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約束

 自分にとって最善なのは、エリカさんにこれ以上関わらないようにする事だろうか。それとも相手を知るために、もっと探りを入れるべきだろうか。


 答えが出ぬまま、エリカさんと学食でのランチを共にして数日後。わたしは仲のいい令嬢達とランチを取る事が多く、毎回エリカさんと昼食を共にする訳ではないが、遠目からでも食事マナーの上達が伺えた。

 養子先の伯爵家で、食事マナーのレッスンが開始されたのと、本人の努力の結果である。


 つい最近この世界に来たエリカさんと、この世界で産まれてからの記憶がある自分とでは、条件が違う。生活も文化も違い、戸惑う事が多い筈なのに、前向きに努力出来る彼女は尊敬に値する。


 そんな彼女が不自由していた場合、手を差し伸べるのは当たり前だ。


「声優は究極のサービス業だから」


 と、尊敬する先輩の言葉が頭を過った。


 選択制の授業を終えた放課後、図書室に寄った後、わたしは一人廊下を歩いていた。


 学園では元いた世界の大学のように、授業を好きに選択する事が出来る。お陰で常にグループで、群れをなさなくてもいいのは、わたしにとって気が楽である。

 貴族の通う学園とあって、社交も必要な事も理解している



 フレデリック殿下は基本的に忙しい方なので、授業が終わればすぐに王宮へとお戻りになられる事がしばしば。本日の帰宅の際は、公爵家の馬車が迎えに来てくれる。


 一人になるとつい色んな事を考えてしまいがちだ。そんな折、見慣れた栗色の髪と、夕焼けの色の瞳が視界に入った。


「セレスティア様っ」


 エリカがわたしに気付くと、こちらに向かい、手を振ってきた。

 気楽に過ごせる理由の一つが、下位貴族の貴族子女ではわたしに、気安く声が掛けられないというのもある。だがエリカは随分親しみのある態度と第一声だった。

 日本人の庶民気質が染み付いたわたしも特に気にしなかった。


「あっ、気さくすぎましたよね、申し訳ございませんっ」

「他に誰もいないのだし、わたしは気にしていないわ。それより、何か不自由している事はない?前にも言ったけど、困った事があったら相談してね」

「あ、ありがとうございまっ……!」


 にこりと微笑んで見せると、お礼を言い掛けたままエリカさんは固まった。

 わたしは訝しみつつ、相手の反応を見守った。


「?」

「申し訳ありませんっ!あまりにも可愛らしく……って、失礼なのは承知なのですが、わたしにはセレスティア様が天使にしか見えなくて、つい」


 可愛い女の子に懐かれるのは嬉しいし大歓迎。だけどその言葉は本心ではなく、何か裏があるのではと、つい探ってしまう自分が悲しい。人生の明暗が掛かっているので、今は素直に受け止められなくても許して欲しい。


 まだ門限まで時間があるという事で、わたし達は学園内にあるカフェへと足を運んだ。


 食堂とは違って完全カフェ仕様であり、注文は店員が聴きに来て、そして頼んだ物を席まで運んでくれる。

 カフェに着くとテラス席を指定し、席に着くとわたしはベリーソースのチーズケーキを、エリカさんはショコラケーキを選んだ。わたし達はケーキと共に紅茶を店員に頼み、運ばれて来るのを待った。


 わたし達が仲良く談笑しながらカフェに入ると、仲にいた生徒達が驚いた表情でこちらを見ていた。

 わたしとエリカさんの組み合わせが意外だったらしい。


 温かい紅茶を頂きながら、いくつか会話を交わした後、エリカさんへ質問を投げかけた。


「エリカさんの事をもっと知りたいわ。えっと、エリカさんの生まれ育った国は……何といったかしら?」


 産まれてから国外に出た事のない狭い世界に生きる令嬢として、外の世界へ興味津々といった風を装う事にした。


「国ですか、日本と言います」

「ニホン……不思議な響きね……」


 相変わらず自分で言ってて白々しい。

 むしろ慣れ親しみすぎた、わたしの故郷である。


「そうですよね、耳馴染みない響きですよね」

「魔法がない代わりに、科学文明がとても進歩していると聞いたわ。とても興味深いわね」

「そうなんです!映像を見て楽しんだり、それにゲーム、とか」


『ゲーム』という単語を出した途端、目が少し泳いだのが気になった。


「ゲームというのは、カードゲームやチェスの事?」

「え、ああ……そうですね」


奥歯に物が挟まったような物言いが気にはなるけど、今は追求はしない事にした。

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