表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/141

第二十二章その1 3年間のしめくくり

 桜のつぼみも膨らみ始めた3月半ばの週末、守山市民ホールでは県内の中学が一堂に会した合同演奏会が開かれていた。


「あ、次が守山中央ね」


「関西金だもん、楽しみだよ」


 俺の前に座っていた筒井先輩と、その隣に腰かけていた藤田部長が肩と肩をくっつけ合って声を交わす。長い長い受験戦争を経て内面も大きな変化があったのだろう、その表情は以前に増して穏やかで多少のトラブルも笑って済ませてくれそうだ。


 我らが吹奏楽部の3年生は全員、無事に第一志望の高校に合格していた。そして最後の試験が終わった翌日から部活に合流した先輩たちは、この合同演奏会に向けて一週間ちょっとという短期間で『風紋』の演奏を身体に叩き込んだのだった。


 先輩が戻ってきたことで編成も26人と一通りの曲を満足に演奏できるレベルまで充実したのは、俺たちにとっても嬉しい限りだ。うちはやらないが、この時期に定期演奏会を開くような強豪校の場合は一気に10曲とか覚えなくてはならないので、想像するのもイヤになるほど大変だな。


 だが卒業式まではあと数日。3年生と演奏できるのは、本当に今日で最後なのかと思うと惜しくて仕方がない。


 他校も学年最後の演奏とあって力を入れた選曲を披露している。卒業生にと言っては中学3年間の総仕上げに当たるので、その気合の入れようはコンクールにも劣らなかった。


 演奏を終えた団体がステージから去る。やがて現れた名門校の意外な編成に、俺たちは「あれ?」と目を大きく開いたのだった。


「ねえ、あれって」


「ベースだよな」


 ステージ右端に弦バス奏者が並ぶ中、ひとりの奏者がエレクトリックベースギターをかまえている。機材の関係か付き添いのフルート奏者が片手にアンプをひっさげており、コードの接続を終えるといそいそと自分の席に戻る姿は見ていて不覚にもちょっと和んでしまった。


 コンクールではまず無いと思えばよいが、吹奏楽においてポップスを演奏する際、編成にベースギターが加わることは珍しいことではない。だが強豪守山中央のことなので、この演奏会では本格的で古風な楽曲をチョイスするだろうと思っていたばかりにベースが登場したのは意外だった。


「守山中央中学校、『カーペンターズフォーエバー』」


 だが曲のタイトルが読み上げられた瞬間、俺はああなるほどね、と納得してしまう。


 やがて指揮者の合図とともに聞き覚えのあるメロディーが吹奏楽編成で奏でられ、そのダイナミックで卓越した演奏に観客はすっかり聞き入ってしまったのだった。


 この『カーペンターズフォーエバー』は、タイトルの通りカーペンターズの往年の名曲をメドレーに仕上げた一曲だ。


 ポップスと侮るなかれ、重厚な編成を前提とした難度は思った以上に高く、ゆったりとしたバラードの『愛のプレリュード』から底抜けに明るい『トップ・オブ・ザ・ワールド』まで、曲調が場面場面でころころと変わるため聞いていて飽きない。耳に馴染みのある曲が大半であることから演奏効果は絶大で、音楽に詳しくない小さな子供から、かつてレコードを買いあさっていたお爺ちゃんまで誰もが楽しめる一曲に仕上がっている。ポップスメドレーの最高傑作と評されても、そうだねと同意してしまうだろう。


「こういう盛り上がる曲、俺たちもやりたいな」


 思ったことが自然と小さく言葉が漏れ出てしまう。それが耳に聞こえたのか、隣に座って目を閉じていた宮本さんは「……うん」と返しながらこくりと頷いた。


 そして曲は煌びやかなアップテンポにアレンジされた『ふたりの誓い』をもってフィナーレを迎え、この日一番の大喝采とともに奏者たちは舞台袖へと退出する。守山中央の今年の3年生は、見事有終の美を飾って吹奏楽に打ち込んだ3年間を終えたのだった。


「そろそろ時間だし、みんな移動ねー」


 そんな鳴り止まぬ拍手の中、俺たちは徳森部長に急かされてホールを出る。今日のカサキタの出番はかなり後の方なので、このように他校の演奏を聴いてから舞台に立つという流れになってしまった。


 その後、楽器を持った俺たちはチューニング室で最後の調整を済ませる。そして気が付けば、あっという間に舞台袖で待機するまで時間が流れてしまっていたのだった。


「これでウチら、本当に最後なのね」


「文化祭の時も同じ話した気がするのに……あの時の気持ちとも全然違うよ」


 しみじみと話す元部長と副部長。静かにしていないといけないので当然だが、やはり思うところがあるのだろう、話しかけるのもはばかられるような雰囲気をふたりは放っていた。


 基本的に賑やかなカサキタでは珍しいほどに、誰も話さない舞台袖。ひとつ前の学校の演奏も、あと少しで終わりそうだ。


「あんたたち」


 その時だった。大声で叫びたいのを必死で我慢しているのだろう、突如前触れなく筒井先輩が声をしぼり出して3年生に向き直ったのだ。


「高校でも、絶対に吹奏楽続けてよね!」


 学年唯一の男子部員の力強い一言。それに感化されたのか、他の卒業生たちは楽器を持つのとは反対の手で一斉に目頭を押さえる。


「もちろん!」


「それでまたみんなで『アセンティウム』、演奏しよう!」


「うん、約束だよ!」


 そして感情を抑え込みながら、3年生たちはそれぞれ言葉を口にする。そんな後輩に見せたこともないような表情を浮かべる先輩たちとは対照的に、俺たち1、2年生は全員が口を閉ざして卒業生との別れに耐えていた。今にもおいおいと泣き出しそうな先輩たちを見ていると、後輩の俺たちが口をはさむなどおこがましいことのように思えたのだ。


「続きましては笠縫北中学校、『風紋』」


 ついに俺たちの名が呼ばれる。


「それじゃ、行こっか!」


 目をごしごしとこすっていた顔を上げた藤田先輩が、きりっとした顔を後輩たちに向ける。そのまっすぐな目の輝きに触れて、俺たちは大きく頷くと列を整えてステージに歩み出したのだった。




参考音源

『カーペンターズフォーエバー』

https://www.youtube.com/watch?v=uVKjgMmgL30

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ