチュアには、そのぬいぐるみが『死んでいる』のが分かった。
「わっ、私の代わりに、み、身代わりで死んじゃったの」
ローラはあの時、禁呪『リザレクション・サクリファイス』を唱えた。
それは、指定半径五十メートル内の全ての味方を生き返らせる代わりに、術者の命を神に捧げるという自己犠牲の魔法だ。
スレッドベイン召喚の生け贄として死んだカチュア達は、ローラの祈りで生き返った。
そして。
カチュア達を蘇らせた代償に、ローラはこれ以上となく美しく清らかな白の光に包まれ、死のうとしていた。
だが、その時、うさみは踊った。
『うさぎ身代わりの舞(身代わりになって攻撃を受けます)』
その瞬間、ローラとうさみの場所が入れ替わる。
「……!?」
光が消えた後、ローラが先程までいた場所に、うさみの亡骸がぽつんと残っていた。
うさみがローラの命の代償となった!
「そんな……」
ローラはよろけながら、うさみの亡骸に近づく。
「うさみちゃん……」
ローラは小さな亡骸を手に、嘆くことしか出来ない。
そんなローラに声を掛けてきたのは、スフィンクスだった。
スフィンクスはローラにうさみの最後の言葉を伝えた。
「ウサギは、お前に『ローラちゃん、可愛がってくれてありがとう』と言っていた」
「うさみちゃん……」
だが、嘆いてばかりはいられない。
「シャーーー!」
巨音に顔を上げると、そこには巨大な蜘蛛の姿があった。
ついに邪神スレッドベインが魔界から召喚されてしまったのだ。
ローラは、全ての元凶、スレッドベインをにらみつける。
「ヒール」
ローラは杖を振るって、スフィンクスを回復させた。
スフィンクスの傷が癒えた。
スフィンクスは驚き、ローラに尋ねた。
「何をする? 娘」
「あなたはうさみちゃんの最後の言葉を教えてくれた。だからきっといい人。お願い、カチュアさんの味方になって」
スフィンクスは面食らった。
人間はスフィンクスを恐怖し、あるいは侮りはするが、信頼し、対等に話しかけてくるのは初めてだったからだ。
「……分かった。さっきのウサギに『ローラちゃんとカチュアさんを助けて』と頼まれたしな」
「それで、スフィンクスさんが助けに来てくれたのね」
カチュアは納得した。
スフィンクスが来てくれないと、カチュアは体力切れでスレッドベインに捕らえられていたかもしれない。
「ごめんなさい、カチュアさん、わっ、私のせいで……うさみちゃんが……」
そこまで話すともうローラは胸が一杯で何も言えなくなる。
ただただ涙があふれて止まらない。
リックはそんなローラをぎゅっと抱き締めた。
「……!?」
ローラは驚いた。
二人はずっと幼なじみだったが、大きくなってからこんな風に抱き締められるのは初めてだ。
「お、俺は、ローラが生きていて良かった」
「リック?」
「本当に良かったよ」
そう言うリックの目にはちょっとだけ涙が浮かんでいる。
「あのね、助けてくれて本当にありがとう。でも、もうこんなことしちゃ駄目よ」
カチュアはローラに言った。
「ローラちゃんが死んじゃったら、私もリック君も悔やんでも悔やみきれないわ。……きっとうさみもこれで良かったと思っているわ」
「カチュアさん……」
「皆さん」
と声を掛けてきたのは、冒険者ギルド職員のメリダだ。
「まだここは危険です。とにかく脱出しましょう」
ウェバーが作りだした糸の床は、激しい戦闘のため、崩落寸前になっていた。
物質魔法使いメリダのもう一つの得意技は転移魔法だ。
ここには二十名近い人間がいるが、メリダなら全員速やかにダンジョン外まで転移させることが出来た。
「そうね」
「そうしましょう」
女性陣は即座に同意した。
「あの、実は、皆にお願いがあるの」
そんな彼女達にカチュアは遠慮がちに声を掛けた。
***
――冒険者ギルドの会議室は、重苦しい空気に満ちていた。
テーブルを囲むギルドマスターやベテラン冒険者達の顔には、疲労の色が濃く、にじんでいる。議題は邪神召喚の儀式のため攫われた女性冒険者達の捜索についてだった。
現在ここは、邪神スレッドベインの対策本部となっており、夜を徹して行方不明者の捜索や、情報収集に当たっている。
時計の針は午後十時を指しているが、対策本部は眠りにつくことはない。
「手がかり一つ、見つからんか……」
ギルドマスターが憔悴に満ちたため息を吐く。
A級、B級といった名うてのチームに行方不明者捜索を依頼したが、結果ははかばかしくない。
探索の途中であるチームが、邪神スレッドベイン配下の雄蜘蛛ウェバーに遭遇し討伐した。これで『白銀の夜明け団』の仮説は立証された。
だがそれ以外、行方不明者発見に繋がる情報は得られていない。
女性達が連れ去られて既に一ヶ月以上が経っている。
もう手遅れなのでは。
誰もがその思いを拭い去れずにいる。
会議室は重苦しい空気に包まれていた。
その時。
会議室の中央の空間が突如歪んだ。
「なっ……」
さすがの冒険者達も息を呑む。
空間に亀裂が走り、銀色の光が渦を巻き始める。それは転移魔法の兆候だった。
冒険者ギルドの建物には職員や特別な許可を得た者以外の転移魔法をはじくという機能が備わっている。
防衛機構が作動せず、転移出来る以上、味方のはずだが、緊急事態にしか許されていない行為だ。
警戒しながら武器を握りしめる者、魔法の杖を構える者。緊迫した空気が室内を支配する。
光の渦が収束し、そこから女性ばかり十名余りの冒険者が姿を現した。
「グレイス!」
「マーサ!」
「メリダ君、無事だったのか!?」
彼らにとっては見慣れた仲間、そして同僚だ。
「わわわっ」
女性陣の先頭に立つメリダは、一瞬よろけた後、上司の上司の上司、とにかく偉いギルドマスターに向かってビシッと敬礼した。
「メリダ・エリヴォ。ただいま帰投致しました!」
「イーラナ、君か?」
「ジョアンナ、無事だったのか!?」
会議室にいた誰もが、一斉に彼女達に駆け寄ろうとする。その中には行方不明者捜索隊に加わっていたグレイスやマーサの夫の姿もあった。
もみくちゃにされそうになる寸前、グレイスが声を張り上げる。
「ギルドマスター、それから、皆も、聞いて。大事な話があるの」
彼女は周りを見回し、言った。
「邪神スレッドベインは私達が倒したわ」
一瞬の静寂。
「うぉぉぉぉっ!!!」
会議室は大きな歓声に包まれた。
会議室は元より、冒険者ギルド全体が大騒ぎになった。
その中心にいるのはもちろん、生け贄になり、そしてスレッドベインを倒した十三名の女性達だ。
しかし。
「良かったのかしら」
マーサが小さな声で傍らに立つイーラナに複雑な表情で囁いた。
ここには彼女達と共に戦った本当の功労者、ガンマチームのメンバーの姿はない。
本来この賞賛はガンマチームのものだ。
一本気な気性のマーサに比べて、イーラナは楽観的なところがある。性格は違う二人だが、何故か馬が合うのだ。
イラーナは気楽に答えた。
「いいんじゃない? 彼女達『訳あり』だもん」
「そうね、これが彼女の『お願い』なんだし」
サリーが呟き、オリーファは「うんうん」と頷いた。
「まあ詳しい話は、今度飲んだ時、ゆっくり聞かせてもらいましょう」
あの時、カチュアが生け贄の女性達に頼んだのは、意外なことだった。
「私達のことは皆に黙っていて欲しいの」
と彼女達に告げたのだ。
「どうしてよ?」
双剣使いのキャルは思わず問いかけた。
邪神討伐は、彼女達の冒険者人生でも二度とないくらいの大仕事だ。
賞賛されてしかるべき行為なのにわざわざ隠すなんて、と他の生け贄の女性達は大いに戸惑った。
「それは……」
どう説明したら良いのか、困ったカチュアの肩に「ぽん」と手を置いてアンが皆に言った。
「アタシ達、ちょっと『訳あり』でね。騒がれると困るの」
「……」
女性陣は顔を見合わせる。
……それはなんとなく皆が察していた。
オーグはこの国では珍しい獣人で、アンはその道のプロである彼女達には一目で槍の名手と分かる凄腕。なのに、噂を聞いたことがない。
それから、あのでっかい男は、もしかしてもしかすると我が国の第二……。
「で、ですが、私はギルド職員です。上層部に報告の義務があります」
メリダが申し訳なさそうに言った。
「ギルドには全てを報告してくれて構わない。だがまだ一般の人々には僕らのことを知られたくないんだ。そう、『とある冒険者チームが偶然君らを発見し、共に邪神を討伐したが、彼らは名も付けずに去って行った』というのはどうだろう」
ベルンハルトはそう提案した。
――邪神スレッドベインは、自らの召喚の儀式の直後、皮肉にも生け贄として連れ去られた女性達と、彼女達を助けた『とある冒険者チーム』の手によって、倒された。
その『とある冒険者チーム』は彼女達に名も告げずに去って行ったという。
冒険者ギルドの発表を聞いて、正体不明の冒険者チームにしばらく人々の注目が集まった。
「あいつらかも知れないな」
「ああ、あいつらかも」
「あの三人組だな」
と古参の冒険者達は噂し合った。
今から三年以上前、この迷宮都市に凄腕の三人組がいた。
一人は、槍使い。
一人は、拳法使い。
一人は、魔法使い。
認識阻害魔法の身に付け、風体も分からない彼らは、誰とも関わりたがらない。
ただひたすら破竹の勢いでこのロアダンジョンを攻略していった。
そんな謎の三人組だが、中、上層階で、ピンチに陥った時、彼らに助けられたという冒険者は後を絶たない。
三人組の消息は、三年ほど前からぱったり途絶えていた。
「あいつらが帰ってきたのかもしれないな」
そう言って古参の冒険者が懐かしそうに昔話に興じるのに付き合わされた若手は「そんなヤツ、本当にいるのか」と半信半疑だった。
実は、その憶測が一部当たっていることを、彼らはまだ知らない。
***
一方、冒険者ギルドから少し離れた空き地では。
「はー、お疲れ様」
「お疲れ様でーす」
「じゃあ、明後日集合で」
「はーい」
夜空の下で、ガンマチームがこっそり解散していた。
メリダは転移魔法の行く先を二つに分けた。自分を含め生け贄の女性達を冒険者ギルドの会議室に、ガンマチーム達を近くの空き地に転移させたのだ。
時刻は夜の十時を回っている。
激闘したカチュア達は、明日はゆっくり休養を取ることに決めた。
ダンジョンから戻った後は、獲得アイテムの換金や装備や物品の補充などやることは色々あるのだが、すべて後日に回し、今日はこのまま解散する。
ローラとリックは冒険者達のシェアハウスで生活している。
男女別々の集合住宅の隣同士で暮らしているため、一緒に帰る。
オーグは街からちょっと離れた郊外の農家の一室を間借りして生活している。オーグの姿形を気にしないで接してくれる気の良い老夫婦が大家なので、時々農家を手伝いなから暮らしている。
カチュアはアンとベルンハルトが官舎まで送ってもらう。
今日はバーバラはお泊まり保育で、エドはアカデミーのジュニア校に入学し寄宿舎で生活している。
そのため子供達のことは気にしないで、帰ったらバタンキューで寝られる。
チームが解散しようとした時、「ローラちゃん」とカチュアはローラに声を掛けた。
「……」
振り返ったローラはまだ目が赤い。
「ローラちゃん、あなたは私の命の恩人よ。だからもう自分を責めないで。今日はゆっくり休んで頂戴」
「でも……」
ローラはまだうさみの死を引きずっている。その死体は今もローラの手の中にある。
カチュアも痛ましい気持ちでいっぱいだ。
うさみはその小さな体で、持てる全てを使ってカチュアとローラを守ってくれた。
「うさみのことは、私も残念に思っているわ。だから、うさみが蘇る方法があるなら、一緒に探してみない?」
ローラは目を大きく見開いた。
そして「うん!」と強く頷く。
そんな二人にベルンハルトが言った。
「僕らも一緒に方法を探そう」
「そうね」
「協力する」
とアンもオーグも同意見だ。
「俺も、協力するよ。うさみはローラとカチュアさんの命の恩人だからな」
とリックも言った。
「じゃあ、かいさーん」
とカチュア達は解散した。
長い戦いがようやく終わった!





