表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

Act. 07(飽きちゃった)


 鼻歌。

 焼けた空気。


 暖炉の前、

 心地よい響きミュージック・オブ・ハート


 影になった彼女の背中

 身体を折り曲げ、

 前屈み

(白いシャツに背骨のうね)


 ぼくは狼。

 彼女(エルザ)は雌ライオン。


 すっかり骨抜き(ボーン・フリー)


 足に捲かれた包帯。

 長いソファに寝かされて。

 つま先がない。


 足首が見つからない。

 痛みを感じる場所がない。


(ペイン・ペイン・シャンペ(イ)ン)

(はじける激痛)


 見えない傷の(幻覚/ファントム)

 痛みの(幻肢/ファントム)

 汗と熱と、


幽霊(ファントム)


 見えない(ファントム・)傷が(オブ)歌い上げる(・ジ・オペラ)

(痛みと痛み)


 部屋の中に血と軟膏のにおい。

 消毒薬のにおい。

(エタノール)

 ペディキュア。


「できた」


 指と指の間にまるめたクリネックス。

 踵だけのよちよち歩き。

「気分は?」


(うん、いいよ)汗。

(ありがとう)熱。


「よかった」

 肘掛けに座って、足を伸ばして。


 つま先。

 吸い込まれそうな黒曜石の爪。

 キラキラと、

 輝いて。


「どう?」

(きれいだよ)


 闇色の爪、

 金の粉が散っている(夜空)


 まるで(星夜)


 ありがとう。


(きみを乗せて街を走った)

(星空の下を駆け抜けた)


 遠い

 むかしむかしの

 おとぎ話。


(ここはどこ?)

「さあ」彼女は肩をすくめる。「紹介された」


(誰から?)


「医者から」


 ぼくの処置をしてくれた、

(モグリ)の医者。


「好きなだけ使っていいって」


(大盤振る舞い)


変なヒト/お医者さんドクター・ストレンジラヴ


(寝ている間に交わされた)

(知らない密約/嫉妬(アマデウス)


 ぼくは、きみにとっての、何?


(どうしたの、わたしの狼さん?)


 きみは、どうしてこんなことを。


(痛むのね? 錠剤を貰っているわ)


 違うんだ。どうしてきみなんだ?


(あなたは何を知りたいの?)


 きみの、気持ち。


(呆れた!)


(吸血鬼、天を仰ぐ)


(分かってると思っていたのに!)


 言葉にしてくれないか。


(それはしない)


 どうして?


(どう答えても、嘘に聞こえる)


 嘘をついているの?


(衷心は言葉にならない)


 ──試して。


(嫌よ)


(だから、信じて)


 ──分かった。


(彼女、ベッドのそばにしゃがむ)

(優しく頭を撫でる)


 分かって。


(ぼくの気分は、うっとりとする)

(指が耳を、頬を、首を滑る)

(肩を撫で、腕に触れて、手を握る)


(思いのほか、力強い)


 きみを信じる。

 きみを信じるぼくの気持ちを、信じる。


(いい子)

(彼女、笑う)

(かわいい、わたしの狼さん)


(聞いて)


 何もかも映画みたいに始まるわけじゃない。

(フィルムは切り張り(メメント)の世界)

 わたしは偶然で不確定の存在。

(だから確定を羨む/望む)

 羨望する。

(ここで息をしている)

 あなたはここにいる。

(確かな存在)

 触れられる。


 ──これで満足?


 うん。

 ぼくは満ち足りる。

 ──ありがとう。


 お薬、いる?


 うん。いや、いい。


(我慢しないでいいのよ)


(きみに撫でられているほうがいい)


(きみに触れられている/きみを感じられる)


(きみがいる)


(甘えん坊さん)


 ぼくは/弱い/狼。

 涙、

 湧き上がる。


(狼さん、狼さん。そんな大きな身体で、どうしたの?)


 ──分からない。


 彼女が顔を寄せてくる。

 ぼくは目を閉じるアイズ・ワイド・シャット

 彼女は唇に涙を移す。


(何も怖れることはない)

(あなたは、ここにいる)

(わたしの、かわいい狼さん)


 きみの足を触らせて。

 無くしたぼくの代わりに。


(頬を彼女の息がくすぐった)


 ──お望みのままにワットエバー・ユー・ディザイヤ


 彼女はぼくの手を取って、

 自分の足に導いた。


 ぼくの(ため息)。


(狼さん、これで満足?)

(もっと・もっと・ずっと)

(大きく望んでいいのよ?)


 ──きみの望みは?


 先を譲るわ。

 わたしの親切、

 受け取りなさい。


 ──きみの好きにされたい。


 それからしばらく、彼女はぼくを(やさしく)撫でた。


 滑る指の感触。

 彼女の息。彼女のにおい。

 肺を膨らませて。目一杯、深く吸う。


 胸の奥で痛みがはじける。


(彼女の手が離れる)

 ぼくは目を開ける。


(熱が出てる)


 彼女が立ち上がる。


(どこにも)いかないで。


 どこにも(いかないわ)


 ぼくは訊ねる。

(これからどうする?)


「どうしたい?」


 身体を曲げて(ぼくの)顔をのぞき込む。


 赤い瞳がぼくを捕らえる。


「わたしたちは追われている」


 ──そうだね。


 長くはない。


 ──そうだろうね。


 でも、

 抗うことができる。


 ──きみは、それを望む?


(彼女、微笑む)

 わたし、飽きちゃった。


 つまり?


 何もかも。


 ぼくにも?


 いてくれたら、それでいい。


(礼儀とか格式とか)

 狼とか鬼とか。


(自尊とか羞恥とか)

 いいじゃないの。


(男と女とか)

 無駄よ。


 ──逃げても意味ないわ。


 だから、


(どうしたい?)


「この足では、足手まといになる」


 つまり、

(ふたりでいる限り)

 ぼくたちに明日はないボニー・アンド・クライド


 彼女は笑った。

 嘲笑した。

「理由にならない」


 彼女は鼻と鼻をこすり合わせた。

(どうしたい?)


(きみは?)


(質問で返さないで)


(ぼくの足先は?)


(頂いたよ。お蔭で三日も下痢をした)


 菜食主義が無茶をなさる。


(食べたのかい)


(いけなかった?)


「いいよ」ぼくは微笑む。「どうせ使い物にならない」


 ルール違反は(牢獄から)二度と外に出されない。


(彼女が食べてくれた)


 ぼくの足。

 胸が震える(歓喜)。


「間に合わなかった」

 彼女は泣いていた。

「もっと早くすれば良かった」


 いいんだ。

 ぼくは手を彼女の髪に絡ませた。


 いいんだ、気にしてない。


(彼女の黒髪)

 絹のような手触り。

 するすると指の間からこぼれていく。


 長くはないんだろう?


 彼女は答えなかった。


 いいんだ。

 だから今だけは、

 そばにいてくれないか。


 このまま

 ずっと


 時の過ぎゆくまにまにアズ・タイム・ゴーズ・バイ


 そばにいて。


「もちろん」


 彼女は注射器を手に取って

(アンプル)

 ゴムで縛って

(カクテル)

 肌を叩いて血管を探り、

(たっぷりと)

 肘の内に針を刺す。


(ずっとそばにいてくれる?)


「ずっとそばにいるよ」


(ほどかれる包帯)

(ただれた傷口)


 薬液が廻る。世界も廻る。


 何度も・(ジャーニー・)何度も(トゥ・)・何度でも(ザ・パスト)


 彼女を中心として。


追憶の連鎖(メモリーズ)


 だからこれは、終わりない恋(エンドレス・ラブ)


 傷に牙が深く埋まる。

 彼女は(毒の混じった)血を啜る。


   了


 10-22, 95

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ