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第二十一章その4 関西に行けて何が変わったか

 学年最後の定期テストも終わり、冬の冷え込みもだいぶ和らいだかなと思えてきた頃、各家庭や学校では新たに3月のカレンダーが壁に飾られる。


 その日の朝は1年生から3年生まで、カサキタの全校生徒が体育館に集められていた。毎月最初の月曜に開催される全校集会の時間だ。


「えーそれではえー、3年生はえー公立入試もあと1週間ですのでえー、あとほんの少しえーだけ踏ん張ってください」


 結局この校長、「えー」で始まり「えー」で終わりそうだな。時が経って名前と顔は忘れても、「えー」だけは棺桶に入るまで覚えていそうだ。


「それではこれから、部活動の表彰に移ります。呼ばれた方は前に出てきてください」


 校長の「えー」が終わるなり、比較的若い理科の先生がマイクを片手に全校生徒に告げる。そして「吹奏楽部」と呼ばれたところで、全校生徒とは少し離れた位置に控えていた俺たち8人は「はい!」と声をそろえて立ち上がったのだった。


 手招きする先生に誘われ、徳森部長を先頭に8人が校長の前に立つ。そして少し間を置いてから、校長先生は表彰状を広げて読み始めたのだった。


「笠縫北中学校吹奏楽部、関西アンサンブルコンテスト、金管八重奏、銀賞!」


 珍しく「えー」を挟まず、むんと強く息を吐きながら、横一列に並んだ俺たちに表彰状を差し出す。


「砂岡ー!」


 直後、同じクラスの男子の誰かが大声で叫ぶ。そのコールに生徒たちは気を緩めてしまったのか、どっと笑い声をあげながらも盛大な拍手で体育館を包んだのだった。


 本来なら静かにしなさいとお叱りが飛んでくるところだが、この時ばかりは先生も何も言わない。他に大会で実績を挙げた部活が無かったこともあって、今日の表彰は吹奏楽部のワンマンショーだった。


 どうだお前ら、銀賞とったどー!


 振り向いた俺たちは声には出さずとも、これ以上無いくらいのしたり顔を生徒たちに見せつける。


 その時ふと目に飛び込んだのは、まるで我がことのように満面の笑みを向ける吹奏楽部員たち、そして元吹奏楽部の3年生たちだった。




「砂岡先輩、今朝の笑顔はめっちゃ気持ち悪かったっすね」


 練習の準備中、ティンパニのカバーを外していたたくちゃんがしれっと包み隠さず言ってきたので、俺は「たくちゃん、どんどん兄貴に似てきたな」と驚いて返した。見た目は全く違っても、やはり血を分けた兄弟だ。


「それにしても関西銀とか凄いじゃないのー。私のいない間にも、あんたたち強くなったんだねー」


 ホルンを磨きながらそうしみじみと口にするのは、3年生のぽっちゃり先輩だ。公立入試に備えてほとんどの3年生がまっすぐ帰宅する中、彼女は部室にやって来るなり楽器の手入れを始めたのだった。


 それもそのはず、ぽっちゃり先輩は私立志望だ。彼女は県内私立を専願で受験しており、2月中に合格通知が届いたので、一足早く受験戦争からおさらばしていたのだ。他にもパーカッションの先輩が第一志望の京都の私立女子高校に受かったということで、吹奏楽部の練習に合流している。


「ええ、初出場で銀は割と自分らとしても頑張ったと思いますよ。これで私ら、カサキタの歴史に一生名前残るね」


 鼻高々の様子で徳森さんが話す。


「でもやっぱ取れるなら金が良かったよ。守山中央も金だったしなぁ」


 だが俺はポジティブなトランぺッターとは違い釈然とせず、思わず本音を漏らしてしまった。自分たちがもっと頑張っていたら、丁寧に合わせていたら金も取れたはずなのにという想いがどうしても残ってしまう。


「しゃーない、相手が悪すぎる」


 そうフォローを入れるのはアルトサックスにマウスピースを装着させていた工藤さんだ。客席で俺たち含め他校の演奏も聞いていた彼女たちがこう言うのだから、俺たちの演奏が銀というのは妥当な結果なのだろう。


 付け加えておくと、ひとつ前の天満並木中も結果はゴールド金賞だった。彼らと同じ金管八重奏で続けて演奏が巡ってきたために、見劣りしてしまったことは否めない。初めての関西出場は、俺としては煮え切らない結果となってしまった。


 だが2004年に入ってからというもの、部を取り囲む空気は以前とはまるで別物になっていた。何をやっても地区大会でおしまいというだらけ切った雰囲気は既に過去のもので、今は練習中も常に自分たちも頑張れば関西大会に行けるんだというプラスの自信が、部員ひとりひとりに確かに育まれていた。


 それは関西大会が終わっても掻き消えることは無かった。それどころかたとえ誰も部室にいない時でさえも、練習に汗を流した部員たちの緊張感が残り香として空間に漂い続けている。


「あ、そうだ。砂岡、砂岡」


 ユーフォの管にグリスを塗っている最中、ホルンのぽっちゃり先輩が思い出したように俺を呼んだ。


「東寺町の受験生について色々聞き回ってみたんだけど、今年うちの学校から受けたのは1人だけだったんだって」


「そうだったんですか……」


 俺は絶句した。実は早々に受験を終えた先輩に頼んで、カサキタから東寺町高校を受けた生徒がいるかどうか調べてもらったのだ。


 東寺町高校は京都府内屈指の吹奏楽強豪校で、ここから無理せず通える学校の中では最も全国に近い。しかし同時に近畿地区でも有数の進学校でもあるため、入学までにはどのようなハードルが待ち構えているのか俺はこの時期からすでに戦々恐々としていた。


「うちじゃ勉強できる子は9割が石鹿せきろく高校目指すからね。で、結果は特別進学コース落ちて総合コースに回し合格だってさ」


 県内公立最高峰の石鹿はともかく、東寺町合格へのノウハウは自分でも探さないと難しそうだな。


「吹奏楽部から石鹿受ける3年はいるのですか?」


 話す先輩の隣で譜面台を立てていた江口さんが会話に混ざる。


「うーん、今年はいなさそうだね。藤田が小津おづ高校で筒井が唐橋からはし高校だから、そこらへんが1番賢いかな」


 いずれも滋賀県内の公立進学校だ。さすが部長&副部長でワンツーフィニッシュだな。


「すみません先輩、ありがとうございます」


「うむ、報酬を忘れるな」


「他の部員のホワイトデーと合わせて用意しますんで、もうしばらくお待ちください」


 えへんとふんぞり返るぽっちゃり先輩に、俺は両手を合わせてお願いする。


「おおそーだそーだ。砂岡っち、ホワイトデー期待してっからねー」


「私、ゴディバでいいよー」


 ホワイトデーという単語に反応してか、周りの女子どもが一斉に俺に向かって声をかけてきたので、俺は「うっさい!」と腕を振って威嚇した。


「何がうっさい、だよ。あたしら砂岡のためにちゃんとバレンタインデー用意してあげたじゃん」


「どこが『ちゃんと』だよ。アルフォート1枚だのチロルチョコ1個だので、どれほど見返り求めやがる!?」


 2月14日のバレンタインデー、部内でも数少ない男子とあってどうなることかと期待して登校したものの、その扱いはあまりにも散々なものだった。1年生も2年生も、大袋の中のチョコひとつだけとかそんなんばっかり渡してくるんだぞ!?


 1番単価高いので宇多さんからもらったチョコボール(キャラメル味)だからな。こいつら絶対に俺のことていの良い労働力としか見てないよ。


 ……いや、一番手間暇かかっていたのは宮本さんから贈られた手作りチョコか。あのひとつずつ可愛らしく個別包装されたトリュフチョコをもらった時、俺はこの世に生れ落ちてきたことを心の底から感謝したものだ。


 だが彼女が丹精込めて作り上げた5つのチョコを、俺はまだ1つしか食べていない。


 その理由は極めて単純。帰宅後、一粒だけじわっと噛み締めたその直後、猛毒、マヒ、石化、混乱、ゾンビ化、カッパ化、ありとあらゆる状態変化にかかってしまったのかと錯覚してしまったほどだからな!

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