夢の中のかくれんぼ
これは私が小学生の頃によく体験した夢の話である。
幼い私は怖い夢を見ると決まって泣きべそをかきながら母のベッドに潜り込んでいたという。
どうしたの、どんな夢を見たの、そう聞かれた私が答えるのはいつも同じ内容。
「逃げても、逃げても、見つかるの」
空にはどんよりと暗い紺色が広がり、曇っているわけではないのに星ひとつ見えない。
すっかり夜になった近所の公園で一人ブランコをゆるく漕ぐ私。
誰か人の気配を感じて視線を上げると、五歩程離れた所に真っ黒な人影がいた。
顔も見えない同じくらいの背格好の黒い人影は、何をするでもなくただそこに立っている。
しばらくすると、ポツポツと同じような黒い人影が増えていく。
五人…十人…と増えていく内にどこからともなく歌が聞こえてくる。
…囲め囲め…かごの中のとりは…いついつ出やる……
二十人…三十人と増えていく間にその歌は声が重なり大きくなっていく。
…よあけのばんに…つるとかめがすべった……
増えていた人影はいつしか全員がこちらを向いているのが分かる。真っ黒な顔が私を見つめる。
靄が晴れるようにその人影の顔が見えるようになると、段々とこちらに近付いてくる。
…うしろのしょうめんだぁれ……
私の周りを覆い囲むその人影はクラスの同級生の顔をしていた。
無表情な同級生は生気のない足取りで私に詰め寄る。
急いでブランコから降りて何とか逃げようともがくと次の瞬間には別の公園にいる。
さっきのアレは何だったのか、そう考えるよりも先に足が動いていた。どこか隠れられる場所がないか探して走り回る。ブランコ以外のどこか、ベンチのある東屋、ジャングルジムの中、走り回って見つけたのは滑り台の下。そこに身を潜める。
息をしている感覚はないのに胸が苦しくなる。
ドクドクと脈打つ胸の痛みが治った──そう思ってホッと胸を撫で下ろした時に感じた人の気配。
また黒い人影が現れた。
これから何が起こるのか知っているような知らないような…昔の白黒映画を眺めている様な感覚。逃げなきゃいけないのにその場から動くことができない。
一人また一人と増えていく黒い人影。増える度に大きくなる歌声。
…囲め囲め…かごの中のとりは…いついつ出やる…よあけのばんに…つるとかめがすべった…うしろのしょうめんだぁれ……
また無表情な同級生に詰め寄られる。襲われる瞬間まで見ていることしかできなかった身体が動くようになって、どうにか逃げようともがくとまた別の公園に一人でいる。
そうしてまた隠れる場所を見つけては黒い人影に見つかり、大勢に襲われるまで逃げることができない悪夢を何度も繰り返す。気付くと目を覚ましていて、冷や汗でパジャマがベッタリと身体に張り付く。
これと全く同じ夢を、私は何度も体験した。
いつ来るかも分からない悪夢の恐怖に怯えながら眠る毎日。いつしか私は兄のベッドに潜り込んで一緒に眠ってもらうようになった。
それでも夢の中で行われるかくれんぼは続いた。悪夢で目が覚める度に母に泣きついていたそうだ。
年を経る毎にその悪夢を見ることは減っていったが、私の中に強く根付く不安はその悪夢から生まれたものだ。
いつだって、どこに逃げたって、見つけられてしまうのだ。
人ならざる彼らから逃れることなど出来はしない。
それはいつも私達のすぐそばにいる。
ほら、後ろを振り返ってご覧?
そう、あなたの周りにも……。