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第11章

 それは、夏休みがはじまる一週間ほど前のことだった。


 コニー・レイノルズが「ダニエルに振られた」と言ってミランダに泣きつき、ミランダから連絡を受けたリズが彼女の部屋へ急いで駆けつけたのは……。


 その時、リズはボランティアの帰り道、いつものようにロイと喫茶店でお茶しているところだったのだが、この親友からの緊急指令に速やかに従うことにしたわけである。もちろん、ロイのほうでは快く了承した。何故といって、恋人とラブラブで過ごせる夏休みはすぐ目の前――ふたりで一緒にいられる時間など、これからいくらでもあると、そう思っていたのだ。


「あいつったら、あいつったら、ほんとにひどいのよっ!ついこの間まで、わたしと夏休みの計画をあれこれ立ててたっていうのに……やっぱり夏休みは『別の』恋人と過ごしたいって、突然そう言いだしたの。もちろんね、前からわかってはいたわ。特に、大学杯で優勝して以降、大学中のあらゆる女がダニエルに色目使ってるってことはね……だけど、卒業パーティの時も他の女と一緒に行くつもりだなんて言うのよっ!ひどいじゃないっ。あたし、あたし……すごおおく楽しみにして、ドレスだってもうとっときのを買ったばかりなのにっ!」


 このドレス選びには、ミランダもリズも、いくつものブティックにつきあわされたため、よく覚えている。また、ダニエルはまだ大学三年なので、今年卒業するわけではない。この卒業パーティというのは、今年の6月に卒業したばかりの学生たちのために毎年開かれるもので――その年の卒業生でなくても参加できる、一年を通して一番大きなユト大・学生課が主催するパーティなのだった。


「ごめんね、コニー。こう言っちゃなんだけど、あたし自身はずっと前からダニエルにあんたは勿体ないと思ってたわ。それに、あたしたちチア仲間の間じゃわかりきってたことでもあるしね……ダニエルが浮気したくてうずうずしてるとか、浮気するのはもう時間の問題みたいに、みんな心配してたもの」


「わかってるわよっ!それにわたし、あいつが浮気してる気配みたいのはずっと前から感じてたし、わかってたっ。だけど、一生懸命気づかない振りしてたのっ。それに、今年の夏休みはどこそこの別荘へ一緒に行かないかだの、卒業パーティの時にはエスコートするよだのなんだの、浮気してるもんだからこっちの機嫌一生懸命とっちゃってまあっ!あーもうっ、アッタマ来るっ!!夏休みの直前に別れを切り出すんだったら、人に気を持たせないでもっと早くにそう言えってのよ。そしたらわたしだって、あいつなんかよりすごくいい男と一緒にパーティ出る準備だって出来たわよっ。それなのにいいぃっ!!」


 ヒステリーの頂点に達した、とばかり、コニーはレースのかかった後ろのベッドへ引っくり返った。彼女の部屋は、やわらかなパステルカラーで統一された、ファンシーな……というより、年齢よりも幾分か幼く感じられる部屋だった。お嬢さま風ベッドの上にはぬいぐるみがたくさんのっかっているし、家具や小物類なども、小学生の女の子が憧れるプリンセス風の見本そのものだったと言ってよい(ちなみに彼女はディズニー映画の大ファンである)。


「じゃあ、コニーの中ではダニエルのことはもう吹っ切ってるってことでいいの?あんな奴、もうどーでもいいから卒業パーティへ一緒に行ってくれる相手さえいればいいとか?」


 リズは慎重にそう声をかけた。もちろん、ミランダにもリズにもよくわかっている。交際をはじめてこの二年ほどの間、ふたりはカップルとして燃えに燃え、盛り上がりに盛り上がっている――といった様子を周囲に見せつけまくってきたのだ。アメフト部とチア部のバカップルと言えば彼らのことだというくらい。それなのに、ダニエルのほうではすでに相手を見つけて乗り換えたあとであり、コニーのほうではあれほど涙ぐましく奉仕した男にあっさり捨てられた……これはそういう話でもあったから。


「そうよっ!ダニエルなんか、あんな男のことはもうどーだっていいのっ。あたしはね、卒業パーティに一緒に行ってくれる超のつく格好いい男が欲しいのよっ。ダニエルが連れてくるブロンドの長身美人なんか問題にならないくらいのすこぶるいい男。ねえふたりとも、その時だけでいいから、一時的にわたしのエスコートしてくれるような、そんな男の人知らない!?」


「そんな男、あたしのほうで知ってたら、とっくに口説いてつきあってるわよ」


 ミランダはそう言って笑ったが、この時「待てよ」というように、ふとある男の顔が脳裏をよぎったのである。


「ねえ、リズ。あんたの彼氏の友達のギル坊や、その頃身柄が空いてないかどうか、一度聞いてみたら?」


「どういうこと?」


 いつもは勘の鋭いリズが、ミランダの言いたいことをすぐには理解しなかった。けれど、死にかけのゾンビのようにうだうだベッドに転がっていたコニーが、この時突然生き返ったかと思うと、瞳を輝かせ、びょんと起き上がったのである。まるで、主人公からどんなに攻撃されてもめげないキョンシーのように。


「ええっ!?ギルってもしかして、あの伝説のセックス討論会の時、落ち着き払ってフェミニスト連を論破してた、あの超格好いい人のこと!?」


「う、うん……ロイが幼馴染みで、結構親しいらしいの。でも、確かにまあ、あの人ならモデルか俳優みたいに格好いいし、ダニエルを焼かせるにはちょうどいいかもね」


「ちがうわよ、リズっ。違うのっ、そんなんじゃないの。あたしもう、ほんっとーにあんな奴、どーだっていいのよっ!嫉妬させて振り返らせたいんじゃなくて、今の惨めな自分の失地を回復させたいってだけっ。でね、超いい女であるあたしが、超いい男といるところ見て、ダニエルが気違いみたいに地団駄踏んで悔しがるところが見たいのっ。でね、あたしのほうでは『ふふん。あたしみたいないい女を捨てるからそんな思いを味わうのよ』みたいになれば、それでいいのよ。あいつがあたしを捨てたんじゃなくて、あたしのほうであんな奴を捨てたんだって、そんな形で関係が終わればあたしの女心は満足するのっ!!」


 このあと、コニーは再びじわっと涙ぐむと、「わあああんっ!!」とベッドに泣き伏していた。そんな親友を隣で慰めるミランダに、リズは合図を送った。『ちょっとロイに電話してくるわ』というように携帯を手にすると、ミランダのほうでは『了解』というように頷いている。


「だから言ったでしょ。あんな奴、コニー以外の女とつきあったって、どうせ絶対長続きしないから……それよりね、あたしが心配してるのは別のことよ。あんたは結局優しいから、ダニエルのほうで何かあってあんたとヨリを戻したいって言ってきたら……また恋人同士になるんじゃないかってね。でも、ダニエルみたいなタイプは絶対また同じことを繰り返して、あんたのこと傷つけるわ。あたしはっていうか、チア部のみんなはそのことを心配してるって言ってもいいくらいなのよ」


「うん……ありがと、ミランダ。あたし……もう、何があっても絶対あんな奴とヨリなんか戻さない。妊娠したのしないの、あんなに大騒ぎした自分が馬鹿みたいに思える。そうよね。あんな奴、『妊娠したかもしんない』とでも言って、金玉縮み上がらせてやるくらいでちょうど良かったのよ。今ごろそんなことに気づくなんて……ほんと、馬鹿だったわ、あたし」


 親友ふたりの、そんな切ない会話を聞きながら、リズが部屋を出た時のことだった。リズは一瞬どきっとした。何故といって、学校の制服姿のコニーの義弟が、壁からぱっと背中を離すところだったからである。


(もしかして、盗み聞き……?)


「あ、すみません。なんか姉貴の泣いたり騒いだりする声が聞こえたもんで、何かあったのかと思って、心配になったもんスから……」


「ああ、うん。まあ、ちょっとね……」


 どのみち、義理の姉がユトレイシア大の花形ランニングバックと別れた――といった話は、いずれ彼も知ることになるだろうし、聞かれて困るような話をしていたわけでもない。ただ、リズはコニーの隣の自室へ入っていく彼の姿を見て、少しだけ気になった。何故といって、前にも似たようなことがあったのを覚えていたからである。


(まあ、隣同士の部屋なんだから、こっちの話してることなんか聞こうと思えばいくらでも聞けるでしょうけど……コニーのお母さんが再婚した相手の連れ子ってことだけど、なんとなーくちょっと暗そうに見える感じの子なのよね)


 とはいえ、コニー自身が「義弟のランディはすっごく可愛い奴よ。洗濯したブラジャーをあたしが干してるとこ見ただけで真っ赤になっちゃったりして。あたしたち友達みたいに気も合うし、普段からほんとの姉と弟みたいに仲良しなの」と言っていたことから……何も問題はないのだろうと、リズにしてもそう思いはする。


 リズは階段の手前にある、二階のユニットバスで、浴槽の端のほうに腰かけてロイに電話した。実をいうとリズにしてもあまりこの件で恋人に連絡するのは気が進まない。ロイの話によると、「ギルはいい奴なんだけど、女性に手が早いっていうか、そのあたりに関してちょっとだらしないのが欠点かな」ということだったから――「そういうことなら一時的につきあってもいいけど、その見返りのほうはもらえるんだろうな?」と向こうで言ってくるかもしれないし、あるいはコニーのほうで、演技としての恋人の役柄を越え、ギルバート・フォードに恋をしてしまうかもしれない。何分、彼女の親友は男に惚れっぽいのが最大の欠点だったから。


『えっ、ギル!?まあ、聞くだけ聞いてみてもいいけど……』


 リズから事情について一通り説明されると、ロイはそう答えていた。けれど、なんとなく恋人の声色からして、彼もまた(あまり気が進まない)というのは、リズにしても察せられていた。


「それでね、今コニーは傷ついててすごくデリケートな時期だから、卒業パーティにつきあってくれるにしても、そのあたり、すごく気をつけて欲しいの。コニーのほうから誘ってきてるように見えても、なるべく自制して欲しいっていうか……あ、もちろんね、ギルのほうでコニーの魅力にめろめろになったとかっていうんなら、その場合はいいのよ。ただ、ロイから話を聞く限り、ギルバート・フォードってすごい女ったらしみたいだから……」


『う、うん。女性関係のだらしなさっていう意味でいえば、ダニエル・ハサウェイの比じゃないんじゃないかと思う。ただ、女性のエスコート云々っていう意味ではオレと違って手慣れてると思うし、そういう役柄を演じるのも楽しんでやる奴ではあるよ。でも絶対、「向こうもその気なら、お持ち帰りしてもいいんだろ?」とか、そんなふうには言ってくる奴だから……』


「そう。実はわたしもね、そのあたりを心配してるの。何分、コニーはコニーで惚れっぽい子だし、ダニエルを見返すのに協力してくれたっていうお礼のためだけでも……その日のうちに、ええとね、まあなんていうか見返りの報酬を体で払っちゃうんじゃないかと思うの。だけど、それがコニーにとっていいことなのかどうかっていうか……」


『わかったよ。そのあたり、ギルにはキツく言った上で、協力してくれるように頼んでみる。あいつ、夏休みの間は今のところ予定なくてヒマだから、テディとオレと三人で、どっか旅行行かないかとか言ってたから、たぶん体は空いてると思うし』


「うん、ありがと。変なこと頼んじゃってごめんね。じゃあ、ギルと連絡とれたら、また折り返し電話してくれる?」


『わかった。じゃあまたね。愛してるよ、リズ』


「わたしも愛してるわ」


 このあと、リズはすぐコニーの部屋へ戻ろうとして――今度はホラー映画の登場人物のようにギクッとした。何故といって、バスルームのドアを開けるなり、そこに制服から着替えたコニーの義弟、ランディ・ヴァーノンがぬぼっとそこに突っ立っていたからである。


「す、すみません。トイレ使おうと思ったら、なかなかあなたが出て来られないもので……」


「あ、ごめんなさいっ。ノックしてくださったら良かったのに」


(急いでるなら、一階にだってトイレはあるじゃないのっ)


 リズはそう思ったが、このあとランディがうがいする音が聞こえ――盗み聞きというのは、流石に自分の考えすぎだろうと思い直した。学校から帰ってくるなり、義理の姉が泣いているのが聞こえて驚く→廊下で自分と鉢合わせる→着替えのあと、うがいしたり手を洗ったりしようと思ったら、義姉の友人がくだらぬ私用の電話を長々していた……何かそんなところだったのだろうと。


 だが、実はこれはリズの思い過ごしではない。コニーの義理の弟ランディは、いつでも姉の部屋のほうに耳を澄ませ、彼女が恋人や友人たちと電話で話す声さえも、壁際にしっかり耳をつけて聞いていることがよくあったからである。


 だからこの時も、姉の身に何があったのかは、ランディもすぐに察していた。(あの黒人野郎と、いつかは別れるだろうとは思っていたが……そんな事情なのは絶対に許せん!)と、腸を煮えくり返らせていたら、姉の美人の友人が廊下に出てきたのである。そのあと、自分の部屋のほうで着替えつつ、隣の話し声に耳を傾けるうち――あの美人(エリザベスという名前であることは、彼にしてもずっと前から知っている)が恋人に頼んで、友人のイケメンを紹介してくれる手筈らしいことがわかってきたのだ。


(なんだとォ!?)


 ダニエルと別れたあとは、自分が姉の理想の騎士ナイトになりたいと願っていたランディとしては、どうにも許せない展開だった。隣室のコニーとミランダは、「でもわたしー、あの超イケメンくんになら、一晩くらい遊ばれちゃってもいいかもー」とか、「あんたも懲りないわねえ、まったく」などと話しており、気が気でないランディは、今度はバスルームのほうへすっ飛んでいき、そのあたりの事態が今どうなっているかを探ろうとしたわけである。


 だから、リズがバスルームから出ようとした時、ランディの顔は青ざめていた。もちろん、卒業パーティにおける一時的な恋人役などという面倒なことなど、向こうから断ってくる可能性もあるだろう。だが、彼の義姉コニーは可愛い。そして向こうは顔がいいだけの性根の腐った女ったらし……ということになれば、その結果は一体どんなことになるのか。


(どうせまた『妊娠したかもしれない、どうしようっ!』なんて言って、親友の女ふたりに速攻電話することになるって、どうしてわかんねえんだ、あの馬鹿姉貴はっ!!)


 小用を足して手を洗うと、ランディは幾分かよろよろした足取りで自分の部屋のほうへ戻っていった。彼は、二年前にコニーの母親のリンダが自分の父ゴードンと再婚した時――初めて彼女と出会った時から、この義理の姉のことが好きだった。また、それが間違いなく恋であることに気づくのも、さして時間はかからなかった。もちろん、コニーのほうで高校生の自分のことを『まったく相手にしていない』というのか、ようするに異性としてはまったく見ていないことはよくわかっている。けれど、ダニエルという黒人の恋人を家に連れてきた時から……ランディにはわかっていたのだ。(ああ、これは今どんなに盛り上がってようと、そんなに長続きはしないだろう)ということが。もっとも、隣の部屋でコニーとこのN(二ガー)がいかにも親しげに話したり、チュッチュッとキスしだした挙句、事に及ぶのを聞く時――どれほどの苦痛を自分は味わったろうかとランディは思う(彼は人種差別主義者ではなかったが、唯一恋する義姉の恋人に対してだけ、心の中でそう呼んでいたのである)。


(しかも今度は医学部の遊び人だって!?クソッ、冗談じゃねえぞ……)


 ランディはこのあとも、苦痛に胸を締めつけられながらも、ベッドへ横になったまま、隣の部屋の会話に耳を澄ませ続けた。そもそも、コニーが男性の理想が高いことは、彼にしてもわかってはいた。何分、彼女自身がユトレイシア大という、国で一番の難関大学の在学生である(しかも、いい大学に入れば、それだけいい男にありつけるだろうという、いかにもコニーらしい入学動機)。それに引き換え、ランディ自身はレベルの低い公立校に通っているという身の上だった。今からどんなに勉強したところで――仮に二浪、三浪どころか、五浪、六浪しようとも、自分は決して姉の後輩になれるようなことは決してないだろう。


(ちくしょうっ!どうしてなんだ、コニーっ。俺がこんなに愛してるのに……これから少しでもいい男になって、金もいっぱい稼げるような職業に就いて――コニーが考えてるような理想の生活をさせてやれたらって、そしたらきっといつか振り向いてくれるって、そう信じてたのに……)


 将来は医者という医学部のイケメン学生が相手では、自分では到底太刀打ちできない――そんな切ない、胸切り裂かれる思いを味わいつつ、ランディは今日も、それでいながら隣の義姉の部屋から聞こえる声に耳を傾けずにはいられないのだった。


 だが無論、ランディは知らない。これから大学の卒業パーティでコニーのエスコート役を演じる予定の男が、「普通の」というのか、並の女ったらしでない、などということは……。




 >>続く。






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