④ 推理の結果は
私は今、三上さんのお宅の前に居ます。家を囲むブロック塀は、車が出入りできる幅を空けて玄関の前で途切れ、そこから庭を覗けます。
きっと私の推理は外れている。私はそう切に願い、深く深く、深呼吸をしました。
ブロック塀には、門扉もインターホンも無く、入口からは玄関が丸見えです。外から屋根は見えていましたが、庭に入った事で、右手が車庫、左手が小屋になっている事の確認が取れました。
2台分のルーフ型の車庫に、軽自動車が1台入っています。窓から見える車内は飾り気が無く、アクセサリーから所有者を予想できません。車が有るという事は、今はお父さんか息子さんの、どちらかが在宅なのでしょうか。
6畳間くらいの小屋は、一貫性の無い見た目です。壁の材料が木の板だったり、トタン板だったり。日焼けや、錆具合もバラバラで、寄せ集めで作った感じです。鍵は南京錠やダイヤル錠の様なものは無く、引き戸に支え棒をしてあります。
私は玄関の前に立ちました。郵便受けには、封筒が1通差し込まれています。郵便物が溜まっていないので、ちゃんと生活はしている様です。封筒が未回収で物音も聞こえませんので、現在は留守なのでしょうか。
それでもインターホンが有るので、一応押しておきましょう。
「ごめんくださ〜い。ウチの猫が庭に迷い込んでしまいまして、ちょっとだけ探させてくださ〜い」
少し待ってみましたが、家の中からは足音一つ聞こえません。なので、私の仮の飼い猫タマの名前を呼びながら、捜索をする事にしました。
先ずは車庫の方へ。車内を覗き、母屋の横を覗きます。車内に載っている小物が若っぽく無い事から、お父さんの車でしょうか。家とブロック塀の間には、ガラクタや生活ゴミが投げ棄てられており、放っておけば近所で有名なゴミ屋敷になりそうです。
次は本命の小屋です。継ぎ接ぎだらけの構造は隙間が多く、トタン板には錆も目立ちます。左側を見て、右側を見てから、回り込んで裏を見ましたが、猫が通れる様な穴が空いている箇所は、見かけ上は見当たりませんでした。屋根の上か、草に隠れた所に穴が空いているのかも知れません。
それと、こちら側にはDIYの道具や玩具等が捨てられていました。その捨てられている玩具の中に、子供用の古い自転車が有ります。ガラクタの山の上の方に乗っていますので、きっと、小屋の中身を手前から出していった結果なのでしょう。そう、新しい何かを入れるために。
私はガラクタの中から古びたゴルフクラブを拾いました。これは確かアイアンと言うやつです。それで小屋の周りの草を掻き分けて、猫が通れそうな穴を探します。
私が草をガサガサ分けて歩いていると、小屋の中から一瞬だけ物音が聞こえました。それが人なのか動物なのかは分かりませんが、多分外にいる私を警戒した感じです。
何かが居ると分かったなら、聞いてみるのが手っ取り早いので、私は小屋の中に向かって声を掛けました。
「タマ〜、居るなら返事をして下さ〜い」
私は返事を待ち、何度か繰り返し声を掛けます。すると、『バン、バン』と床を叩くような音と、『うー、うー』と口を塞がれている様なくぐもった声が聞こえて来ました。
推理が外れている証拠を探していた事を後悔をする暇も、推理の的中を喜ぶ暇なども無く、私は小屋の正面に移動し、引き戸の支え棒を外します。引き戸を開け、小屋の中に大量の陽が射し込むと、床に寝かされた人影が見えました。
「竹内月姫さんですか!? 助けに来ました!」
お化粧がされていないので写真で見たのとは別人の様ですが、首を縦に振っている事から、十中八九、月姫さんご本人でしょう。
私は手足を結束バンド縛られ、口にはタオルを噛まされている月姫さんに駆け寄りました。あまりの酷い仕打ちに怒りを覚えながらも、私は羽織っていた上着を月姫さんに掛けます。
取り敢えずタオルを外そうと思ったのですが、ご丁寧に結び目も結束バンドで締められていました。私はハンドバッグの中から刃物を探します。爪磨ぎヤスリが出て来ました。今度から爪切りも持ち歩く事にしましょう。
月姫さんに声を掛けながら、髪を傷付けないように、慎重に結束バンドにヤスリをあてていきます。
この時、私は作業に夢中になっており、草と砂利を踏む音に気が付く事が出来ませんでした。
背後から影が差した事で、私はハッと後ろを振り返ります。そこには男性の姿があり、小屋の唯一の出入り口を閉ざしているところでした。
「お前は警察か! 息子は捕まえさせんぞ!」
幾つもの隙間から射す光でぼんやりと照らされる男性は、50代くらいの見た目で「息子は」と言った事からお父さんの様です。手にはレジ袋を提げています。中身はお弁当ぽいので、近くのコンビニに月姫さんのご飯の買い出しに行った帰りなのでしょう。
「私は警察ではありません! たん······猫がお庭に迷い込んだので、探していただけです! こ、これって監禁じゃないんですか? 月姫さんを帰して、自首して下さい!」
当然私の言葉など届かず、男性はレジ袋を床にぞんざいに放り投げ、こちらへ向かって来ます。
「来ないで下さい! け、警察に通報しますよ!」
私は極一般的な普通の女です。戦う術など持ち合わせていません。ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこの事でしょう。
スマホを取り出しましたが、男性に手を掴まれました。私は悲鳴を上げて、居るか居ないか分からない通りすがりの誰かに助けを求めます。しかし、直ぐに羽交い締めにされ、口を塞がれて「もう駄目だ」と思ったその時。戸が勢い良く開け放たれ、後光を背負った女性が勇ましい声を上げました。
「警察だ! 大人しくしなさい!」
その女性には見覚えがあります。昨日、事務所の前で合った少しお高めのスーツを着た女性です。
男性は周囲を見回し竹刀を見付けると、私を放して竹刀に飛び付き、女性に向かって行きました。女性はご自身を「警察」だと言っていましたが、もしかしたらそれはブラフかも知れません。私は安易に助けを呼んでしまった事を後悔しました。
その直後は一瞬の出来事でした。
男性が竹刀を振り上げましたが、女性は物怖じしません。それどころか一歩踏み出し、左手を上げながらジャケットを捲り、右手を懐へ突っ込みました。そして、拳銃を取り出したのです。
パン! パン! パン!
3回の銃声は倉庫の中によく響き、私と月姫さんの身体は、突然起こった非現実に唖然と硬直しました。男性は竹刀を手放し、尻もちをついて女性を見上げています。弾は外れたのでしょうか。
「おもちゃだ······よッ!!」
女性は隙を見せた男性を組み伏せ、見事な手捌きで手錠を掛けると、無線で連絡を取り始めました。
肩の関節を極めて制圧した男性の背中を尻に敷き、堂々と連絡を取っている本物の婦警さんの姿を見て、私と月姫さん安心しきり。どちらからともなく啜り泣き出し、やがて泣きじゃくりました。
私はその後、助けて頂いた婦警さん秋久保芳香さんから、「何かあってはいけないから、直ぐに助けに行ってくれ」と、遠くに仕事に出ていた先生から、私の推理入りのメッセージが送られて来た事を聞き。今回の件に関してキツイお叱りを受け。聴取を終えて帰社しました。
事務所に帰ったところ、玄関の前に先生が立って待っておられました。何も言えない私は事務所の中に招き入れられ、秋久保さんから大変キツイお叱りを受けた先生から、お叱りを受ける事になりました。
「ぅうっ! ······ぐすっ······勝手な事をして、ごめんなさい」
先生から私の軽率な行動を咎める正論と、私の勇気を称える賛辞と、私の事を心配する温かい言葉と、
「ワトソン君、名推理だったぞ」
何より私の推理を褒められた事で、私は年甲斐も無く、大粒の涙をボロンボロンと溢してしまいました。
後日。謹慎中の秋久保さんから先生のところへ電話があり、事件のその後を聞く事が出来ました。
先ず息子が複数の罪で逮捕。父親は監禁幇助で逮捕。それと、息子の仲間二人も共犯で逮捕された様です。
そして三上家には娘さんが居たようで、その娘さんは、ここへ月姫さんの捜索の相談をしに来た三上輝星さんと同一人物でした。
その輝星さんが、今回逮捕された兄に月姫さんを紹介した事が切っ掛けで、悲惨な事件へと発展してしまったそうです。
先生はしんみり言います。
「輝星さん······彼女は警察に相談できなかった。だから俺達に曖昧な話をする事で、僅かでも許されたかったんだと思う」
輝星さんは逮捕された兄から脅迫を受けていた様で、それを汲んで罪に問われる事は無いそうです。ですが、月姫さんとの仲は険悪になり、家族の犯した罪の社会的制裁を受ける事になるのでしょう。
話し終えた先生は立ち上がり、私の肩をポンと叩きます。
「これに懲りたら、もう無茶はするなよ。どうだ一杯。今日は日本酒を教えてやるぞ?」
私は先生を見上げて言いました。
「先生セクハラです。お摘みにはホームズの名推理が欲しいです!」
最後までお読み頂きありがとうございました。
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それでは、また何か事件が起こった時に