Act. 01(鬼が遊びに来ていた)
鬼の爪・狼の牙:Bona Fides(Nails_and_Fangs)_11
部屋の掃除をしていたら、爪の欠片をみつけた。
真新しい欠片。
切って忘れられた爪は、
カサカサに乾いて、
白く黄色く干からび、そして、
硬く濁る。
まさに死体(焼骨)といった感じ。
その爪は(まだ)しっとりとして、
やわらかかった。
狼のぼくの爪はヒトと違う。
ヒトは狼の家を訪れない。
狼のぼくの家を、ヒトは訪れない。
(年上の女性)
今朝まで鬼が遊びに来ていた。
(ミルクチョコレートの肌)
(熟れたサクランボの唇)
(清流に黒絹の髪)
(磨いた石榴石の丸い瞳)
彼女は(わたしのもの)自分の家のようにくつろいで、
本棚を漁り(この漫画、続きはどこ?)
眠たいぼくを横にさせず(ほら、目を覚まして)
深夜映画を見ながら、
前屈みになって足の爪を切り始めた。
(ペディキュア、はげちゃった)
「爪切り、ある?」
爪切りニッパなら。
いいよ、貸して。
あ、それから。
ヤスリ、あるかな?
(彼女はいたずらっぽく笑う)
(ぼくは少し、むっとする)
あるよ。狼用の爪磨ぎ。
仕上げ用、貸して?
(女性用じゃないよ)
(彼女は笑う)
お気遣い、ありがとう、狼さん。
(彼女の笑顔)
ふっ、と心が暖かになる。
そうして彼女は、
ぺたんと床に座る。
クリネックスを広げ
身体を(くいっと軽やかに)曲げ
長い足を引き寄せる。
ぱちんぱちんと、足の爪を切り始める。
(夜に爪を切ると縁起が悪いよ)
「それって鬼にとって悪いことかな」
顔を上げずに彼女は応える。
ヒトにとって悪いことは、
鬼にとって良いことだ。
(違うよ。誰にとっても悪いことだ)
(鬼とかヒトとか、狼とか、関係なしに)
クリネックスを丸めて、
「はい」
渡してきた。
ぼくはゴミ箱に入れる。
「ありがとう」
彼女は鬼の娘。
行儀の良さと、意地の悪さが入り交じる。
(彼女は年上の女性)
ペディキュアは暝い闇に沈んだ赤。
(深紅のクリムゾン・レッド)
闇に濡れた黒髪と、
彼女の瞳と同じ色。
切った爪に
(はげちゃった)
ペディキュアの名残。
(マルーン/海老茶色)
乾いた血の色そのもの。
(朝までずっと)
夜明け前に(彼女は)帰った。
白い爪の欠片。
生乾きの爪の欠片。
(ペディキュア、はがれちゃった)
彼女の爪の欠片。
小さな彼女の欠片。
(彼女だったものの欠片)
鬼は肌が弱いから、爪には気を遣っていたのに。
(彼女の一部だったもの)
口に含んで、舌で転がす
爪の味。
(彼女は鬼の娘)
(彼女の足の爪だったもの)
ぼくは彼女の
(やわらかくなった)
一部を飲み込む。