10. 惨劇の幕開け
物語が動きます。
(不思議だ。
おれたちはいずれ、闘う運命にあったにちがいない。
きさまにもわかるか、アントニオよ?)
確信よりなお強い感覚をいだいたまま、リチャードはスタジアムに背を向けようとする。
「おいっ。これからミーティングなのに、さぼるつもりか?
カルーソのやつが、また怒るぞっ」
「おまえら兄弟もふくめて、どうせ半数は居眠りのくせに。
見るべきものは見たし、識るべきものは識りえたさ」
ぷんすかのマックスと、それをなだめるイゴールにはおかまいなしで、彼は隣人パークをあとにする。
このとき、リチャードをひきとめておけば、あるいは、惨劇を避けることができたかもしれないのに。イカサマな運命に仕組まれることで、物語というサイコロは数奇な出目をえらんでころがる。
恨めしいか?
恨みっこなしだなんて言わないから、ぞんぶんに恨んでくれ。
祭りの帰り道がやけにもの寂しいように、スタジアムを一歩出ての夕暮れどきは、いつもより閑散としたようにおもえる。事実、ご近所のほとんどが試合を観戦に来ているため、当然なのだが。余韻、冷めやらぬものたちにとっては、関係ないはなしでもあった。
妙な高揚感を抑えられないまま、帰路につくリチャードであるが。自分が何者か尾行をうけているのを、とっくに気づいていたのはさすが。
(気配はひとつ。
とはいえ。そのひとつが、ただものじゃなさそうだ)
尾行者の隠れ場所が無い、ひらけた野原に誘いこみながら、あたりにほかに誰もいないことをたしかめる。まきぞえが出るおそれが無いのを知り、歩みを止めて交戦に備えるリチャードに、これ以上は無意味かと、尾行者も姿を見せる。
これも奇縁。
白と黒を纏った、尾行者のいでたちは、この物語を転覆させる、招かれざるキャラクターに相応しいものだった。
かんちがいされるとややこしいので言っておくが、パンダではないぞ。
すんなり決勝戦、戦わせてあげたかったんですけど。