① 新米助手ワトソン
全4話になります。
導入部です。よろしくお願いします。
私は渡村真実23歳、職業は探偵助手です。今私は、私の雇用主であり、迷探偵の新家宗次先生45歳と仕事の最中です。
今日の仕事は浮気調査。先生と一緒にスワンボートを漕ぎ倒して、イチャイチャチュッチュのシーンを、今か今かと待ち望んで居るところです。
私はこんな盗撮じゃなくて、殺人事件の推理とかしたいんですけど、仕事はだいたい浮気調査か、迷い猫。迷い蛇とか、迷いイグアナもありました。転職してからの怒涛の3ヶ月です。
「おい! ワトソン君、やるぞ! やりそうだ!」
先生が私を手招きで呼びます。
「マジっすか? あ···ああ! やった! やったやった! 先生ちゃんと撮りました?」
やりました。濃厚なやつをガッツリとやりました。でも私達が観賞しただけでは意味がありません。ちゃんと写真に残っていなければ、
「オウ、バッチリよ! ······それよりも、いつになったらホームズさんと呼んでくれるんだ?」
どうやら今回は間抜けにも撮り逃しはしなかった様です。それにしても、私は渡るに村でワトソンで、先生は家が入っているからホームズと呼んで欲しいそうです。でも、それには条件があります。
「先生がビシッと殺人事件の名推理をしたところを見れば、心からそう呼んでしまうかもしれませんねぇ」
ですがこう言っても、「そんなのは警察の仕事だ」と、一蹴されるだけなのですが、
「······ワトソン君、推理がしたいのか?」
おや、今日は反応が違います。それよりも何故、私が推理をしたいと思っているのがバレているのでしょう。
「なんでかって顔してるな。ワトソン君が俺の推理を見ただけで満足する訳が無いだろう? 絶対に出しゃばるさ」
そんな事は───ありますね。いや、ん、何でしょうか、何か引っかかる台詞ですね。「出しゃばる」「満足する訳が無い」「俺の推理を見ただけで」───おや、おやおや、「俺の」ですか。
「先生! 殺人の推理をした事がある様な台詞ですね!」
先生が「おお!」と言って、パチパチと拍手を贈ってくれています。
「おお! 良く気が付いたな、合格だ」
合格ですか、今日は大進展ですよ。でも、合格だとどうなるのでしょうか。事件の話をして頂けるのでしょうか。
「先生、今直ぐ聞きたいんですけどぉ?」
先生は何やら呆れ顔になって、溜め息をつきました。
「ここ、白鳥さんの上だぞ?」
そうでした。ここはスワンボートの上です。流石にこんな所で長話は御免被りたいですね。ちゃんと椅子に座って、事務所のちょっと良いコーヒーを淹れて、エアコンの効いた部屋で、ゆっくりと話を聞きたいです。
「それじゃあ、ツマミのタコ焼きを買って帰ろう。あそこのキッチンカー。あそこで買おうと思うが、俺達が買いに行った時に、待つか待たないか。さあ、推理してごらん」
私は先生が指し示したタコ焼き屋のキッチンカーを見ました。そこには既に行列が出来ており、10組くらいは客が並んでいる様に見えます。そしてまた1組並びました。でも、捌けて行くスピードの方が早い様に見えるし、道行く人も疎らになってきています。この調子なら、私達がこの白鳥さんを船着場に付けて車の前に並ぶ頃には、すんなり購入できそうです。
これが推理なのかどうか、ただの運の様な気もしますが、取り敢えず答えましょう。
「待たされません。当たっていたら先生の分、私に1個下さいね!」
もう浮気の証拠は押さえましたので、私達はスワンボートを船着場に向かわせました。
結論から言いましょう。私は負けました。私達はタコ焼きの調理の時間を待たされました。捌けるのが早かったのは、保温機に入っていた商品を出していたからだった様で、そして、人も疎らになってきた事から、ストックを新たに作らなかった様です。
私は先生に「並んで待ってない」と文句をつけましたが、「待ちは待ち」「もっと良く観察しなさい」と、有り難い指導を頂戴しました。
先生にタコ焼きを1個取られ、先生の分のコーヒーも淹れた私が席に着くと、先生はコーヒーを一口飲んでから話を始めました。
「あれは、5年前······まだ開業間もない頃の迷い猫探しのときだった」
おお、猫を探す過程で殺しがあったのでしょうか。
「白い首輪を付けた黒猫なんて直ぐに見つかると思っていたんだが、一向に見付からず、ただ時間だけが過ぎていった」
おや、ここからどう殺人事件に繋がるのでしょうか。
「そこで俺は、他の猫の縄張りを把握する事にした。見付けた猫を尾行して、縄張りを地図に書き込んだ。猫は自分の縄張りを持って、そこをパトロールする。そうすれば、今マルタイが縄張りにしている場所を炙り出せるし、その過程で喧嘩をしに出て来てくれれば、居場所が分かると思った」
マルタイ、ああ、捜査対象の猫ちゃんの事ですね。なるほど、そうして歩いて居る内に、事件現場に辿り着いたのですね。
「そうしたら、狙い通り居場所を炙り出せてな。無事解決だ」
あれ、事件は何処へ。
「先生、殺人事件が解決されていませんよ?」
すると先生は呆れた顔になり、深く溜め息をつかれました。
「タコ焼きを外したからな。丁度良く猫探しの依頼があるから、明日はそれを頼んだぞ」
フッ、今夜はビールが美味しく頂けそうですね。