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第十九章その1 冬の三者面談

 期末テストが終わり12月も中旬を迎えると、朝起きた時には田んぼの水たまりが凍り付いているのも珍しい光景ではなくなった。そんな肌に突き刺さるような冬の寒さの中、俺たちは楽器を携えながら屋外でじっと集まって立ち尽くしていた。


「さ、さっぶ!」


 びゅうっと風が吹いた途端、学ランとブレザー姿の部員たちはぶるぶると身体を縮こめる。男子は長ズボンだからまだいいけど、女子はスカートにタイツだから余計にきつそうだ。かように身体を震わせて寒さに耐える俺たちのすぐ傍を、ぬくぬくと分厚いコートを羽織った主婦や子供たちが行き交っていた。


 ここは駅前のショッピングセンター。その屋外のイベントスペースに設けられたステージの裏で、俺たちは自分たちの演奏が巡ってくるを待っていた。


「寒すぎてチューニング合わないんだけどー。もうこれ以上は管差し込めないし」


 音を出さないよう息だけを楽器に吹き込みながら、不満たらたらに徳森さんが漏らす。気温が低いと楽器内部の空気が冷えて、密度が上がってしまう分だけ音が低くなってしまうのが管楽器の特徴だ。


 本来ならもう一度音を出して音程を合わせておきたいのだが、ステージでは地元企業の何とも言えないマスコットがダンスを披露しているようで、電波なソングが流れている。


「笠縫北中そろそろ出番です、準備してください」


 スタッフの呼びかけに俺たちは「はーい」と答え、ぞろぞろと歩き出す。今年度に入ってだいぶ回数もこなしたおかげか、本番直前だからと平静を保てないほど緊張する子はすっかりいなくなってしまったようだ。


 マスコットと交代する形でステージに上がると、寒い中足を止めて見物していた親子連れやお爺ちゃんお婆ちゃんがぱちぱちと拍手を贈る。普段よく買い物に来るショッピングセンターの風景も、ステージの上から見るとまるで特別な空間に思えた。


「メリークリスマス、皆さんこんにちは! 私たちは笠縫北中学校吹奏楽部です」


 マイクを手にした徳森さんが呼びかけると、通り過ぎようとしていた買い物客も足を止める。若い女の子の声というのは、化学では解明できない謎の吸引力があるようだ。


「本日はお集まりいただきありがとうございました。皆さん、クリスマスはいかがお過ごしの予定でしょうか?」


 見知らぬ大勢の人たちを前にしても、徳森さんは普段と変わらぬ堂々とした様子で挨拶と部活紹介を済ませる。彼女の部長就任に関して当初は不安の声もあったものの、強心臓をもって振る舞う姿を見ればピッタリの大抜擢であったと言えるだろう。


「それでは心を込めて演奏しますので、どうぞお聴きください」


 一通りしゃべり終えたところでスタッフにマイクを返し、徳森さんは自分の席に戻る。そして前に立つ先生の指揮に合わせ、俺たちは『イン・ザ・ムード』の演奏を始めたのだった。


 サックスの旋律が心地良いノリノリのジャズ。リズム自体は緩やかだが、場面ごとに表に出る楽器も変わるので聞いてて飽きがこない一曲だ。それぞれの楽器が自分の目立つ場面になると自然と音を出すので、奏者も聞き手も曲の最後まで楽しむことができる。


 やがて演奏が終了すると観客から拍手が沸き起こり、俺たちは一礼してステージを降りたのだった。この寒い屋外では1曲が限界だ。


「笠縫北中学校吹奏楽部の皆様、ありがとうございました! 続きましては草津和太鼓倶楽部による和太鼓の演奏です」


 アナウンスをバックに俺たちは寒さから逃れるべく早足で移動する。そして店舗のバックヤードまでスタッフに案内されると、暖房の効いた会議室に戻ってようやく生きた心地を取り戻すのだった。


 会議室に置いたケースに楽器をしまい、荷物を回収する。その際、演奏のお礼としてお偉いさんから生徒一人一人にショッピングセンターで使える商品券500円分を手渡されたのは思わぬ幸運だった。


 使用期限はまだまだ先だから、今度買う新作ゲームの足しにするか……いや、むしろ母さんに450円で売りつけて現金化するのも良いかもしれない。


「これでしばらくは演奏会もご無沙汰かぁ」


 しっかりとカバーをかけたコントラバスを持ち上げながら、松子がちょっと悲しそうに息を吐く。


 3年が抜けて人数が少ないので引き受けにくい事情もあるのだろう、アンサンブルコンテストに出場する金管八重奏を除き、カサキタ吹奏楽部の次の本番は現時点で3月まで無い。3か月も予定が空いてしまっては、張り合いも無くてつまらないだろう。


 次の本番は卒業式直前の3月中旬、守山市民ホールで開かれる滋賀県中学校合同演奏会だ。これは吹奏楽部員にとっては1年間の総決算に位置づけられるイベントであり、評価の対象にならない演奏会では5月の吹奏楽祭に並ぶ。


 またこの3月という時期は中高生の定期演奏会の多いシーズンであり、特に強豪では公立中学であってもホールを借りて2時間近くに及ぶ演奏会を開催している。合同演奏会も元はそういった単独で定期演奏会を開けない学校が集まって発表する場として始まったようだが、近年では強豪校も各自の定期演奏会で使う中から1曲をセレクトして参加しているらしい。


 そしてこの頃には県内公立高校入試も終わっているため、受験地獄から解放された3年生も合流して本番のステージに立つのがほとんどだ。彼らにとっては中学生活最後の演奏会であり、中学最後の思い出になる。


 ちなみに私立志望や推薦入学で早めに進路が確定した生徒は、2月中から練習に参加する。今年の3年で私立を専願する人の話は少なくとも俺の耳には入っていないので、場合によっては全員3月上旬にならないと戻ってこないかもしれない。


 そんな比較的余裕のある日程のためか、本番でやる曲は『風紋』とチャレンジしてみることにした。1987年の吹奏楽コンクールの課題曲であるこの曲は、今でも高い人気を誇る一曲だ。


 旋律は実に日本的で壮大。ゆったりとした明確なメロディーラインの曲調で、大河ドラマのメインテーマ曲ですと言われるとすんなり信じてしまいそうだ。


「おいおい、お前らは気楽かもしれねーけど俺たちは今からもう本番に向けてびくついてんだぞ」


「あーゴメンゴメンメンゴメンゴ。本番ウチらみんなで応援行くからねー」


 てへっと舌を出す松子。


 アンサンブルコンテスト県内地区予選までもう2週間を切っている。12月24日に終業式、その翌日25日の本番は、これまで過ごすクリスマスとはまったく異質なものになりそうだ。




 数日後、俺と母さんは教室の椅子に並び、担任のおじいちゃん先生と向かい合って話し込んでいた。


 学期末の三者面談だ。受験本番まであと1年、俺たち2年生も迫り来る人生初の試練の重大さをうっすらと感じ、どのレベルの高校を受けるべきか考え始める時期とあって、先生もいつも以上に真剣な顔で俺たち母子に話しかける。


「砂岡くんの良いところは勉強ももちろんですが、部活動でも大活躍している点です。名実ともに吹奏楽部の顔として今のカサキタ吹奏楽部に無くてはならない存在ですから、教員の間でも注目されていますよ」


「はあ、ありがとうございます」


 開始早々いきなり褒められ、俺はぺこりと頭を下げた。男子の吹奏楽部員自体が珍しいこの学校では、俺は良い意味でも悪い意味でも目立つのだろう。


「成績も常に上位をキープしています。これなら石鹿高校も狙えますよ」


 ほっほっほと笑いをこぼす先生に、俺は「あの先生、実は志望校なんですが……」と恐る恐る告げる。だが先生は俺の意図を読み取ってくれたようで、こくんと頷きながら「ええ、聞いております」と返したのだった。


「京都の東寺町高校を志望されるのですね。個人的には石鹿も受けてほしいところですが、高校でも吹奏楽を続けたいのなら東寺町は最適でしょう。しかしここは難関私立ですので、入試で出題される問題の質が普段解いている問題とは性質が違いすぎます。ここに入るために小さい頃から受験対策をしている子も大勢います。もし本気で受けるなら、学習塾に通うなりしてしっかりと対策を講じなくてはならないでしょう」


「やっぱりそうですか……」


 俺と母さんはそろって顔を見合わせた。


 同日開催の県立高校の一般入試において、出題される内容は偏差値の高い学校も低い学校も同じだ。そのためハイレベルな進学校を志望する受験生はまあまあの難度の入試問題で8割や9割を目指し、取りこぼさないようにといった心持ちで本番に挑むことになる。


 しかしそもそも受験生の質が高い難関私立の入試の場合は、元から勉強のできる子をより選別するため、言うなればイジワルな出題が非常に多い。公立中学の定期テストで満点に近い点数を取れていた子が、入試では半分も取れなかったなんてこともザラにある。


 面談を終えて廊下に出た俺は、がっくりと肩を落としながらため息を吐いた。これから始まるアンサンブルコンテスト、そして来年夏のコンクールでは今年よりもっともっと上を目指したい。だがそのためにはこれまで以上に練習に打ち込まねばならず、それでいて学習塾にも通うとなると本当に両立できるのか不安で仕方なかった。


「あんた、塾行かないと厳しいってさ。お母さんは今からでも通っていいと思うけど、あんたはどう思う?」


 背中から母さんが話しかける。先生の話ではまだ余裕はあるそうだが、後になればなるほど受験対策はキツいものになっていくだろう。


「とりあえずアンコン終わったら考えてみる」


 俺はそう呟いて廊下を歩き始める。それを聞いた母さんは何も言わず、後ろについて歩いていた。


参考音源

『風紋』

https://www.youtube.com/watch?v=o8uecF45aC4&feature=emb_logo

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