声
お父様と侍医がおっしゃるには、わたしは高熱により三日三晩生死の境を彷徨っていたらしい。そしてこれは誰にも話していないのだが、わたしは意識を回復させて以来二つの記憶がある。
「あー……」
やはり間違いない、わたしの声だわ。
セレスティアは以前、わたしが『声を当てた』のだから、わたしの声帯を持っているのは当たり前。
ここは女性向け恋愛シミュレーションゲーム、通称乙女ゲームの「エリュシオンの翼」の世界。
わたしは現在、ゲームに出てくるライバル令嬢セレスティア・フォン・スフォルツィアの身体と記憶を所持している。そして、更にもう一つ──セレスティアとは違う記憶と人格がわたしの中にある。その人物とは、セレスティアの声を担当した声優、いわゆる中の人だ。
といってもわたしが担当したのはアニメの方。この乙女ゲームは、女性キャラクターに声が付くようになったのはアニメからであり、原作ゲームにはヒロインにすら声はなかった。ちなみに攻略キャラクターと呼ばれる、男性キャラには豪華な有名声優が、原作時から起用されていた。
冒頭は主人公でありヒロインのエリカが突如異世界からやって来たことから物語が始まり、この国で生活するための基盤を作るため、学園生活を送る事を余儀なくされる。
そして学園で学びながら、休日は聖女としての能力を開花させていくためのお勤めに励み、舞台となる学園で攻略対象の男性キャラクターと交流を深めていく。恋愛を主とした物語である。
そしてわたしセレスティアは、ヒロインのライバル的立ち位置にある。
過去を遡れば、物心ついた時からのセレスティアの記憶を有しているから間違いなく私はセレスティアなのだろう。
では、もう一つの記憶はどうだろう?
地球という惑星の、日本というオタク文化がたいへん盛んな国に産まれ育った平凡な女子。
二十代半ばまでの記憶はあるものの、二十代後半からの記憶がなく、きっと亡くなってしまったのだろう。
「わたくしはセレスティア」
セレスティアを演じていた時と同じ声とトーンで発してみた。幼い少女でありながら、大人びた声。
ゲーム開始時は十五歳だから、今はまだそれより少し子供らしさを帯びた声となっている。
「わたしはセレスティアなの」
今度は地声に近いメインで使っていた声を出す。マイク乗りの良さには定評があった、典型的なアニメ声。
実はセレスティアは、自分の得意な声質の役ではなかった。
アプリゲームなどの仕事の際は兼ね役も多く、一度に二キャラから四キャラくらい演じる事はざらである。自分は幼女からお姉さん、果ては少年までこなしていた。
クールな美人ライバル令嬢、セレスティアを演じる時は地声よりも低く、落ち着いたお姉さんボイスを求められる。
私の本来の声質、得意分野とは真逆の役である。不得意だろうが、求められた仕事をこなす。それが声優。
ちなみに『エリュシオンの翼』は家庭用据え置き機として発売されていた。
そしてわたしは声優といっても主役など演じた事がなく、全くの無名であり普段は、アルバイトで生計を立てながら生活をしていた。
勿論声優の仕事をしている時は、プロとして誇りを持って真剣に臨んでいた。
その時一番お金になっている仕事が、その人の職業だと誰かが言っていた気がする。
それを考慮すると間違いなくわたしの本業は声優ではなく、アルバイターだった。
しかし売れないアルバイター兼声優から一変、気付けば貴族の子供になっているとは……。
世界の創造主より「お前は一から人生をやり直せ」と言われている気がして、何だか物凄く居た堪れない気持ちになってきたのだった。