26.脱出
アイザック、今回は嫌われ役ですね(汗)
爆発事故に備えて埋めこまれたぶ厚い鉄板のほか、断熱材や吸音材から成る内壁と。要塞として、敵からの攻撃を防ぐための装甲たる外壁。
パン職人が織りあげたクロワッサンのような多重層を、アントニオのトルネード・キックはみごとに破ってみせる。
彼の読みどおり。ラボがあったのは基地のいちばん外側で、何階なのかまではわからないが、破られた壁のむこうに空が見えた。
「ばかなっ!?」
「……すばらしい!!」
華麗なる蹴り技とその威力に、驚く魔牛と博士。
だが、両者の驚愕にこめられたものは、こうもちがう。
目を疑うアイザックに対して、目を輝かせるクロップス。
トルネードの能力説明こそ授けたものの、そこはぶっつけ本番。実践してみせただけでもたいしたものなのに、このトルネード・キックでは、回転も完璧そのもの!
しかも、とっさの機転で。トルネードを蹴りと融合させ、瞬時に新しい技へと昇華させてしまうあたり、計り知れない格闘センスを感じさせる。
それはまるで。
ついさきほどまで、地べたを這うことしか知らなかった青虫のはずが。蛹を経て誕まれ変われば、何故か飛びかたを心得ている蝶のよう。
4匹のうちから彼をえらんだのはまちがいではなかったと、クロップスは此処に確信した。
「博士っ、つかまって!」
壁にあいた穴から脱出しようと、マントをはみ出した羽をはばたかせるアントニオの呼びかけに。しかし、クロップスは難色を示す。
博士が気にかけているのは、魔牛に奪われた洗脳用CD。いまは、アイザックの足もとにころがっている。
おそらく、あれはコピーで。マスターをふくめた何枚もが存在するのであろう。それでも、この1枚を持ち帰れば、かけられた洗脳の解きかたも研究できるというもの。
このまま見捨てていかざるをえない、まだカプセルのなかで眠りつづける3匹。
やがて目醒めて、敵として立ちはだかるであろう彼らを、洗脳の呪縛から救う切り札になるかもしれないのだ。
「博士っ、いそいで!!」
ためらいを断ち切れずにいるクロップスへと、アントニオが叫ぶ。
「きもちはわかるっ!
でも、ほかの連中も助けたいんなら。ぜったいに、おれたちまでつかまっちゃあダメだ!!」
そうだ、いまは耐えろ。
耐えてこそ、いつか晴らせる屈辱もあろう。
逃がしてたまるかと。巨体がめりこむ扉から、抜け出そうともがく魔牛。そんなアイザックに背をむけて、クロップスはアントニオの背中にしがみつく。
(すまんな。
だが、いつか。かならず、助けにもどると約束するよ)
はえたての羽に、はじめての飛行。
それでもなんとか飛びたつアントニオだったが。じぶんの羽音に混じって聞こえる、背後で嘴を噛みしめる軋み。それを耳にしながら、みずからも無念さに歯をくいしばっていた。
クロップス、マッドなだけではないのです(笑)