第十八章その6 審査の真実
「うっまぁ!」
俺の焼き上げた広島風お好み焼きを頬張る松子たち。普段口にしている大阪風とは全く異なる食感に、みんな満足至極のホクホク顔だ。
「ホント、砂岡にこんな隠れた能力があったなんてねぇ」
あの徳森さんですらぱあっと目を輝かせ頬を紅潮させている。お好み焼きは地球を救う、とはよく言ったものだな。
「本当はここにイカ天や麺も入れるんだけどな。モヤシも入れるとより一層美味いよ」
俺が得意げに解説すると、宮本さんが「そっか、野菜たっぷり食べられるんだね」と最後の一口を名残惜しそうに口に運ぶ。
あの高層キャベツタワーも、軽く押さえながら熱を通すとしなしなに萎んでしまう。なのでこのお好み焼き、見かけ以上に中身がぎっしりと詰まっているのだ。
「先輩、将来お店出せますよ、お好み焼き『ユーフォ吹きの年中無休』って」
宇多さんの提案に「店主が過労死しそうな屋号だな」と苦笑を返す。なんでそんな『トランペット吹きの休日』みたいな店名なんだ?
「砂岡っち、美味そうだなー」
その時、調理台の縁に顎をのっけた女子生徒が前髪のヘアピンに光を反射させながらぶすっと話しかける。別の机から出張してきたアルトサックスの工藤さんだ。
「金管ばっかずるいぞ、私らにも食わせろー!」
「そーだそーだ、クラがいないと誰がメロディー吹くんだぁ」
工藤さんに追従するように、木管パートの連中が騒ぎ立てる。広島風が大好評なのを見て、彼女らも賞味したくなったのだろう。
「じゃあすぐ作るから、ちょっと待ってて」
ここまでくるとご期待には応えねばならない。俺は第二弾を作るべく再び生地を垂らし、そしてものの10分もかからずにもう1枚を焼き上げたのだった。
「えへへ、ありがとさーん」
焼きたてのお好み焼きを移した大皿を抱え込んで、机に戻る工藤さん。
「うちら落としたあんた達のこと一生恨もうって思ってたけど、これでチャラにしてあげるわ」
去り際にそう言い残すサックス組に、俺は「意外と浅いな、一生の恨み」と笑い返す。
その後も他の部員に頼まれ、俺はずっとお好み焼きを作り続けていた。その代わりに他のテーブルが作った大阪風お好み焼きをもらい、いつの間にか俺の班の調理台はあちこちから集まったお好み焼きの皿で埋め尽くされていた。
よくよく考えてみたらこれ、全部女子の手料理だぞ。それを大量にいただける俺って、かなりの役得なのでは?
「あ、えぐっちゃんの焼いたこれ美味しい!」
その一部を切り取ってもしゃもしゃと食する松子。俺が焼いて徳森さんが具を切って、と役割分担が行われている中、こいつ食ってばっかりだな。
「おい食欲魔人、俺の分残しとけよ」
「わかってるよー」
やがて広島風が部全体に一通り回ったようで、俺の元に新たなオーダーが入らなくなった頃にはみんな各々お好み焼きを肴に友達同士の談笑に耽っていた。やれやれ、これでようやく俺もお好み焼きにありつける。
「砂岡くんお疲れ様。砂岡くんの分、切り分けておいたよ」
ふうっと汗を拭っていたところで、マジ天使宮本さんがお好み焼きの盛られた皿をすっと突き出す。
「お、ありがとー!」
だいぶ不揃いでぐちゃっとなっているけど、彼女の手が入っているという事実だけで僕嬉しいよ!
「ねえ砂岡、宮本」
だがその時だった。まるでこのタイミングを狙ったかのように、徳森さんがそっと近付いて声をかけてきたのだ。
そのただならぬ雰囲気に俺と宮本さんが「どうしたの?」と返す。直後、徳森部長は周りをちらっと一瞥するとこちらに顔を近づけ、俺たちにしか聞こえない小さな声で続けたのだった。
「実はさっきてっしーから聞いたんだけど、オーディションの点数はサックスが一番だったんだって」
「え、そうなの!?」
大声を出して驚いてしまいそうなのをぐっとこらえる。
「じゃあ何で?」
「制限時間オーバー。あの子ら5秒長かったみたい」
俺も宮本さんも言葉を失った。
音楽のコンテストにおいて時間厳守は絶対条件だ。たとえ1秒であってもアンコン本番でやらかせば失格となり、評価の対象にはならず銅賞すらもらえない。
「でもいくらなんでも厳しすぎだろ。それなら本番までにもっと速く吹けるようになればいいだけじゃ?」
俺が小声で言うと、徳森さんは首を横に振った。
「部内オーディションも本番だからってのがてっしーの理由。音楽は普段から努力していないと本番それ以上の演奏はできない、大事な局面で重大なミスするようではとても本番も乗り切れないからって。このことは工藤たちももう知ってるみたい」
そこまで聞かされ、俺は「そうか……」と黙り込んでしまった。
工藤さんたちも相当辛いだろうに、俺たちの前ではそんな顔は少しも見せなかった。もし俺が同じ立場だったとしたら、不平不満を垂れて審査員まで抗議しに行ったかもしれない。
「私たち、本番でもう下手な演奏できないね」
宮本さんは口元だけ笑わせながらも、強い眼差しをこちらに向けて呟く。
今日のオーディションがいかに重いものであったのか、そして金管八重奏にかけられる部員たちの想いがどれほどのものかを俺たちは改めて思い知らされていた。
「ま、これは他の学校も一緒でしょ。そんなんと競うんだから、ここからもド真剣にやっていかないとね」
そう言って徳森さんは俺と宮本さんの背中をパシンと叩くと、その場をすっと離れる。そして他のメンバーのおしゃべりの輪に入っていったのだった。
そこから1か月ほど、カサキタの生徒の間で広島風お好み焼きがちょっとしたブームになったのはまた別のお話。




