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第十九章その5 ゴールド金賞!

「みんな、良かったよー!」


 ロビーに戻ったところで一斉に駆け寄るカサキタの吹奏楽部員たち。どうやら俺たちの演奏が終わったと同時にホールを飛び出し、先回りして待っていてくれたようだ。


「ホントに? 俺たちの曲、どう聞こえた?」


「もうサイッコーでした! 今までで聴いた中で一番の金管八重奏だったと僕は自信を持って言えます!」


 目を輝かせて頷いてくれるたくちゃんを、俺は「嬉しいこと言ってくれるじゃあないの」と小突き返す。やっぱ褒められるのはお世辞でも嬉しいもんだな。


「さ、もう何組か終わったら結果発表だからね。私らも楽器運ぶの手伝うから、写真撮影済ませたらみんなホールで待っとこうよ」


 みんなが盛り上がる中、意外にも工藤さんは落ち着いた様子を見せていた。木管のボスの一言に1年生らが「はーい」と声を返し、「こっちですよ」と俺たちを写真撮影場所まで誘導する。


 ボケっとしているとあっという間に演奏を終えた次の団体がやってくる。だから業者さんによる演奏後の写真撮影は、マジでベルトコンベアの上を流されて加工されるお肉になった気分が味わえるよ。




「それでは結果発表に移ります」


 舞台上で役員のおじさんが手元の紙を開いてマイクの前に立つ。つい数十秒前まで仲間同士賑やかに過ごしていた各校の出演者たちもピタリと会話をやめ、会場はしんと静まり返っていた。極度に高まった緊張で感覚の研ぎ澄まされた俺は、周りの呼吸の音どころか心臓の鼓動までもが耳に入ってくるようだった。


 最後の組の演奏が終わり、審査結果の取りまとめが終わった今、ついに一校ずつ金、銀、銅賞いずれかの結果を告げられる。


 テストの返却と同じだ、どれだけ回数をこなそうと、たとえ火を見るより結果が明らかだとしてもこの瞬間はどうも慣れない。


 言い渡される結果により、直後に歓声が上がるときもあれば拍手だけで終わることもある。やがて発表は、誰しもが注目する団体の順番が巡ってきたのだった。


「守山市立守山中央中学校、クラリネット四重奏、ゴールド金賞」


 当人たちの「いよっし!」という歓声が聞こえる。だがその声は落ち着いた様子で、金賞なぞ取れて当然といった気概に溢れていた。彼らにとって問題はここから先なのだろう。


 そこからも結果発表は進み、俺たちの順番が徐々に迫る。


「神様ぁ……」


 宇多さんがぎゅっと強く目を閉じる。隣に座る江口さんは自らの手を宇多さんの手にすっと伸ばし、互いに指を絡めて握りしめ合っていた。


「きーん、きーん、きーん」


 徳森さんは壇上の役員をぎょろりと睨み付けながら、ぶつぶつと呟いている。この空気だから許せるが、何でもないときにこんな状態の女子中学生を目にすれば病院から抜け出してきたのかと不安になってしまうだろう。


「草津市立笠縫北中学校」


 さあこい! 俺は拳に力を込めた。


「ゴールド金賞」


 最初の「ゴ」が聞こえたと同時に、カサキタの19人が一斉に席から立ち上がる。


「やったあああああ!」


「金だー!!!」


 そして上がるは声にならない声。文字に起こすのも不可能なほど、俺たちの歓声は強烈だった。


「やりましたよ先輩、やりましたよ!」


 普段はテンション低めの江口さんも興奮を隠し切れないようで、メガネを外してボロボロと大粒の涙を流している。


 宇多さんに至っては「いやったよー!」と席から跳びあがったおかげで胸のでっかいふたつの袋がぶるるんっと揺れてしまっているぞ。どさくさまぎれではあるが、今の一瞬、俺は心のシャッターにしっかりと収めておこう。


「みんな、みんな本当にありがとう!」


 宮本さんも満面の笑みを松子や工藤さん達に向け、互いに手を取り合ってぶんぶんとオーバーに握手を交わしていた。


「さ、そろそろ座ろっか。まだ発表終わってないよー」


 工藤さんが「どうどう」と他のメンバーにジェスチャーを送り、興奮冷め止まぬ部員たちを席に着かせる。そこから結果発表はさらに進み、やがて一通りの団体に金銀銅のいずれかが言い渡されたのだった。


「それではこれより、2月11日の関西大会に滋賀県代表として出場する団体を発表します」


 役員が新たに手に取った紙を広げ、俺たちはぐいっと身を前に乗り出す。


 県大会で金賞を取ったのは13校。だが次の関西大会に進めるのは、その内わずか4校だけだ。


「発表します……守山市立守山中央中学校、クラリネット四重奏」


「やったあああああ!」


 一斉に立ち上がる大所帯。県下の名門はここでも順当に結果を残していた。


「米原町立醒ヶ井中学校、打楽器四重奏重奏」


 パーカッションパートだろうか、男子生徒の「うぉしゃあああ!」という野太い声がホールに響き、それを祝うように盛大な拍手がホールを包み込む。夏のコンクールではそこまでぱっとした印象は受けなかったが、このアンサンブルコンテストでは実力を発揮したようだ。


「彦根市立廿日山中学校、木管五重奏」


 その名が呼ばれた瞬間、俺たちは「あっ」と声を漏らした。その頃には既に会場は拍手と喝采が鳴り響いており、ワンテンポ遅れて俺たちも手を叩き始める。


 廿日山と言えば夏合宿でも出会った、あの手島先生の去年までの赴任校だ。カサキタのちょっと前が出番だったので、自分たちの演奏の準備をしていた俺たちは聴くことができなかったな。


 さて、残すはあと1枠だ。カサキタの19人は全員が呼吸を止めているものの、役員の一挙手一投足をじっと凝視しているか、それとも完全に目を瞑ってひたすら念じるかはきれいに半々に分かれていた。


 俺も早く言ってくれと声に出さず視線で急かす。貧乏ゆすりでもして気を紛らわせないと、心臓が口から飛び出してそのままどっかに跳ね転がっていってしまいそうだ。


「えーでは、草津市立――」




 アンサンブルコンテスト県大会が終わり、週明け最初の朝のホームルームのことだった。


「それじゃあみんな、ストーブの使用はしっかり安全に気をつけてな。それと砂岡、ちょっと前に出てきてくれ」


 一時間目の移動教室を前に、担任のおじいちゃん先生が手招きする。ざわつくクラスメイトに見守られながら、俺は無言のまま立ち上がりつかつかと黒板の前まで移動する。


 だがしかし、この間も俺はずっと自分でもどうかと思うほどにやついていた。


 このイヤらしい顔をどうにかしたい。だけども嬉しくて嬉しくて、どうすることもできない。それは後ろの方の席に座る松子も同じようで、クラスのみんなに向き直る俺に向かってヤツはピカピカの白い歯を見せつけていた。


「もう聞いている者もいると思うが、実は土曜日に行われた滋賀県アンサンブルコンテストで、吹奏楽部の砂岡が金賞を受賞しました」


 教室から「ええっ!」と驚きの声があがる。だが一瞬の間を置いてひとりがぱちぱちと拍手を鳴らし始めると、教室全体がたちまち喝采に包まれる。


「スゲーぞ砂岡!」


「お前そんなすごかったんだな!」


 吹奏楽の大会のレギュレーションはわからずとも、県大会金賞と聞くととんでもないことをしでかしやがったというのは実感するようだ。


「それだけじゃないぞ」


 先生が勿体ぶったように話すので、クラスメイト達も少し声のトーンを落とす。


「砂岡は2月11日、尼崎あまがさきで開催される関西アンサンブルコンテストにも出場する。つまり滋賀県の代表だ」


 そう高らかに言い放つ先生を見て、俺はようやく照れくささを感じ始めた。


 だが関西大会出場と聞いて、クラスは先ほどの倍以上の驚きに包まれていた。その後湧き上がる大拍手はさっきの何倍も騒がしく、一斉に他のクラスが苦情に押し掛けてきてもおかしくないレベルだった。


「やべえええええええ!」


「砂岡お前マジで何者なんだよ!?」


「応援行くよ! でっかい名前書いたパネル持ってってやるからさ」


 興奮を一切隠さない生徒たちに、俺は「そういうのはやめてほしいな」と苦笑いで返すしかなかった。


 そう、俺たちカサキタ金管八重奏は、なんと最後の1枠に滑り込んで見事関西アンサンブルコンテスト進出を決めたのだった。これはカサキタ吹奏楽史において、あらゆる大会を含めて初めてのことだ。もしかしたら県外への遠征というのも初の出来事かもしれない。


 その時、他の教室からも歓声と拍手が聞こえた。それもひとつだけでない、複数のクラスで上がっているようだ。おそらく金管八重奏で舞台に立った生徒のいる学級で、今の俺と同じような発表が行われているのだろう。


 俺たちのことを弱小部活と思う生徒は、もうすでにこの学校にはいなかった。今までセーフティネットだの三角コーナーだのと散々に言われてきた吹奏楽部は、完全にカサキタの自慢のタネになったのだった。

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