Act. 05(怒れる美女)
(彼女に至ってはそんなことはない)
(彼女は真っすぐで(わがままで)、純粋だ)
ぼくは彼女を信じる。
こんな鉄格子を挟んで知り合ったあなたよりも、
ずっと/ずっと/もっと。
博士。あなたは彼女の何を知っているんですか。
(あの肌、あの髪、あの瞳)
彼女のいったい何を知っていると云うのです?
(すねた顔と、笑い声)
それを演技と云うのなら。
ぼくは彼女の舞台に踊る。
(博士、呆れ顔)
(何を云っているのかね、君は)
絡む手足の(冷たい)ぬくもり。
(耳にかかる彼女の吐息)
彼女の何を知っているのか。
──君こそ、何を知っていると云うのか。
相手は鬼だ。知らなかった?
相手は鬼だ。何度でも/その頭に/叩き込む。
相手は鬼だ!
違う、そうじゃない。そんなんじゃないんだ。
博士。
そのファイルは、たぶん白紙の束だ。
虚仮威しの、小道具だ。
──何だと?
彼女は食事が下手なんだ。
(いつも口の周りを汚している)
良家? 名門? いいところの子?
(自由気ままで)
年上風をすぐに吹かせる。
(それこそ空威張り)
とてもそんな風には。
(開けっ広げで、飾りのない)
──少し意地の悪い(やさしい)鬼。
鬼面、人を驚かす?
(見れば分かる)
いいところのお嬢さんは、
夜中に爪を切ったりしない。
いいところのお嬢さんは、
ペディキュアが剥がれるようなことはしない。
いいところのお嬢さんなら──。
──なんだと云うのかね?
博士。あなたたちの目は、節穴だ。
君は、自分が、何を、云っているのか。
──分かっているのか?
嘘じゃない。ほんとうだ。
(会えば分かる)
すてきだよ、彼女は。
会えば分かる。見れば分かる。
あの肌、あの髪、あの瞳。
あの足。
話せばもっと分かる。
ぼくは、遊ばれた?
あなたは
ぼくが遊ばれた
そう云いたいのか?
どうしてぼくなんだ?
(博士、大仰なため息)
──ほんの(巫山戯た・悪趣味な)息抜きだったのだろう。
だろう・聞いた・だろう。
(推測じゃないか)
彼女に訊ねてくれ。
きっと分かってくれる。
(答えは簡単だ)
そうだ。
彼女はどこに?
会いたい。
──正気か? いや、正気にほど遠い。
一言もないなんて、ひどいじゃないか。
それこそ正気じゃない。
あなたも思わないんですか。
その肩書きは伊達ですか。
──君を(救うこと)出すことは、難しいようだ。
委員会は、明後日には決定を下すだろう。
(ぼくと彼女の勝ち目は?)
(博士、小さなため息)
君の勝ち目なら。
そう、
わたしだったら、期待はしない。
(爪を剥がし、牙を抜き、鼻を削ぐ?)
(博士、ため息)
──今時分、そんな野蛮な真似をするかね。
蛮人でもあるまいに。
少しは外に出て、世間を知ろうとすべきだ。
(彼らは?)
これは我々の問題だ。
彼らは一切関係ない。
博士の首が飛び跳ねた。
血が噴き出した。
返り血の中に立っていた。
赤く黒く染まった彼女が。
立っていた。
大きく口を開けて(銀に輝く牙をさらして)
(栓を抜かれた)首から噴き出す血を
全身に浴びて
(怒れるビューティー)
(眠りから覚め)
彼女は姿を大きくした。
(行こう)
鉄格子をぐいと広げて
鎖を引きちぎり、
足枷を爪で割って、
片手でぼくを担ぎ上げる。
(かわいそうに)
べとべとの血と血で
濡れそぼった石畳。
(ほら、鬼さん怒った)
意識が地の底に沈んでいく。
落下する。
どこまでも・どこまでも。
──不明瞭。
寝かせられた頭上で、諍いを聞く。
彼女と、知らない女性の声。
(あなた、医者でしょう!)
(そうらしいね。〝ヤブ〟とか〝モグリ〟って呼ばれてる)
(頼る相手を間違ってるよ、鬼のお嬢さん)
(急患は取らない。真夜中は特に)
(わたしはね、眠いんだ)
大欠伸。暢気な医者。
──もう、あなたしかいない。
苦しげな彼女の声。
(いいんだ、無理をしないでくれ)
──おすすめできないね。
これ、長くないよ。処置しても、焼け石に水。
(つまり、死者を歩かせるようなもの)
おっと、失礼。
(……)
──高くつくぞ。
(……)
──時間をカネで買うか? 鬼のお嬢さん。
(払えるわ)
──ホウ?
(わたしは鬼で、彼は狼よ)
──ふふん。成程。
〝協会〟と〝委員会〟を相手に張るか。
彼女が唸った。
(ぼくのために無茶をしないでくれ)
この子にしてみれば、
静かに寝かしておいたほうが
しあわせかもだ。
いずれにしても、
長くはない。
(やって。彼を呼び戻して)
毅然と答える彼女に、
──いいだろう。
女医が承諾した。