演劇サロン③
劇が終わり、演者に拍手を送る。
演劇後は、少し交流会の時間が設けられているらしく、軽いお茶会に移行した。早く帰りたいと思っていたものの、すぐにサロンメンバーや、観劇に集まった令嬢達に捕まってしまった。
こうなるとすぐに会話に花を咲かせたがるのが、貴族という生き物。
観劇好きと知られてしまっているためか、数人の生徒に囲まれると、劇の感想を求められてしまった。
「観劇は昔から好きで、とても楽しませて頂きました。恋をした相手の正体を知ってしまった主人公の怒りや絶望、それでも彼を慕う心。そんな自分の気持ちを、否定しようとする場面など、様々な感情を表現なさっていて、つい感情移入してしまいました」
「ありがとうございますっ」
主役を演じていた令嬢が破顔する。
彼女の演技は発声を鍛えれば、劇的に変わるはず。演技は舞台を見たり、本を読んだりして感性を高めれば上達すると思っている。
発声という基礎の部分の方が、独学だと壁になるに違いない。実に勿体無い。
そのまま先ほどの劇について令嬢達と話していると、その場の一人がふと思い立ったように口を開く。
「セレスティア様は、フレデリック殿下とよく王立劇場に足を運ばれていらっしゃるとお聞き致します。先程の作品の舞台も観に行かれたのですか?」
「えぇ、殿下に誘って頂いて観に行ったのだけど、アンの演技はとても素晴らしかったですわ」
「観劇以外でも、殿下とはよくお出掛けになられるのですか!?」
殿下との観劇は、決まってロイヤル席なので足を運ぶ度に皆に知られてしまう。
しかし話題は演劇関連からすぐに、フレデリック殿下とわたしとの関係について、という方向性へと話が逸れてしまった。
ここにいる人達は演劇が好きで集まっている筈だけど、サロンの目的は社交が含まれているので、
──この胸のモヤモヤはそう、演劇について語り合いたいからではなく、恋バナのような話題の中心に自分が置かれる事への不満からだわ……。
前世で冴えない学生生活を送っていたせいで、未だにロマンスの話題には慣れない。社交界だと同年代は、ほぼこの手の話で持ちきりだというのに。
居たたまれなくて視線を逸らすと、隅で演劇サロンメンバーの数名が熱い議論を交わしていた。舞台を終えての反省会かしら?と自分達の話題に相槌をうちながら、さりげなく議論を交わすメンバーを見やる。
「親子が再開する場面で、お二人の演技が噛み合っていなかったような?」
「それぞれが、やりたい演技をやれば良いのではないかしら」
掛け合いなのに、それぞれがやりたい事だけやってたら駄目だろうと、思わずツッコミを入れたくなってしまった。
相手が自分の思っていた演技とは違う方向性で来た場合、それに自分も合わせるのが掛け合い。
──そう、相手に合わせる……例えアドリブをぶち込まれたとしても、臨機応変に応える……。そういえばフレデリック殿下の中の人、声優さんはアドリブで遊びまくる事で有名だったわね……。殿下は真面目な役だから『エリュシオンの翼』の収録現場では、流石にふざけたアドリブはしてなかったけれど。フレデリック殿下役の声優さんと、別の現場で共演した際、アドリブを盛大に入れて自爆してたけど……。
彼らの演技は誰かと会話する場面ですら独りよがり。
声優の現場なら、音響監督から自分が用意していたキャラクターの方向性とは、別のモノを要求をされる事もある。それをすぐに応えるのが自分達の仕事だった。声の仕事は職人と言っても過言ではないと思っている。
価値観の違う彼らの中にいれば、改めて自分がどれだけ孤独の中にいるのかを、痛感させられてしまった。
もう決して、あの場所に戻る事は出来ないのだと。
それはこれまでの日常では、感じ得なかった孤独感だった。




