Act. 04(罠)
爪で引っかく鬼。
歯を立てる狼。
どこまでも、
いびつで異質なきみとぼく。
互いに貪る想いと想いは、
過去と未来を行きつ戻りつ
ぼくたちは(粗野で野卑な)
(禁忌)
互いに溺れる。
(その冒険は)
(奇妙きてれつ)
(秘密の函を)
(解き放つ)
今だけ(特別)と、
先のことは知らんぷり(頬っかむり)。
終の催促、
(終着点)
彼女はぷつりと姿を消した。
女王が彼女を捕らえたと、使者が送られる。
ぼくは石牢の中で(繋がれ)
鞭と言葉の罰を受ける。
──相容れられない存在なのだよ。
博士は紳士で、銀の(毛並み)髭。
体格の良い、(小さな丸い)眼鏡をかけた委員会の重鎮。
ナンとかカンとか委員会。
人狼たちの委員会。
──ここでの会話は外に出ない。
そうでしょうね。
──胸襟を開いて。
何もかも。全部、何もかも。
(そうですね)
重い鉄の足枷で、足首の皮がめくれる。
じくじくの傷が治らない。
肉の腐るにおい。
ひどい、におい。
鉄は身体を蝕む。
錆が治癒を許さない。
完全な魔術の秘術。
太い足枷と短い鎖(特殊鋼)
それでも、ドクター。
彼女が必要なんだ。
博士は首を横に振る。
(暗黙の了解)
(彼らとの取り決めだ)
つまり、
(協定)
そういう取り決めなのだ。
(博士、分厚いファイルを取り出す)
あの娘は、有力者の(お気に入り)一人だ。
良家の、名門の、一族の、娘、だ。
中央から見れば遠縁かもしれん。
殆ど関係ないかもしれん。
しかし鬼の習性から見れば。
それでもやはり
普通でない。
(身分違いも甚だしい)
──どこで知り合った?
君のような──、
君の、ような──……、
野良と?
(博士、苦々しく)
どこにも属していないような──、
野良ですよ、博士。
(はぐれ者)
群れる狼と(勝手な鬼と)
(はみ出し者)
いったい、どちらが誠実なのだろう?
それで?
どこ(団体)にも属していない君と、どうして知り合った?
(一匹狼に干渉ですか)
(爪弾きにしたのは、委員会の方なのに)
それでも君は同胞だ。
──ずうっと無視をしていたのに?
ぼくは、何だ?
あなたたち(委員会)は、
ぼくを、どうしたい/するつもりですか。
(ぼくのことを知らない?)
一族は処刑された。
あなたたち(同胞)に。
盗みは、あなたたちにとって、
とても許されない。
子供だったぼくは(境界から)ほっぽり出された。
(殺さなかったんじゃない。殺せなかったんだ)
ぼくは、ずうっと、ひとりだった。
子供だけが集められた小さな救済院。
ヒトも、鬼も、狼も、半チクも。
なんでもいた。
小さな施設にぎゅうぎゅうだった。
動物みたいに扱われたよ。
毎日そうだった。
(実際、悪童は野生と違いない)
ひとりだけやさしい(女の)先生がいた。
絵の先生だった。倉庫で死んだ。
梁からぶら下がっていた。
ぼくが見つけた。人形だと思った。
案山子が吊るされてた。
ぼくは救済院から出された。
委員会の決定だった。
冤罪だった。一族の名誉は回復された。
だからぼくがそこにいる理由はない。
ぼくはまた放り出された。
勘違いしないで欲しい。
ぼくは自分を哀れんじゃいない。
さほど悪い生活じゃない。
委員会は毎月、お金を振り込んでくれる。
家賃の肩代わりをしてくれる。
なんのために?
贖罪? 罪悪感?
今に至るまで、
あなたたちは(何一つ)
間違いを認めちゃいない。
ぼくは別に恨んじゃいない。
委員会も、狼も。
興味ないんだ。
(博士、ため息)
──君は、(委員会の)申し出を断っていない。
どうやって食べていけるのか。
感謝の一欠片もないのはどうなのだろうね。
断る理由があるんですか。
それすらも億劫なんです。
断っても、断っても、
──狼は、その(誇り高い)理由で、
ぼくが断わることを、断わる。
(堅実な規律と、堅牢な精神)
──そうですよね? 博士。
(博士、ため息)
委員会のみならず、先方(協会)も、面倒は望まないことで一致している。
(何も鬼を怒らせることもない)
共存のための知恵だ。
(特に面倒が起る)
こうならないよう、互いに(愚者耐性)注意していた。
どうして、あの娘と関係を?
君のような(ちょっときれいな)男の子なんて、
見飽きてるだろうに。
ぼくは、褒めてもらったのでしょうか。
そう思ったのなら、答えてくれないか?
どうして/君と/あの娘/なのか。
道で倒れていたのを助けただけです。
それが解せない。
(罠に掛かったケモノ同然)
問題を起すのは決まって鬼だ。
──違うかね?
アイスクリームを奢ってあげた。
(彼女の主義は自由自在)
おいしそう・楽しげに、食べていたよ。
(口の周りを汚して)
最後まで。全部。
(溶けたクリーム/手をベトベトにして)
お礼を云われた・喜んでいた。
ふっ!
そんなもの!
懐柔した気でいるのか?
よくある間違い/勘違い
(自分だけが/自分たちだけが)特別だと思い込む。
悲劇に浸る。
そんなもの!
(特別はない)
他人からすれば、おしなべて喜劇だ。
古今東西、同じ話で溢れ返っている!
自分たちだけが特別なのではない。
誰だって特別だ。
すべてが特別ならそれは、
(ありふれた)ひとつの事象に過ぎない。
幕は下りた。目を覚ませ。
所詮、相手は
(鬼)なのだ。
鬼と関係を持つなど!(傍点)
(逆です)ぼくは反論する。(彼女がたまたま鬼だった)
「同じことだ。恥を知りなさい」
(彼女に訊ねて)
(きっと、分かってもらえるはず)
「度し難い」
博士は唾棄する。嫌悪もあらわに。
(博士、ファイルを手に取る)
(彼は、彼女を知らないんだ)
──聞かなかったことにしておこう。
(博士、ファイルをめくる)
(ぼくは目をつむる)
──空に掛かる満月。
(背に乗せて街を走った)
──銀色の夜。
(星空の下を駆け抜けた)
ぼくらは(光・溢れる)夜の街 (ふたりきり)。
鬼と狼。ヒトの街。
共存とか多様性とか、
(端から)関係なかった。
ぼくは、ぼくと彼女と(ふたりだけ)でよかった。
(充分だった)
──聞けば、彼女は婚約している。
(ぼくは目を開ける)
それ(ファイル)が真実?
(博士、ため息)
これ(ファイル)のことはいい。
(博士、ファイルを閉じる)
君に近づくことは、もうない。
そうかな。
そうなのかな。
ねえ。
──これは彼女から聞いた話。
昔、ブラを焼いたことがある。
でも、やっぱり着けることにした。
(乳首が擦れて痛かった/不便だった)
(彼女、にやり、と笑う)
(ねえ、狼さん)
(あなたに乳首は幾つあるの?)
狼の答え:
(ぼくの先祖は海賊だった)
(カリブの海をまたにかけ)
(これはその名残)
(風向きを知るための)
彼女は笑い転げて、
ぼくを(乳首)つねる。
──何の話をしているのかな。
彼女は行き当たりばったり。
計画なんてものはない。
それこそ鬼らしさだと思わないか?
(博士、嘲笑)
しかし、
彼らは格式を重んじる。
良家。名門。良いところのお嬢さん。
(博士、嘲笑)
あの娘はとりわけ別格なのだろう。
そうですね。
(ぼくは同意する)
彼女は普通の尺度で測れない。
考えたって無意味です。
──君はまだ期待しているようだが?
いけないですか。
そうだね。
(博士、ため息)
月夜の晩だけでないことは、承知だったと思ったが。
思い違いだったかな。
いいえ。
その通りでしょう。
(月が満ちて、月が欠ける)
(欠けた月が、また満ちる)
ならば、どうして、
君の、その口元から、
笑みが消えない?