Act. 06(簡単な問題)
かちゃかちゃと、
はねる(プラスチック)
こすれる(金属)。
知らない女の人の声がする。
頭上でふたりがやりあってる。
ぼくのことで。
(これが精いっぱいってところだな)
(見捨てるの?)
(そんなことはない)
(が、)
(道理ってものがある)
(チクリと一刺し、それで楽になる)
(なぜしない?)
(君ならできるだろうに)
(それとも、わたしにやれと?)
(こんな事のために、わたしは寝床から引っ張り出されたのか?)
──化け物相手の〝地下〟診療所でしょう?
(深夜特急で高くつく)
払うわ。全額。
希望通りの額を。
(沈黙)
誰の紹介か知りたくもないな。
ペテンだったら、分かっているか?
──わたしはバケモノを畏れない人間だぞ?
(沈黙)
(そもそもウチは安くない)
(やさしくもない)
(事後補償もない)
君らは他に行くべきところがあるんじゃないか?(傍点)
(……)
(聞き分けの悪い、厄介な付き添いだ)
首を(殆ど)棺桶に突っ込んでやがる。
(死者も勘定、患者に再利用)
(おっと失礼)
──それでも。
どうする?
治療と云う名の(いたずら)を?
今、出来るのは、
この狼くんの生命の質とやらを(Q.o.L.)
少しばかり上げて(↑)やろうってこと。
わたしの領分は、そこまでだ。
(残りは墓掘りの仕事)
分かってる? 鬼のお嬢さん。
(沈黙)
(期待はするな。ちょっと時間を足してやるだけ)
(それで満足か/それを望むか)
(……)
(聞こえないな?)
(……おねがい、します)
(最善は尽くそう)
(助けて)
(切って焼灼する)
(ひどい)
(しっかり押さえてろ!)
(してるわ!)
(手間をとらせるな!)
(命令しないで!)
(仕事をさせたいのか/見殺したいのか)
(どうなんだ、鬼のお嬢さん)
──お医者さまは、あなたよ。
(そうだ)
女医、笑う。
(さっさと水の交換をしてきな)
(湯を沸かせ)
(道具を取ってこい)
(鬼のくせに動きが鈍い)
(無能か!)
(泣くなら余所でやれ)
(居るなら邪魔はするな)
(とっとと動け)
……。
(わたし、あなたのこと、嫌い)
(構わんよ。慣れている)
(云われた通り/きりきり働け)
(そうすれば)
(わたしは早く帰れる)
(そっちは早く追い出せる)
……。
(そうだ)
(いい子だ)
──ふたりとも、いい子だ。
……。
(張りつめた沈黙)
暝い・冷たい
愁思/落莫、
寂寥感。
(無言の非難)
もう大丈夫だろう。
安心していい。
──狼の体力なら、期待はできる。
別れを交わす時間くらいは、
(この腕に賭けて)
約束するよ。
(これでも腕には自信あり)
まあ、それでも。
やっぱり最後は、
君の看病の熱意次第、
だろうけれども?
(約束よ)
(出ていって)
(もちろんだ、云われなくても)
(これを四時間おきに)
(この子の体重なら、)
(一度に三錠まで)
(欲しがっても、心を鬼にしろ)
──もうなってる。
(そうだ)
医者、笑う。
(いい子だ)
(ところで、ひとつ訊いていいかな?)
(もう終わったでしょう? 帰って)
こんなことをしでかして、
(しあわせのうちに)
良心の呵責に苛まれることは?
(殺してやれ)
──お医者さん。あなたと同じよ(傍点)。
(そうだね)
医者、笑う。
(気に入った)
(最後に)
(これをサーヴィス)
(沈痛のアンプル)
(最高のカクテル)
鎮痛にも。鈍痛でも激痛にも。
(融通できるのは)
(一本きり)
(悪いね)
(いらない!)
(毒にはなるが、邪魔になるまい)
(保険だ)
──持っておけ。
後悔なら済ませたろう?
これから先は(あるとして)憐憫のとき。
きっと、入り用になる。
とっておけ(傍点)。
(お医者さまの云い付けってことね)
分かってるじゃないか。
(医者、笑う)
いい子だ。
彼のため。
君のため。
簡単な問題。
(ちょっとばかりの過剰はおまけ)
ひとつを上手く
使うといい。
──そして〝モグリ〟は出ていった。
それきりよ。
一度も顔を出さなかった(結構)。
(治療費は? 支払いは?)
「大丈夫」彼女は(ぼくの)額に手を当て、「気にすることでないよ」
でも、そんなこと、あるんだ。
「請求書は(協会)と(委員会)に届けられる」
「鬼の羞恥心と狼の自尊心を突いてやる」
(そんなこと、危険だ)
「彼らは払う」
(どうだろう)
「心の傷と、身体の痛み」
髪をかき上げ、彼女は屈んで
耳元で、
「彼らに代価を支払わせる」
彼女は毅然と云い放つ。
だから、「心配しないでいい」
口に錠剤。コップの水。
(そうだね)
まだぼくは、夢うつつ。
(そのとおりだ)
「意趣返し、痛快」
まったく。
彼女は鬼の娘。頑固者。
(兎に角、いまは、)
(おやすみなさい)
ぼくは(目を閉じ)、闇に浸かる。