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第二十章その4 取材がやってきた!

「おいおい、さっきテレビカメラ持った人が校長室に入っていったぞ!」


「ああ、吹奏楽部の取材に来たらしいよ」


「マジかよ。おい砂岡、頑張れよ!」


 教室で机に突っ伏していた俺の背中を、クラスの男子がバシバシと叩く。俺は「うるせーな」と手で払いながらも、その声は自分でも気付いてしまうくらいにトーンが上がっていた。


 砂岡敏樹、ついに地上波デビュー。名前も出ないチョイ役ではあるが、お茶の間に俺の顔が映し出されることに変わりはない。


 まさかいきなりの取材決定とあって、放課後の部室も普段は感じることのできない異様な緊張に包まれている。コンクール本番ともまた違う、新鮮な感覚だ。


 そんな女子部員たち皆さんの見た目は、それはそれはいつも以上に気合いが入っていた。勝負カラーなのか派手なリボンで髪の毛を結んでいたり、暇さえあれば折り畳みの鏡を取り出してヘアや襟の乱れを直している。


 我らがヤマン……じゃなくてギャル子こと徳森さんなんて目にアイシャドーまで入れているし、お決まりのルーズソックスもぶかぶか具合を増していた。だがさすがにここまで来るとやり過ぎと判断されたようで、手島先生に連行された後しばらくして、しょんぼり肩を落としながらいつもレベルのスタイルになって戻ってきたのだった。


「あーもう最悪! 早く高校生になってもっとオシャレしたいっつーの」


 たらたら不満をぶちまけながら、徳森部長はトランペットの管にグリスを塗る。この子、高校に入ったら今もうすでに絶滅危惧種になりつつあるガングロファッションで学校に通いそうだな。


「宮本さんも、今日はいつもと雰囲気違うね」


 楽器にオイルを挿しながら、俺はチューバのケースを開いていた宮本さんに声をかける。


「うん、実は昨日ちょっと眉毛手入れして、ちょっと良い化粧水と乳液使ってみたんだよ。普段お化粧なんてしないから、お母さんに色々教えてもらったの」


 化粧水とか乳液とか、ひとりっ子の男子にとってはそもそもそんなモン使う必要あるのかって思うくらいのものだな。一口に化粧って言っても、口紅とファンデーションだけじゃなかったんだな。


 俺たちが楽器をかまえて合奏の隊形を整えたところで、ガララと部室の扉が開いて先生が入ってくる。その後ろにはディレクターの男性、でっかいテレビカメラを抱えたカメラマンと先端にマイクを取り付けたながーい竿を持った音響スタッフ、リポーターの女性と撮影クルーの皆さんがぞろぞろと続いていた。


 こんな田舎の日常ではまず見ることのできない機材の数々を目にして、俺たちも「わあっ」とテンションを上げる。あのテレビカメラ1台で親父の一眼レフいくつ分のお値段になるだろう?


 そんな中学生どもの眼差しも気にすることなく、テレビクルーの皆さんは手練れた様子でカメラとマイクのセッティングを済ませ、ディレクターと先生はどの角度から撮影するかを話し合っていた。


 今日のメインは俺たち金管八重奏だ。関西アンサンブルコンテストに出場する選りすぐりのメンバーとして紹介されるらしい。


 だがその前に、全体での合奏も撮影する。曲はちょうど合同演奏会に向けて練習している『風紋』だ。


「ではいきましょう」


 やがて準備が整い、巨大なカメラのレンズが部員たちに向けられる。そんないつもと違う状況でも、手島先生は普段と変わらない緩やかな指揮で合図を送り、俺たちは『風紋』の演奏を始めたのだった。


 重なり合う低音をすっと撫でるように、クラリネットの穏やかな旋律が奏でられる。山の上や草原のど真ん中、地平線まで開けた空間に立った俺たちの身体を柔らかく包み込んでくれる風を思わせる、柔和ながら悠大な曲調だ。底抜けに明るい曲よりも、これくらいに悲壮感を孕んだ旋律の方がより美しいと感じてしまうのは、日本の地で14年育った俺に染み付いた感覚だろうか。


 だがどういうわけか、チューバの音が変だ。本来なら木管の旋律を下支えするための重く安定した響きが欲しいところだが、今日はピッチも安定せず、音に力もこもっていない。


 演奏しているのは本当に、あの宮本さんだろうか。彼女とは思えないような音が常に横たわり、俺も先生も演奏中何度も首を傾げる。


 そしてとうとう、先生はタクトを止めてしまった。低音の異変は他の部員たちも気付いているようで、曲が中断されるや否や一斉にチューバに視線が注がれる。


「みやぽん、どしたの?」


「お腹痛いの?」


 部員たちが口々に声をかける。だが当の宮本さんは楽器を立てたまま、何も答えることもなくじっと俯いて黙っていた。


 だがその時だった。突如、彼女はがくんと首が折れたように頭を前に垂らすと、ぜえぜえと激しく肩を上下させ始めたのだ。


 これはヤバい。医学の知識なぞ皆無な素人から見ても、過呼吸か何かの異常を起こしているのは明らかだった。


「すみません、ちょっと中断!」


 ざわつく部室、真っ先に立ち上がったのは徳森さんだった。


「砂岡!」


 そしてこちらに顔を向け、吐き捨てるように俺を呼ぶ。


「おう!」


 彼女が何を言いたいのか即座に理解した俺は、急いでかつ慎重にユーフォを下ろすと、すぐさま宮本さんの元に駆け寄った。


 ふらふらと意識半分で大切なチューバを支える彼女。俺はその白く小さな手から愛器を受け取ると、10キロもの重さの真鍮製の楽器をそっと床に置いたのだった。とりあえずこれで楽器は無事だ。


「みやぽん、しっかりして!」


 いつの間にか松子も弦バスを下ろし、崩れ落ちそうな宮本さんの身体を後ろから支えていた。


「保健室まで連れてくぞ!」


 俺は宮本さんに背を向けてしゃがみ込む。松子は「わかった」と答えると椅子に座った宮本さんを立ち上がらせ、すぐに俺の背中に乗せたのだった。


 彼女が小柄で助かった。非力な俺でも、保健室までならなんとか運べそうだ。


「皆さん、砂岡くんが通れるように道を開けてください!」


 指揮台の先生も声を張り上げる。立ち上がった金管組は椅子を引き、宮本さんを背負った俺が通れるだけの幅を確保する。


「皆さんは指示があるまでここに残っていてください。申し訳ありませんが取材の皆さんは、一旦音楽室まで戻っていてくださいませんか?」


 先生の発言に部員たちは「はい!」と返事をするも、ぐったりした宮本さんがすぐ近くを通る際には「先輩、大丈夫ですか?」や「あとで保健室まで行きますから!」と心配の声をかけていた。

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