② 猫探しと人捜し
何かが起こりました。
翌日。私は大人しく出勤して、大人しく猫探しに出掛ける事にしました。先生は「アポが入っているから」と、今日はお留守番の様です。
「では先生、行って来ます」
「気を付けて行ってらっしゃい」
私はソファーに腰掛ける先生に見送られて、玄関のドアを開けました。いやあ、良いお散歩日和ですね。
「───あ、新家探偵事務所です。何か御用がお有りでしょうか?」
私共の事務所はマンションの角部屋になっておりまして、ドアを開けたところ、飾り気の無いショートヘアと、ちょっと良い感じのブランドのスーツに、真っ赤口紅が映えるピリッとした綺麗な女性が、隣の部屋を通り過ぎて、此方へ歩いていらっしゃいました。
「新家先生はいらっしゃいますか?」
女性は先生に用事があった様です。
しかし私はこれから外出です。こんな綺麗な方を単身で狼の巣に放り込む形になってしまいますが、きっと大丈夫でしょう。先生は牙を抜かれた狼です。何故ならば、私にも手を出そうとしませんから。
それでは、キッチリ案内して差し上げましょう。
「中は絨毯が敷いてありますので、靴のまま上がって下さい。先生は奥にいらっしゃいます」
この絨毯にはとても助けられています。歩き回って靴が蒸れたときに、脱がずに済むのが、とてもとても助かります。
「ええ、存じております。これから歩き仕事ですか? ご苦労様です。可愛らしいお弟子さん」
女性は慣れた足取りで事務所へ入って行きました。おやおや、これは事件のニオイがプンプンですね。
私は依頼主さんの住所付近を歩き回ってから、公園のベンチに腰掛けました。こういう時に有名なコーヒー専門店のカップを持っていれば女子力が高いのでしょうけれど、生憎私は缶コーヒーです。
平日の真昼間なせいか、中々人が出歩いておらず、この公園は寂しいものです。ですが私のマルタイは、カラメルソースとミルクをぶっかけた様な三毛猫のプリンちゃんですから、もし出て来た時に追い回す子供が居ない事が好都合ですね。
「居ねぇ······」
しかし別件で探した別の公園は、もっとニャーニャー鳴いてぞろぞろ出て来たのですが、ここは全然出て来ません。
缶コーヒーの最後の一滴を吸い出した頃。ようやく真っ白な猫が1匹現れ、ニャーニャー鳴いて擦り寄って来てくれました。なんとも人馴れしている猫ちゃんです。真っ赤な首輪を着けている事から、散歩中の何処かの家猫でしょう。
撫でてやろうと手を伸ばしたところ、首輪に髪の毛が絡まっているのを見付けました。その髪の毛は、安易に手を出したのを後悔するくらいしっかりと、しかも3本も絡まっており、解くのに手を焼きました。
髪の毛を解いてやると、何かお強請りする様な仕草を見せてから、白猫ちゃんはプイッとそっぽを向いて、歩いて行ってしまいました。折角寄って来てくれたのにオヤツとか持ち合わせていなかったので、何か買っておきましょうか。経費で。
「ニャーニャー。出て来てよ〜、プリンちゃ~ん」
私はこの後、プリンちゃんを探し回ってから事務所へ帰りました。
事務所へ帰ると先生の姿が見当たりません。鍵が掛かっていなかった事から、居る事は確かなのですが、
「ん? ······これは?」
私は机の上に雑に置かれた写真に目が行きました。顔写真と個人情報のメモが有ります。大学生の女の子の様です。
「······失踪?」
その時、トイレを流す音が聞こえました。どうやら先生はトイレに居たようです。私はサッと写真とメモから目を放し、今帰って来た風を装って先生に声を掛けました。
「先生、只今戻りました。······猫ちゃん、見つかりませんでした」
先生は私に「おかえり」と言ってから、写真を広げたままの机に目を移し、「やっちまった~」と言った感じに溜め息をつかれました。
「······はあ、見られたか」
私は至って冷静に振る舞い「何の写真ですか〜?」と、スっとぼけて返事をしたのですが、
「トイレに行く前の配置は撮ってある。正直に言えば許してやるぞ?」
風のせいにしようかと思ったのですが、窓は開いていませんし、扇風機もありません。エアコンの微風では写真を動かせる筈もなく、私は神妙に白状する事にしました。
「はい······見てしまいました。ごめんなさい」
そうしたら先生は、パチパチと拍手を打って言いました。
「素直でよろしい! 本当は写真なんか撮ってないよ。『これは?』とか、『失踪』とか言ってただろ?」
「ズッる!! カマ掛けたんですか!?」
間髪入れずに突っ込んでしまいましたが、結局のところバレていた様です。
先生はソファーに腰掛け、ぷくっと膨れる私に座る様に促しました。私が先生と対面する様に腰掛けると、先生は写真とメモを私が見易い様に並べてくれました。
「この写真の彼女が、失踪者の竹内月姫さん。20歳の大学生だ。昨日から連絡が取れず、心配した友人の三上輝星さんが、ここに相談をしに来たんだ」
これはどえらい依頼が来ましたね。でも、そういうのって、
「先生、ここ探偵事務所ですよね? そういうのって警察じゃないんですか?」
私の言葉に先生は、「お前が言うのか」と言いたげな表情で、深く頷かれました。
少し惜しくはありますが、この依頼をウチが受ける事は無かった様です。「人を見た目で判断するな」とは言いますが、写真に写っている子は髪を茶髪に染めていて、まあ、それは私も一緒ですが、髪型や化粧、服装やアクセサリー等から、ただアソビ歩いているだけな印象を受けました。
それにご友人さんの「もしかしたら帰って来るかも知れない」「大事にしたくないから、警察じゃなくて探偵で」と、そんな余りにも煮え切らない言葉を聞いた先生は、警察に行って捜索願を出す様に言ってやったそうです。
「守秘義務があるからそれとなくだけど、警察の知り合いにも伝えてあるよ。それに、もしかしたら、それこそ“大事”になるかも······もうなってるかも知れない。
類は友を呼ぶ。竹内さんは写真のとおりだが、三上さんも同じ様な印象だった。もし、交友関係を洗っていって反社に当たった場合、ワトソン君にも危険が及びかねない。これは俺達なんかが手を出してい良い案件じゃあ、きっと無い」
触らぬ神に祟り無しでしょうか、恐ろしいですね。それよりも、私の身を案じていてくれて嬉しいです。
この後私と先生は、写真とメモをシュレッダーにかけ、今日の分の雑務を片付けてから、ちょっと一杯引っかけに居酒屋へ向かいました。