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第十八章その5 『広島焼き』だとぉ!? バカ言うな、お好み焼きのスタンダードはこっちなんだよ!

 めでたく金管八重奏がカサキタの代表に決定し、俺たちもみんなの前に立って「みんなの応援を受けて、最高のアンサンブルを仕上げます!」と宣言する。


 それから30分後、吹奏楽部員は次の発表に向けて練習……というわけではなく、なぜか家庭科室にいた。


「徳ちゃん、上手いね」


 はーんと感心の声を漏らす松子。その視線の先では、徳森さんが正確かつ素早い包丁さばきでキャベツをざく切りにしていた。


「家で手伝いよくやってるからね。親が仕事でいない時とか、弟といっしょにお好み焼きよく作るよ」


 なるほど、お姉ちゃんって逞しいんだな。青ネギを切りながら、俺は頷く。


「で、宮本。あんたその手付き、何なのさ?」


 2玉目、3玉目とキャベツを切り終える徳森さんの隣では、同じく包丁を手に取った宮本さんが豚肉相手に格闘していた。なんか……ぐちゃぐちゃで不揃いだな。


「みやぽん、もしチューバ吹けなかったらユーフォ吹けない砂岡より悲惨だよ」


 松子からの忠告に、宮本さんはやや顔を赤らめて「怖いこと言わないで!」と反論する。


「ささやかに俺を巻き込むな」


 当然ながらこっちもこっちで突っ込んでおかないと。でもまあ、宮本さんといっしょなら満更でもない。


 結果発表後、家庭科室まで案内された俺たちを待っていたのは調理台ごとに置かれたホットプレートとキャベツや小麦粉といった食材、それらをせっせと準備する大久保さんと東さんだった。


 なんと審査員の皆さんは、この時間にお好み焼き会を企画してくれていたのだ。一種の打ち上げだろう。ラグビーの試合後に行われる敵味方入り交じっての食事会みたいなもんだ。


 まさかの展開に部員たちは一瞬面喰らったものの、徳森さんや松子、たくちゃんあたりがハイテンションでのっかったおかげでノリが伝搬し、いつの間にか部員たちはお好み焼きの準備に熱を入れていたのだった。


 ちなみに家庭科室の使用に当たっては、他の先生からきちんと許可をもらっているらしい。手島先生のこういう根回しの上手さは俺たちの予想を超えている。


 2年生が食材を切り終えたところで、1年生が水と小麦粉を混ぜたボウルを持ってくる。1年生ではたくちゃんと江口さんがこの手の作業は慣れっこのようで、どのボウルもダマにならずとろとろの生地が出来上がっていた。


「じゃあこの切り終えた食材を」


 ここで徳森さんが細かく切ったキャベツの入ったボウルをすっと持ち上げる。次の瞬間、俺は自分の目を疑った。


 なんとこの女、細かく切った野菜を躊躇なく、生地の中にドボドボと落としやがったのだ!


「ちょ、ちょっと待て!」


 俺はボクシングのレフェリーよろしく、声を張り上げて手を伸ばす。当然、徳森さんは怪訝な様子で「何なのさ?」と手を止めた。


「小麦粉と混ぜるって、何だよその奇妙な作り方は!?」


「奇妙って、具と混ぜないとお好み焼き作れないじゃん」


「いやいやおかしいだろ、お好み焼きってのは生地、キャベツ、肉を重ねて、それをひっくり返して蒸し焼きにするもんだろ!?」


 それで最後は卵を落として黄身を潰し、そこに重ねてようやく完成だ。これぞ王道、混ぜ合わせなんて邪道も邪道。


 だが俺の力説虚しく、家庭科室にはでっかい「は?」の大合唱がこだましていた。え、何この疎外感?


 そんな中ただひとり、松子が「ああ、そういうことね!」と手を打ち鳴らす。


「みんなー、砂岡が言ってるのってあれだよー、ほら、広島焼き!」


 聞いて徳森さんも「あーそうか」と納得したように頷いた。


「砂岡、私ら今作ってるのお好み焼きだから。広島焼きじゃないから」


「ひ、広島焼きぃ!?」


 こめかみの血管がぴくぴくと脈打つ。耐え切れず、俺はまくしたてた。


「いやいやいや、お前らの言う広島焼きこそお好み焼きのスタンダードでしょ!? だいたい混ぜ合わせたらせっかくの野菜の食感、全部台無しになっちまうじゃねえか。そもそも広島じゃ広島焼きなんてワード、誰も使わねえよ!」


 今年のカープ弱いね、なんて言葉はもう感覚が麻痺してしまうくらい浴びせられているのでまだ耐えられる。だがしかし、我らがソウルフードのお好み焼きを愚弄されることだけは絶対に許せない、そんな県民の思いの丈を俺はぶちまけていた。


 だが俺の魂の叫びなど彼女らにとっては心底どうでもいいようだ。徳森さんははぁーと呆れたように深くため息を吐いて、メンド臭そうに返したのだった。


「そんなん気にしてちゃ持たないよ。ほら言うでしょ、ドブに入ってはドブに染まれって」


「郷に入っては郷に従え、だよ」


 間髪入れず松子が訂正を入れる。


 しかし現状、この家庭科室にいる人間は俺を除いて全員が関西風とかいうぐちゃぐちゃに混ぜた食べ方を常識だと思っているらしい。こんな場でいくら俺が正義を説こうとも、その言説は圧殺されてしまうだろう。


 どうしたものか。俺はぎりりと歯を食いしばり、この圧倒的不利を逆転すべく思考を張り巡らせる。


「じゃあせっかくだしさ、砂岡くん作ってみてよ、広島風お好み焼き」


 そんな時だった。宮本さんがさもナイスアイデアと言いたげに口を開いたのだ。


「そうだねぇ、砂岡作れる?」


「砂岡先輩、期待してます!」


「そこまで言うんなら美味しいんでしょうね?」


 チューバ奏者の鶴の一声に、他の部員たちの目の色が変わる。砂岡のアホ、いつにも増して何言ってんだ、といった表情から、広島風お好み焼きってどんなものだろうという興味に、流れがシフトしていた。


 しめた。俺はにやりと口角を上げる。


「いいだろう、お前らに本物のお好み焼きってモンを見せてやる。もう二度と広島焼きなんて言葉、言わせねぇぞ」


 ありがとう宮本さん。あなたの吹かせてくれたこの追い風、めいっぱい乗ってみせます!




 部員たちが見守る中、十分に温めたホットプレートの前に立った俺は、水と小麦粉を混ぜて作った生地をおたま1杯半くらいだけよそい、鉄板の上に垂らす。そして固まらない内に、おたまを使って生地を薄く円形に広げたのだった。


「クレープみたいですねぇ」


 トロンボーン1年生の宇多さんが興味津々と言った様子でホットプレートを覗き込む。


 ここで俺はかつお節の袋を開け、まだ固まり切っていない生地にまんべんなくふりかけたのだった。


「え、もうかつお節使うの?」


 ぎょっと驚く徳森さん。俺はかつおをばらまきながら「本当は削り節がいいんだけど、今は無いから代わりにね」と返した。


 手を止めず、今度は生地の上にざく切りにしたキャベツを載せる。文字通り山盛りに、バベルの塔ならぬキャベツの塔を築く勢いで。


「そんなに載せて大丈夫?」


「だろ? でもこれからしなしなになるから一気にカサが減るんだぜ」


 それだけではない、キャベツの上にさらにネギ、肉と具を重ね、鉄板の上のお好み焼きはまるで何層にも分かれたハンバーガーを連想させる見た目になっていた。


 そこにとろっとろの生地をちょびっとだけ、上からまんべんなく垂らし、しばらくの間加熱を続ける。そしてしっかりと火が通ったところで、両手のヘラを使ってキャベツ山盛りのお好み焼きをくるりとひっくり返すのだ。


「砂岡先輩、手つきすごいですね!」


「ホント、お店出せそう」


 口々に感心の声をあげる部員たち。なんだかここまで褒められるのって、演奏含めても初めてかもしれない。


「小学校の時、婆ちゃんから教わったからな。30年間、近所のお好み焼き屋の手伝いしてたんだよ」


 ひっくり返した生地をヘラで軽く押さえて中の具を蒸し焼きにしながら、俺はしみじみと語った。


 そう、うちの婆ちゃんは焼け野原になった広島で少女時代を過ごし、予科練から帰ってきた爺ちゃんと結婚してからは世間が高度経済成長で活気を取り戻す中、店に立って父さんら3人の子どもを育て上げたのだ。


 今は70を迎えて引退してしまったが、長年培ったヘラさばきは衰えを知らない。その婆ちゃん直伝の妙技、とくと見るがいい!


 最後にしっかり焼けたところで、鉄板の空いたスペースに卵をひとつポンと落とす。普通ならそのまま目玉焼きができてしまうところ、俺は素早くヘラで黄身を潰してさっさと焼き固めた。


 ここからが一番神経を使う。焼けた卵の上に、すっかり出来上がったお好み焼きを下側から持ち上げて慎重に重ねるのだ。


 そしてもう一度ひっくり返し、お好きなだけソースをかけて完成だ。


 我ながら会心の出来。久しぶりの挑戦だが、なかなかに上手くできたのではなかろうか。


「砂岡、すっごい!」


 部員たちから盛大な拍手が巻き起こる。見ると審査員の先生方も素直に驚いて、ひたすらに手を打ち合わせていた。冗談抜きに、オーディションの時以上の大喝采だぞ。


 この盛り上がりに俺はすっかり調子に乗ってしまっていた。


「さあ、ご賞味あれ」


 そう言ってすっと手を差し出し、じゅうじゅうと湯気をあげる広島風、もとい正統なるお好み焼きを彼らに示したのだった。


 食ってみろよ、マジで違うから。

作者は広島風も大阪風もどっちも好きですよ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 砂岡がむっちゃ早口で長文になる描写が良かったです。昔広島出身の人に何の気なく広島焼きと言ってしまったときもこんな感じでした [一言] 広島焼きと呼んだ方が名物っぽくていいじゃんと思ったりも…
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