イメチェン
その日わたしは、朝食を済ませてドレスに着替えると、一人金縁の姿見の前に立った。
セレスティアである自身の姿を眺め、感嘆しながら呟いた。
「しかし、見れば見るほど美人だわ」
わたしは生前可愛い女の子が大好きで、それは二次元美少女から三次元アイドルと、範囲は広い。街で見かける可愛い女の子、綺麗なお姉さん、お洒落な女の子といった女の子ウォッチを存分に楽しんでいた程だ。
しかし外見の美醜だけが重要ではない。以前カフェで一人時間を潰していたところ、ご年配の女性が運ばれてきたパフェを一目見るなり瞳を輝かせて「まぁ、美味しそう」と、笑顔喜ぶ姿を見てトキめいてしまった。
二次元に至っては、美少女と美しいお姉様が好きなのは仕方がない。
そんなわたしは鏡に映る自分を見るだけで、ワクワクと心を躍らせた。
「自分を着せ替え人形にするだけで、毎日が楽しそうだわ」
自身に見惚れているものの、特に美しさをひけらかそうなどとは考えない。根暗のインドア派だもの。
前世の娯楽まみれの世界で生きていた自分ではあるが、今の環境から楽しめる事を少しずつ増やしていきたい。
その思い付いた楽い遊びの一つが、セレスティア着せ替えごっこ。これなら屋敷内だけで完結する、インドア派大満足の趣味だ。
しかしこの美しいセレスティアに対して、常々思っていた事がある。
伸ばした銀の前髪を分ける事で、全開になっているこのオデコと強気な眉毛。
「眉毛ね」
細く美しいけれど、これのせいで印象が大分中の人の性格とかけ離れており、好みでもない。
前世自分の生きていた時代では平行眉や、垂れ眉が流行っていた。そのメイク方法を取り入れれば、更にセレスティアが自分好みの見た目になるのではと考え始めた。
決心がつくと、歳が若めの侍女を呼び寄せ、お化粧道具やら、眉をカット出来る小さな鋏や剃刀を用意して貰った。
それらを受け取ると、自分で早速眉を整え始める。そんなわたしを見て、まだ使用人歴の浅い侍女は、明らかに狼狽し始めた。注意する勇気もないらしく、ヒヤヒヤとした表情で見守ってくる。
セレスティアに強く忠告出来ないでいる彼女には、申し訳ない事をしている自覚はある。侍女からの視線を受け流しながら、テキパキと作業を進める。
失敗しないように、眉の形を化粧で描いてから、剃刀で整えていく。
私の迷いのない、慣れた手つきを見て侍女も幾分か安心したようだった。
眉頭はほぼいじらないようにして、眉尻の釣り上がっている部分を中心に整える。足りない部分は、平行になるように書き出していった。
この年齢なら化粧はしなくて当たり前だが、眉のみならそこまで違和感もないだろう。
上がり気味だったせいで少しキツイ印象をもたらしていた眉が、平行になって随分柔らかな顔つきになった。
そして最後の大仕上げである前髪の断髪式は、侍女が部屋を後にしてから、改めて切り揃える事にした。
前髪は瞳に掛からない程度の長さのパッツンにしよう。
これを侍女が見届けるのは流石に心臓に悪いだろうし、全力で止めるために人を呼ばれるかもしれない。
わたしだって、見られながら髪を切るのは気が散る。
前髪を櫛で整えてからバッサリと切り落とし、重い印象にならないよう揃えて、少し透かせる。
前世だと前髪だけは、自分でも切り揃えいた経験が何度もある。前髪以外は自信がないけれど。
そもそも前髪を切るだけに、わざわざ美容院に行くなんて贅沢を考えた事もなかった。
こうして強気で大人びた美少女セレスティアから、可愛らしさも兼ね備えた美少女へと変貌を遂げた。
姿見に映るセレスティアの仕上がりに満足をした私は、誰もいない部屋で自然と笑いがこみ上げて来た。
「待ってなさいフレデリック王子。控えめだけど通るお淑やかな声と演技で、可もなく不可もなくな絶妙なラインを出して見せるわ。印象に残らない令嬢を演じ切って、必ず婚約者候補から外れてあげるから」
お淑やかだけど通る声。
それは囁くような台詞でもマイクに乗るように、日々鍛錬しているからこそ出来る技。
「さ、今日から外郎売りを読んで特訓よ」
日本の声優、俳優、アナウンサーなら誰しもが主に発声練習、滑舌練習に用いるのが、この歌舞伎演目の一つ、外郎売りである。
前世と同様に外郎売りを読んだり、発声練習、滑舌トレーニングに筋トレに励む日々が始まったのだった。