推し活②
「僕も用事があって少し残っていたんだけど、どうせならセレスを待ってから一緒に帰ろうと思って。図書室に寄るって聞いていたし」
──すれ違いになるかもしれないのに、わたしの事を待っていてくれたなんて……。
彼の優しさが嬉しくて、心がじんわりと温かくなっていく。
「ネヴィル先生と話をしていたようだから、すぐに声を掛けずにいたんだけど」
フレデリック殿下の言葉が衝撃で、一瞬時が止まったかのように錯覚した。そして、心臓が一気に早鐘を打ち始める。
── オタ活を見られてた!?お、おおおお落ち着くのよ!
一体フレデリック殿下に、いつから見られていたのだろうか?最初から見られていたとしてもそれは大した事はない、単に挨拶を交わしていただけなのだから。
それよりも、ネヴィル先生が見えなくなるまで眺めてたのを見られていた方が問題……というより恥ずかしすぎる!
そもそもわたしのオタ活なんて前世から細やかな物だ。ライブなども関係者としてしか見た事がないし、アニメのイベントにも仕事でしか行った事がない。
グッズだって少し持つくらいで、ジャラジャラと鞄につけたりはしないし、ましてや男性キャラの物は持ち歩かない。
更に言えば、家にあったグッズも持ち歩くのも、美少女キャラか自分が演じたキャラクターのグッズが中心だった。
そんなわたしが、婚約者に細やかなオタ活を見られていたとしても、きっと大した事ではない筈だ。
──そう、落ち着くのよ。
ネヴィル先生とわたしの関係は、教員と単なる生徒。有名人の出待ちをして、迷惑をかけた訳ではなく、たまたま顔を合わせたから極普通の挨拶を交わしただけ。そしてその後ろ姿を眺めていただけ……。
それにネヴィル先生の声優さんが演じた、別の作品のキャラが好きなのであって、ネヴィル先生とどうにかなろうなんて考えてはない。
「ネヴィル先生とは──」
「え?」
「いや、何でもない」
言い淀んだ彼の視線が自嘲するように落とされ、わたしはその姿から目を逸らす事が出来なかった。
──やはり現実のフレデリック殿下は、とても勘の鋭い方だわ……。
フレデリック殿下の胸中は、何かを察したのだろうか。
「それは?」
「これ?」
互いに言葉を噤んだままにしたくなくて、わたしは視線を彷徨わせた。
するとフレデリック殿下が一冊の本を手にしている事に気付く。
本を持ち上げて、わたしに見えるようにしてくれた。砂色で装丁されたカバーに、銘打たれた文字を確認すると、それはマルタン伯爵が執筆した植物関連の書物。
「マルタン伯爵の著書ですか」
「うん、植物学者でもあるという彼のこの研究は、とても興味深かったよ。マルタン伯爵は土壌によって細かく作物を分析していたようで、彼の研究を深めていけばエリュシオン国内の食が確実に豊かになる筈だ」
帝王学、経済学、科学に地理学。国のため、王になるため、生きている間に学ばなければならない事が多すぎる。それでも立場から逃げる事を許されない彼は、出会ってから一度もわたしに弱音を吐いた事がない。そんな彼をわたしは心から尊敬している。
「セレスの朗読が素晴らしくて、マルタン伯爵の他の著書も読んでみたくなったんだ。良い出会いをくれてありがとう。やはり、セレスの声は魔法だね」
言いながら、フレデリック殿下は照れ臭そうに微笑んだ。