Act. 03(やさしい狼)
月が満ちる・丸くなる
望月の夜。
ぼくの身体が変わり出す。
鋭く尖った爪と牙。
今夜は映画はやってないね。
(点検だかで、停波かな)
彼女は少し考えて、
「外に出ない?」
今夜は満月だよ。
「そうだね」
(そうだよ)
「どうしたの?」
(何かな)
「満月の晩に、狼のところに来るなんて?」
彼女がからかう。
つま先で、背中をつつく。「襲われる?」
(がおー)
「がおー」
ぼくか/きみか。
向かい合って両手を構え
(指を曲げて)
威嚇する。
(がおー)
そしてぼくらは
笑い転げる。
彼女を背に乗せ
満月の晩を駆け抜ける。
今宵の彼女の装いは、
丈の長い白のドレス。
(月明かりは肌に障るの)
踵の高い白の編み上げブーツ。
すっぽり白のケープで包み、
白い手袋、白い仮面。
(白は)月の光を跳ね返す。
月明かりを反射する。
(雪まみれ)
(まさに白のお姫さま)
白い(フリル)レースの日傘を差す。
──日傘?
月傘。
彼女を乗せて、ぼくは走る。
(おおきくなるのね)
(牙も爪も)
(何もかも)
(まるでおとぎ話)
狼だからね。
空を蹴る。
夜空を走る。
闇を裂く。
彼女のケープは風をはらみ、
コウモリの翼となって夜を裂く。
コンクリートを抉って、
(きみは翼に乗って)
アスファルトを駆け抜ける。
月にかかる
ハロ・暈。
虹の彼方に(オーヴァー・ザ・レインボウ)
雨のにおい。
きみの歌うミュージカル・ナンバー(シンギン・イン・ザ・レイン)
ふたりはいま、
世界の天辺 (トップ・オブ・ザ・ワールド)
紺碧の帳、
今宵、昨日を西へと置き去った(トゥナイト)
街を一望するビルの屋上
(夜空を模した光の洪水/ライムライト)
地上に照らした天の川ハイウェイ(ミルキーウェイ)
街に居残る
夜行性の不眠症
きみは(世界の)夜更かし女王!
突然、雨が降り出した。
(キング、落涙)
慌てて家に(戻り)帰った。
屈んで彼女を背から降ろして、
(身体を振って水を飛ばす)
彼女はずぶ濡れ。
(困った狼さんだこと!)
服を貸して、許してもらう。
(大きいね)
大丈夫。似合ってる。
(これを着させたかったの?)
幾重に袖を折り返してやっと手が出る。
長い丈が腿の半分を覆い、
(足が始まる)
とてもそう、
(似合ってる)
ぴったりだ。
嘘つきだわ(悪い狼さん)
(きみの狼さん)言葉、
信じられない?
答える代わりに
彼女は笑う。
カウチに坐る(裸の)ぼくの上に
向かい合って
彼女は坐る。
(狼さん、狼さん)
細い和毛の(胸毛)を引っ張り、彼女は訊ねる。
(どうして大きな服を着させるの)
それはね、
(きみの腿に手を置く)
(滑らかな肌)
(長い足)
──なんでもない。
彼女はぼくの手を取って、
(悪い狼さん)
「爪、割れちゃってる」
ごめんね、って彼女が云う。
指先を撫でながら、ごめんねって云う。
(いいんだ)
ぼくは彼女を引き寄せ、
額にキス。
(すぐに治る)
鼻先にキス。
(──)
唇に、キス。
「それでも」
大丈夫だよ、狼だから。
(彼女の小さな頭を抱く)
(髪から汗と薔薇のにおい)
大丈夫。
「わたしに、塗らせて?」
何を?
「爪を、塗らせて」
爪は狼にとって特別だ。
それに触れていい者は、
(格別)
(いいよ)
ぼくは承諾する。
彼女は(血の気の薄い)肌を上気させ、
(きみが)匂い立つ。
(好きにしちゃうよ?)
きみなら、いいよ。
好きにして、いいよ。
爪を彼女に預けた。
ぼくはすっかりきみに(骨抜き)
爪を抜き、
牙を抜かれる。
(きみに、好きにされたい)
「いい子、お利口、やさしい子」
(そんなことない)
裸で仰向けのぼくに
彼女が馬乗り。
手を取って、指を口に含んで、
(舌でやさしく撫でられる)
(前歯でそっと指先を咬む)
「わたしのやさしい狼」
(きみはやさしいお姫さま)
前屈みになり、唇を寄せる。
牙持ちのキスは
血が混じる。
互いの首に口を押し当て、
互いの尖った歯と歯で
肌を食む。
(これは問題ね)
(とても問題だよ)
これは、
ぼくらの在るべき姿。
互いの首から
血を舐める。
腕を伸ばして(シャツ越しの)
丸いお尻に手を乗せて、
(包むように)優しく撫でる(感じる)
(長い足のはじまり)
腿へと下ろすと手を取られ、
再び腰へと導かれる。
(そして)
(丈の長い)シャツの裾から手を差し入れて
(冷たいぬくもり)背骨のうねを(下から上に)
ゆるりと這う。
指先でなぞる肩甲骨の
へりに見つけた(きみの)福毛。
今度はぼくが(宝物)引っ張った。