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『絶対に読まないでほしい』


『このノートは俺の人生を綴るだけの、つまらないノートだ。

 だから絶対に読まないでほしい。恥ずかしいからな。

 今になってこういうのを書きたくなったってだけなんだ。



 覚えている限り一番古い記憶は五歳の頃。


 母さんと親父。二人はよく言い争っていた。


 母さんの方が好きだった、俺を叱りつける親父から守ってくれる存在だったから。


 俺がなんか悪いことをすると、親父は俺の頭を軽く殴った。悪いことといっても、オモチャを箱の中に戻し忘れたとかそんなんだったけど。


 最近になってそういうのを虐待だって問題視してるけど、少なくともあの頃はまだ躾って呼ばれてたな。


 もっと酷い家なんかいくらでもあったと思うけど、俺の場合は母さんが守ってくれた。


 親父も俺にストレスをぶつけてるとかじゃなくて、あくまで本人は躾としてやっていたんだろう。


 覚えている限り母さんに手をあげるようなことはなかったし、俺も殴られたせいで怪我をするようなことはなかった。


 でも母さんはそのことで親父とよく言い争っていたんだ。会話の内容は覚えていなくても、母さんが俺を守ろうとしてくれていたことはわかる。


 今で言うところの教育方針ってやつかな。結局のところそれが原因で母さんと親父は離婚することになった。


 今でもよく覚えている母さんの言葉。


 お母さんとお父さんどっちと暮らしたい?


 当時の俺にとってそれは選択肢にすらなってないというか、答えなんて決まってるじゃんって感じなわけで。


 でも、母さんと暮らしたいって答えた時の親父のことは忘れられない。


 きっと親父は親父なりに俺のことを心から愛してくれていたはずだ。


 泣きながら、謝りながら、俺のことを優しく抱きしめてくれたから。


 あの時、みんなで暮らしたいって答えていたらどうなっていたんだろう。


 せめて、もう一度よく話し合ってほしいと答えられていたら。


 でも五歳の俺にそんな頭はなかった。



 母さんの実家がある都会に引っ越してきた。ばぁちゃんが住んでる実家の近くにあるマンション。


 ばぁちゃんは久しぶりに会えたって喜んでいたけど、正直なところ全く記憶になかったよ。


 二歳だか三歳の時のことなんて覚えてない。でも、不思議と懐かしい感じがしたっけ。


 後で母さんから聞いたことだけど、ばぁちゃんの家に住まなかったのは俺のことを考えてのことらしかった。


 いくら祖母とはいえ当時の俺にとってはよく知らない人だし、環境が変わりすぎると戸惑うから、と。


 実際、引っ越してきたばかりの頃は新しい街並みや住んでいるマンション自体にも戸惑っていたような気がする。


 小学校に通うようになってから色んなことがあったような気がするけど、今思い返すと大して覚えてないんだよなぁ。


 特に低学年の時のことは覚えてない。せいぜい授業で芋掘り遠足やピクニックに行ったことくらい。


 後は学校でできた初めての友達数人と公園で毎日のように遊んでいたかな。遅くなると母さんに怒られたっけ。


 母さんは俺を学校へ送り出すと仕事に出かけ、俺が一人で家に居る時間があまりできないように夕方には帰ってきてくれた。


 どうしても帰りが遅くなってしまう時は、ばぁちゃんに連絡してマンションの方に来てもらうって感じだ。


 そして帰ってきた後は家の中でも仕事をしていた。その上家事も全部こなしていたよ。


 学校が休みの日は俺と過ごせるように仕事を調整してくれたし、母さん自身の時間なんて全く持てていなかったように思う。


 本当に、母さんは凄い。


 それなのに俺ときたら、もっと友達と遊んでいたいだの高いオモチャが欲しいだの、今考えるとぶっ飛ばしたくなるようなワガママばかり言ってたな。


 親父と違い、母さんは言葉でダメなことはダメだと伝えてくれた。その上で、時々は俺のワガママを受け入れてくれる。


 厳しいようで、やっぱり甘い。完璧なお母さんだった。



 高学年からのことは結構覚えている。なにせ、初恋を経験したのがその時なんだから。


 少しずつ異性に対して今までと違う感覚を覚えだしていた頃。


 低学年の頃は、女子と遊んでいて体がくっつくようなことがあってもなんとも思わなかった。


 四年生あたりかな。そのくらいから男子女子が互いに明確な距離感みたいなものを作り出していったような気がする。


 特定の女子と仲良くしてる男子がいると男子の間でからかう対象にされたし、女子は女子で噂話やら内緒話をするようになったと思う。


 俺も、女子を見てると変にドキドキしてきたり、時々そういう反応が下半身に出たりした。


 母さんもそんな俺に気づいたんだろうな。時々保健体育の授業みたいなことをしてくれたよ。



 そして五年生。


 何度か同じクラスになったことがある女の子。


 本が好きで、一人で居ることが多くて、落ち着いた雰囲気の子。


 俺はその女の子に恋をした。


 何をもって恋とするのか、そんな複雑なことは今でもよくわからないけれど、それは恋だった。


 その子のことを目で追ってしまう。


 その子が笑うとなんだか嬉しい気持ちになる。


 その子が他の男子と話しているとなんだかモヤモヤする。


 いつからか、そうなっていたんだ。


 誰々と誰々がチューしたらしい、そんなマセた噂を聞くたびにハラハラしたっけな。


 俺はその子に特別何かアクションを起こすようなこともできず、登校中に顔を合わせたら挨拶する程度の付き合いのままでいた。


 接点も友達の友達ってくらいだし、直接遊びに誘えるような感じじゃない。


 というか、当時の男子にとっては特定の女子を遊びに誘うなんてことできなかったんだよ。


 でも俺は満足していたんだ。時々だけど、掃除とかで一緒に作業する時には会話できたから。


 五年生の時に行った修学旅行のことは覚えていないのに、その子と話したテレビ番組のことは覚えている。


 そんな感じで時間は過ぎていった。


 六年生。別れの季節。


 初恋の子とまた同じクラスになれて嬉しかった。


 相変わらずその子との距離は縮まっていなかったけど、それで良かった。


 今思うと、変に近づこうとすることで余計に距離ができるかもしれないから怯えていたんだろうな。


 ちょっと仲良くしてる男女がいるってだけでからかう奴らがいたし、からかわれるのが嫌で仲が悪くなってしまった例を見てきたから。


 っと、初恋の子のことばかり書いてるけど、それ以外のことも覚えてるよ。順調というか、いつも通りだったから書くことがないだけ。


 母さんの仕事は上手くいっていたみたいだし、ばぁちゃんも元気だった。


 母さんの負担を少しでも減らしたくて、四年生ぐらいからは俺でもできる家事を自分から手伝うようになったな。


 学校でも問題なしで、男友達もそれなりにいた。親友と呼べるような奴はいなかったし、勉強はそこそこだったけど。


 とにかく、初恋の子との距離が縮まっていないこと以外は何も問題はなく、特別大きな出来事も起きなかった。


 ただ、小学校最後の修学旅行に十月の始めに行った後。


 男友達の一人から嫌な噂を聞いた。


 アイツ、好きなやついるんだってよ。修学旅行で同じ部屋になった女子に話してたんだって。


 アイツ。そう、初恋の子のことだった。


 それを聞いた日はずっとイライラしていたような気がする。よく覚えてないけど、母さんにも当たってしまったかもしれない。


 当時の俺はまだ恋という自覚すら持ってなかったから、イライラする原因がわからなくて余計にムカついたんだと思う。


 その噂を聞いてから、俺はその子との距離を自分から離してしまった。


 挨拶も向こうからされた時にそっけなく返すだけになり、二人で話せるタイミングがあっても黙ってしまう。


 なんていうのかな。別に俺は告白したわけでもないのに、勝手にフラれたような気分になっていたんだよ。


 我ながら勝手な奴だってことはわかってるけど、ガキだったんだ。



 あっという間に小学生時代最後のクリスマスも終わり、年が明けた。


 進学する中学校のことは夏休み前から決まっていた。


 母さんは受験を含めた選択肢もいくつか用意してくれていたけど、俺は受験する気がなかったから、家から一番近い公立の中学に決めたんだ。


 あの噂を聞いた後の記憶はあんまりない。それだけ俺にとって世界が灰色に見えた時期だったんだろうな。


 そして二月十四日が来た。そう、バレンタインデー。


 とはいっても、俺にとってはなんら特別な日じゃなかった。


 友達と言えるほど遊んだこともないような女子数人から義理チョコを貰うだけの日。


 でも、この年のバレンタインデーだけはそれまでのバレンタインデーとは違う特別な日になったんだ。


 初恋の子に手紙付きのチョコを貰えたから。


 下校する時に階段で呼び止められて、クラスメイトが周りにいない時にサッと渡された。


 お礼を言う暇もなくその子は階段を下りていっちゃって、俺はただただ驚いて、何が何やらって感じだったよ。


 手紙っぽいカードがついていることに気づいて、とにかく早く読みたくて、近くのトイレの個室に駆け込んだなぁ。


 小さなカードの中にはこう書いてあった。


 最近あんまり話せていないけど、前みたいに仲良くしてくれたら嬉しいな。


 いやぁもう可愛いよな!


 今思い返してみても、本当に可愛い。


 今なら携帯でメールするって手段もあるけど、当時はそんなもんなかった。


 いや、電話するだけの大型の携帯電話ならあったかもしれない。まぁ、子どもが持つような携帯はなかったよ。


 その後すぐにトイレを出て、家に帰って何度も手紙を眺めたっけ。もちろんチョコも食べたよ。ハートマーク型じゃなくてちょっぴり残念だった。


 手紙とチョコを貰えたこと自体は凄く嬉しかったけど、同時に苦しくてね。


 噂を聞いてからの自分の態度を思い返すと、その子に合わせる顔がなかったんだよ。


 それに、手紙の内容は告白って感じではなかったし、その子には好きな奴がいるんだろうなって思うとますます辛かった。


 でも、逃げるのはやめた。


 翌日、俺はその子にチョコのお礼をして、ここ最近の態度を謝った。


 なんでそっけない態度を取っていたのか、その理由までは話せなかったけど、彼女は笑顔で許してくれたよ。


 好きな相手のこと以外にも気になっていたことがあったから、ついでに聞いてみたんだ。


 どこの中学行くんだ、って。


 内心、同じ中学かもってちょっと期待してた。


 あの地域から近い中学に通うなら、同じ中学になる可能性は結構高いはずだからな。


 でも、違う中学の名前がその子の口から出てきて、なんとも言えない気持ちになった。


 さて、その後勇気を出した俺はその子に告白する!


 ってのがドラマチックなんだろうけど、そんなことできなかったよ。


 その後は卒業までの短い時間だけど、前みたいに時々会話する仲に戻っただけ。


 結局、その子に告白することもできなかったし、その子が好きな相手のことを知ることもできなかった。


 こうして俺の小学校時代は終わりを迎えた。



 中学時代の思い出は少ない。


 同じ年に入学した生徒の何割かは同じ小学校の奴らだったから、なんか新しい学校生活の始まりって感じがしなかったのはよく覚えてる。


 中学に入って大きく変わったことと言えば、もうクラスメイトは男子と女子ではなくて完全に男と女って感じになったことだ。


 男子はそういう知識を持ってる奴も多くなってきて、どの女子の胸が大きいだとか触ってみたいだとかいう話をする奴が増えた。


 まぁ、俺もそういう感じのバカ話に参加してたけどな。


 女子も一部はそういうことに興味津々といった感じがしたけど、大半の女子はカッコいい男性アイドルや先輩に夢中だった。


 中学生にもなると堂々とカップルとして付き合い出す連中も増えていたが、俺は結局あの子のことを忘れられないままでいた。


 本当、俺の中学時代は暗黒の時代だよ。


 適当に遊ぶ。適当に勉強する。適当に運動する。


 そうしているだけであっという間に中学二年の夏も終わっていたんだから。



 そして、学校の外で大きな出来事があった。


 ばぁちゃんが亡くなったんだ。


 変な感覚だったよ。つい数ヶ月前まで元気だったのに、急に体調が悪くなったと思ったらすぐにだったからさ。


 そして、俺にとって身近な人の死というのはそれが初めての経験だった。


 正直に言うと、知らせを聞いた時はそこまで悲しいって感じはしなかったかな。


 人はいつか死ぬ。老いた人はいつ死ぬかわからない。それ自体は理解していたから。


 ばぁちゃんは六十三歳で亡くなったから老人としては若い方だったけれど、若くして亡くなったとは言えない。


 死んだ人は天国に行く。ぼんやりとそう教えられていた俺はばぁちゃんは天国に行ったんだな、という想いの方が強かったんだよ。


 それでもやっぱり、葬式では涙が出た。もう話せないんだなって思うと、自然と涙が出たんだ。


 そして、母さんが泣いていた。シクシクと、いつまでも泣いていた。


 いつだって強くて、逞しくて、女手一つで俺を育ててくれて。


 そんな強い母さんが泣いている姿が信じられなくて、ショックで、俺もまた泣いた。


 俺が知らないだけで、母さんとばぁちゃんの人生にも様々な出来事があったんだろう。


 息子の俺にも言えないような、強い想いが沢山あるんだろう。


 もっと、ばぁちゃんと話してみたかった。


 俺の知らない母さんのことを、聞いてみたかった。


 なんで、いつもこうなんだろうな。


 人は、手遅れになってから色んなことに気づくんだ。


 それでも、生きていかなきゃいけない。


 愛する家族が亡くなっても、残された家族は幸せに生きていくんだ。


 わかってくれるよな?



 中学三年。選択する時。


 ばぁちゃんが亡くなってからしばらくの間は母さんのことが心配だったけれど、一ヶ月もしない内にいつもの母さんに戻っていた。


 ちなみに、この頃にはもうマンションからばぁちゃんが住んでいた実家へと引っ越し済。


 母さんは実家を処分してもいいと考えていたみたいだけど、俺が住みたいって頼んだんだ。


 家を処分するのは、ばぁちゃんが生きていた証が消えてしまうようで嫌だったんだと思う。


 また、俺のワガママを聞いてもらったってわけ。


 そして中学三年にもなれば、当然進学の悩みがつきまとう。


 そんな風に悩む前、母さんにはこう言われていた。


 今回は最初から自分でよく考えて決めてみなさい。費用のことは気にしなくていいから、後悔だけはしないようにね。迷った時は母さんに相談すること。


 特にやりたいものもなく、目指している職業があるわけでもない。そんな俺には難しすぎる問題だった。


 でも、いつまでも悩んでいるわけにはいかない。


 夏になってしまったらもう間に合わなくなるかもしれない、そう思って俺は母さんの助言通り、相談することにした。


 これといった目標もないからどうしていいかわからないって。


 そうしたら母さんがこう言ってくれたんだ。


 だったら、現実的に目指せる範囲の中で一番いい高校を目標にしなさい。将来目標ができた時、いい学校にいた方が目標に向かう為の道筋を増やせる可能性が高いから。


 凄く納得がいったよ。


 頭ごなしに勉強しろと押し付けるわけでもなく、ただ成り行きに任せるでもない。


 今でも俺にとって母さんは理想の親だ。


 それからは学校の先生にも相談しながら自分なりに努力した。


 結果、一番の目標にしていた第一志望校には受からなかったけど、努力しなかったら確実に受からなかったであろう第二志望校には受かった。


 母さんは涙を流して喜んでくれた。俺も嬉しかったなぁ。


 青春という意味ではあまり輝かしい中学時代とは言えないけれど、沢山のことを学べた中学時代だったな。



 高校入学。そして、再会。


 そう、まさか。本当にまさかって感じなんだけど、再会したんだよ。


 初恋のあの子に!


 同じ高校のクラスメイトとして、再会したんだ。


 彼女もすぐに気づいたって言っていたけれど、絶対に俺の方が先に気づいたね。


 彼女は凄く大人びていて、綺麗だった。


 元々落ち着いた雰囲気だったけれど、より魅力的というか。


 また、あの頃のドキドキが俺の中に戻ってくる感覚がした。


 とはいえ、所詮は小学生の時の片想い。しかも想いを伝えたわけでもなんでもない。


 特別な何かなんて、期待しちゃいなかった。


 あの頃みたいに、挨拶を交わして時々会話をする。そのくらいの関係でいい。


 そんな風に考えていたら、彼女の方からこう話しかけてくれたんだよ。


 話せる人があまりいなくて。高校でもあの頃みたいに話し相手になってくれたら嬉しい。


 そう言われた時は驚きと嬉しさを隠しきれなかったね。


 小学生の時は積極的じゃないというか、自分から話しかけるタイプではない子だった。


 でも、高校で再会した彼女はそれからも積極的に話しかけてきてくれた。


 一緒に登校するだとか、一緒に帰るだとか、そういうのじゃないけど、学校にいる間はよく話すようになってさ。


 そして、一度目の夏休みに入る直前。彼女が夏休み中どこかに遊びに行こうと誘ってくれた。


 それ自体はめちゃくちゃ嬉しかったけど、なんか彼女が変わりすぎていて、ちょっと嫌な想像をしちゃったんだよな。


 元カレの影響なのかな、みたいなさ。


 わかってる、女々しいって言いたいんだろ?


 当時の俺だって女々しいなってことくらいわかってたよ。


 でも、それでもそういうことを考えて勝手にヘコむ。そういう思春期男子は結構いるんだって。


 そう考えだすと、彼女が大人びているのもそういうことなのかなって。悪い方悪い方へと思考が巡るんだよ。


 小学生の頃は彼女のどこがどう好きだったのかを言葉にする力はなかったけれど、この頃には気づいてたんだ。


 どこか控えめで。時々見せる笑顔が大人っぽくて。静かに読書する姿が似合っていて。大人っぽいのに話してる時は子どもっぽくもあって。


 他にもあるけれど、そういうところが好きだった。


 ま、ぐちゃぐちゃと考えていても嬉しいものは嬉しいわけで。


 夏といえばやっぱり花火かなと思って、花火大会にしようってことになったんだ。


 遊ぶ約束をした日、家に帰ってもニヤけてたみたいでさ、母さんにからかわれたのをよく覚えてる。


 

 花火大会当日。


 待ち合わせ場所に来た彼女を見た時、言葉にできないくらい心臓がうるさかったなぁ。


 綺麗な浴衣。でもそれ以上に綺麗な彼女に、目も心も奪われたよ。


 俺はもう緊張しちゃって。小学生時代の彼女よりも無口になってさ。


 彼女は気を使って色々話しかけてくれてるのに、俺は相槌打つのに必死よ。


 情けないやらなにやら。


 同時に、本当に彼女は変わったなぁとも思っていたんだ。


 よく喋って。笑顔で。


 それがとても嬉しくて、どこか寂しくて。


 花火がよく見える位置に移動して座っていたんだけど、俺はどこか心ここにあらずって感じだった。


 そして花火が打ち上がる少し前、俺の心は彼女に引き戻された。


 一生忘れられない、告白の言葉で。


 あのね。今から言うことよく聞いててね。言い終わるまで黙ってること!


 彼女はそう言うと、一気に話し始めた。


 私の初恋は小学生の時。

 その人はね、根暗な私のこと気遣ってくれて、いつも挨拶してくれて、優しくて。

 特別な人だった。

 六年生の時に行った修学旅行で同じ部屋になった子達が、好きな人の話してて。

 私、好きな人はいるけど名前は言えないって言ったの。

 そしたら、変な噂になっちゃってたみたいで。

 その頃からその人が冷たい感じになっちゃって。

 凄く、辛くて。

 態度が変わっちゃったってことは、名前出してないのにその人にバレちゃったのかなってさ。

 それで、根暗な私に好かれてるのが気持ち悪くなったのかなって。

 でも、私はその人がそんな人じゃないって信じたかったから、バレンタインデーにメッセージを送ったの。

 もしかしたらもっと違う理由があるかもしれないし。

 そしたら次の日にその人はお礼してくれて、謝ってくれて。

 結局理由はわからなかったけど、今まで通りに戻ったのが凄く嬉しかった。

 でも、違う中学校に進学するってわかって寂しかった。

 結局その人には想いを伝えることもできなくて。それは私が消極的なせいで。

 中学でも積極的になれないせいで友達もあまりできなかった。

 だから高校では変わりたくて、高校に入ったらもっと積極的になろうって決めたの。

 もしまた恋をすることがあったら、今度こそ想いを伝える為に。

 そしたら、その人に高校で再会したの!

 本当にまさかって感じだけど、再会したんだよ。

 凄く男の子らしくなってたけど、私はすぐにその人だって気づいた。

 そしてまた、あの頃のドキドキが私の中に戻ってくる感覚がしたの。

 でも、所詮は小学生の時の片想い。しかも想いを伝えたわけでもなんでもない。

 特別な何かなんて、期待してなかった。

 あの頃みたいに、挨拶を交わして時々会話をする。そのくらいの関係でいい。

 前までの私ならそんな風に考えちゃったかもしれない。

 でも私は変わるって決めたから。

 勇気を出して声をかけてみたら、その人はあの頃と同じで、優しくて。

 だから私は初恋の人に、あなたに、また恋をした。

 私はあなたのことが大好きです。

 もしよければ、付き合ってください!

 

 花火が、打ち上がった。

 

 さっきは一生忘れられない告白なんて言ったけど、流石に長過ぎてところどころ忘れちゃったから彼女に聞いて加筆してるんだけどな。


 それにしても、ここまで情熱的だったっけ。なんて。流石に恥ずかしいから少しくらい茶化してもいいだろ。


 まぁ、本人がこう言っているんだからそうだったはずだ。彼女は記憶力がいいし、八年前の言葉くらい完璧に覚えているんだろう。


 仮に細かいところが違っていたとしても、当時の俺達が抱いた想いは本物なのだから関係ない。


 そして俺も、良い意味で変わった彼女に。俺よりもずっと勇気があって賢い初恋の人にまた恋をしたんだ。



 それからの高校生活は、彼女との思い出ばかりだ。


 付き合ってることをクラスメイトにからかわれて。


 四度目のデートで初めてキスをして。


 高校を卒業するまで責任を取れない行為はしないと誓って。


 母さんを支える為にバイトを始めたら、彼女がバイト先の女の子に嫉妬して。


 俺も彼女が所属している文芸部にいる男子に嫉妬して。


 ちょっとしたことで喧嘩して、すぐに仲直りして。


 本当に、幸せだったな。あの頃は。


 あれからしばらくは幸せだったんだ。


 全てが満たされていたのに。













 この先を書くのが嫌だ。

 もう書きたくない。

 さっきから涙が止まらない。

 なんで?

 なんで死んでしまったんだ母さん。

 何も返せてないのに。

 これからなのに。

 なんでだよ。

 なんで!

 わかってるさ。

 俺の為にずっと働いてきたからだ。

 俺がバイトを始めても母さんは働くのをやめなかった。

 俺の大学資金や結婚資金を貯めるだけじゃなく、もっと残す為にとずっと働いたからだ。

 そんなのいいって言ったのに。

 俺のことはいいから自分の為に生きてくれって言ったのに。

 俺が幸せに生きていってくれればそれで満足だと言い残して逝ってしまった母さん。


 せめてそれだけでも叶えたかった。

 何も返せないなら最期に交わした約束だけは守りたかったのに。

 今度は俺だ。

 わけのわからない難病のせいで死ぬ。

 大学でやりたいことを見つけたのに。

 その道の仕事に就けたのに。

 奇跡でも起きない限り助からないだろうと。

 治療を試すことはできるが効果は期待できないと。

 そのくせ何もしなければ子どもが生まれてくる前に死ぬ。

 君と子どもを残して死ぬ。

 わかってるさ。

 世の中には不条理な死がいっぱいあるって。

 俺よりも若くして死んでしまう人だって大勢いるって。

 でもなんで俺なんだ。

 なんで今なんだ。


 ごめん。

 ごめんよ。

 わかっていたよ。絶対に読まないでほしいと書かれたノートを君が見つければ読んでしまうことくらい。

 こんなはずじゃなかったんだ。

 こんな情けない俺の感情を吐き出すつもりじゃなかった。

 もっと明るくて前向きな話をしたかった。

 俺が死んだ後も君とお腹の子が前向きに生きていけるような話をしたかった。

 俺は君と出逢えてこんなにも幸せだったんだよと。

 だからもう十分生きたんだよと。

 満足のいく人生だったんだと。

 だから俺のことはいつか忘れて頼れる男性を見つけてほしいと。

 二人が幸せに生きていってくれればそれだけで満足だからと。

 でも無理だ。

 俺は母さん程強くない。

 死にたくない!

 いやだ!

 君と一緒にいたい。

 君と一緒に子どもを迎えたい。

 その子を一緒に育てていきたい。

 母さんが俺にしてくれたようにその子を愛したい。

 その子がどんな初恋をするのか見守りたい。

 その子が幸せになるよう力を尽くしたい。

 三人で幸せになりたいんだ。

 なりたかった。

 ごめん。

 いつまでも愛してる』













 私は読み終えたノートを手に持ち、愛おしい初恋の人が居るリビングへと戻った。


「あなたー!随分と懐かしいものが――」

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

最後の部分がどういうことなのか、あえて説明する必要もないですよね。

今朝、変な夢を見たんです。

その夢のことを考えてたら脳内に文章が浮かんだので、ババッと書いてしまいました。

これからは様々な作品を書いていく予定です。

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