Act. 02(きみは悪い子)
彼女は鬼の娘。気まぐれに。
日没過ぎて、訪れる。
(夕暮れ・黄昏・十七時の影)
腕を絡ませ、引き寄せられる。
「こんばんは」
靴と靴下を脱いで、裸足になって
長い足を絡ませてくる。
「遊びに来たよ」
首元に鼻をこすりつけ、
(甘咬み)
笑いながら
耳に息を吹きかける。
(くすぐったい)
それからぼくらは遅い夕食(朝食)。
菜食主義の吸血鬼、
赤茄子があれば機嫌がいい。
(これ、奇人同士の晩餐)
(赤い実にかぶりつく)
(汁気たっぷり)
(べたべたに汚す)
赤い口。
白い歯の隙間に
小さなトマトの赤い皮。
(おいしい)
よかった。
(高かった?)
どうだろう。
(本当は?)
気にしたら、味が変わるよ。
(彼女、笑う)
不作法でごめんなさいな。
お気に召しましたか、お姫さま。
彼女は微笑む。
その笑み(とてもすてきなことがありそう)
「おいしい」
(ぼくはべたべたの口周りを、クリネックスで拭ってやる)
「ありがとう」
三つ目に手を付けた。
彼女は鬼の娘。遠慮がない。
「お礼にタマネギ食べる?」
彼女は鬼の娘。
その優しさに、全世界が(震撼)涙する。
だから、ぼくは遠慮する。
それから一緒にソファに座って。
テレビのチャンネル・ザッピング。
ニュース。バラエティ。クイズ。ドラマ。天気予報。
彼女はリモコンを放り出す。
「映画、ないね」
長い足をぶらぶらさせて。
「まだ早いかな」
つま先のペディキュア。
明るい赤。五色の赤。
(コーラル/チェリー/ガーネット/カーマイン/スカーレット)
正中線の鏡像。
きみの瞳と同じ色。
「どうかした?」
指。
「ああ、いやだ」
彼女は足を折り曲げ・引き寄せる。
「またはげてる」
ねぇ。ぼくは云う。塗ってあげようか。
「どうして?」
困っているみたいだから。
「塗りたいの?」
うん。
彼女は少し考える。
小首を傾げる仕草がかわいい。
(難しく考えないで)
イエスでも、ノーでも。
(露西亜語でも)
たった一言。
(決断されなくても)
充分(満足)。
「道具、あるの?」
アクリル絵の具と面相筆。
ウォーターポット。
仕上げニス(グロス・バーニッシュ)。
たまに描くんだ。
「何を?」
絵を。
(彼女は笑う)
(ぼくは少し、むっとする)
「いいよ」
足を組んで悠然と。
つま先で挑発する。
「いいよ。塗っても、描いても」
ぼくは棚からから道具を取って、
彼女の前に跪く。
小さな足を手に取って
(冷たくない?)
足の甲にキスをする。
(少し蒸れたにおいがする)
──うん、足の味。
彼女はぼくを蹴り飛ばし、
長い間、笑い転げる。
(最低よ。レディの足よ?)
(最高だよ、ぼくのお姫さま)
きみのこと、知りたい。
もっと/もっと/もっと。
深夜映画が始まった。
(今夜のショーはホラー・パニック)
彼女は映画に見入る。
ぼくは魅入る。
(小さな小さな足の指)
筆を手にする。
(小さな小さな足の爪)
小さな五色の花を描いた。
(かわいい)
彼女は笑う。
きみは悪い子だ。
だったら、捕まえてご覧。
いいとも。
ぼくには、素質がある。
たいした自信ね。
(素敵だわ)
五色で描いた
十の薔薇。
正中線で鏡合わせ
色違い
花、花、花。
花びら。
ニスを引いて、
(研磨布で)磨いて/磨いて
(はてしない作業)
水晶の光、
水面の煌めき。
ガラスのように輝くまで。
この手できみに
ガラスの靴を
履かせる。
彼女の吐息。
(とてもかわいい)
(気に入ってくれた?)
彼女はぼくを抱き寄せて、
音を立ててキスをした。
(食べたトマトの青い残り香)
(呑んだワインの甘い残り香)
「今度は、わたしがあなたの爪を好きにしていい?」
きみ、絵、描けたの?
肩にパンチ。
へなちょこパンチ。
ぼくは笑って受け止める。
彼女も笑ってしなだれかかる。
じつにきみは公正淑女。
濡れ烏、
髪の匂い/吸い込んだ。