ランチタイム②
笑っていた連中も、わたしがエリカの前に座る事により、露骨に嘲笑するのを諦めたようだった。
そしてさっさと食べ始めるわたしを、エリカはマジマジと見つめてくる。
「どうしたの?迷惑だったかしら?」
「いえ、そんな事ないですっ。とても綺麗な食べ方だなぁと思って……」
言うと、エリカは自身の手にぎこちなく握っているナイフとフォークに、視線を落とした。
「エリカさんのいた国ではナイフとフォークを使って食事を取ったりはしなかったの?」
「あるにはあったんですけど、自分の国ではこの国の方々のように使いこなせなくても、然程困らなかったというか……勿論、上手く使える人も沢山いましたし、フォークは日常的に使っていました」
「では食事の際は、ナイフやフォーク以外を主流として使っていたのね?」
「はいスプーンなども使いますが、箸という二本の棒状のものが、一対になった物を使うのが一般的です」
「ハシ……難しそうね」
彼女から見て、今のわたしは白々しく写っていたらどうしようと、内心ヒヤヒヤものである。
そしてわたしはお手本を見せるように、ゆっくりとお肉を切っていった。
「お料理は基本的に食べやすいように、左側から一口サイズに切り分けるの。一回一回、一口で食べる分だけ切るのよ。お肉はナイフを押すようにすると、切りやすくなるわ」
「な、なるほど……」
エリカは試しに肉の端を一口大にして切り分け、そのままフォークに刺さった部分を口に入れて頬ばった。「美味しい」と素直に味の感想を言うのが可愛らしく感じた。
「お肉は予め全部切ったりはしないようにね」
「あ、昨日までそれをやっていました、マナー違反だったんですね……」
しまったと、言わんばかりの表情を見せる彼女は、感情がそのまま表に出てしまうらしい。
「カトラリーは音を立てないように。それと、スープは奥から手前に掬って飲んでね」
確かイギリス式だと、スープは手前から奥に掬って飲んだりと、逆だった気がする。
その他にもフランス式だと、フォークの腹に乗せて食べるが、イギリス式だとフォークの背に乗せて食べたりと、食事のマナーが真逆の事が多い。
それぞれの国によってマナーも全く違うので、文化の違う国に嫁ぐ姫君達は大変だっただろうと、生前は考えもしなかった事を今更思ってしまう。
まぁ、今となってはどっちがフランス式やらイギリス式やら確かめるすべはない。
この世界には、フランスもイギリスも存在しないのだから。
その後も順調に食べ進め、カトラリーをカチャカチャと音を立てる頻度も、心なしか少なくなってきた気がする。
このまま食事マナーを意識して練習をしていけば、きっと上達する筈だ。
お料理を食べ進めていき、残りは僅かばかりのパンとなり、エリカが私に向けて話しかけてきた。
「そういえば、包丁でもお肉は押して切ります」
「まぁ、エリカさんはお料理をなさるの?」
残りのパンを口に含み、飲み込んでからエリカは返答する。
「はい。この世界に来る昔から、料理は親に仕込まれました」
凄い、自分は一人暮らしなのに仕事とアルバイトと事務所の稽古を言い訳に、料理は不得意なままだった。
ただしレタスを切る速度には自信がある。
前世はひたすら、工場でレタスを切るアルバイトをしていたから。
「そういえば、食事の仕方はダンドリュー家で教わっていないのかしら?」
「実はこっちの世界に来てから、しばらくお城にいたので、今の伯爵家に来たのはつい数日前からなのです。そこでも最低限のマナーを教わり中なのですが、食事のマナーはまだでして」
「そうだったの、今日の事はお節介だったらごめんなさい」
「そんな事ありません!全然マナーが分からなくて困っていたので、とても助かりました!」
「すぐに慣れると思うから頑張ってね、何か困った事があれば、気がるに聞いて下さって構わないから」
「ありがとうございますっ」