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第二章その1 序曲「祝典」

「フルートはこう息を斜め下に向ける感じで吹くの。ほら、やってみて」


「トランペットはね、このマウスピースってのをバズイングして音鳴らすんだ。手を口に当てて、ぶるぶるって震わせる感じで」


 部活紹介から1日。思わぬ反響を呼んだ吹奏楽部には、大勢の新入生が見学に訪れていた。音楽室のあちこちで楽器に触れ、その新鮮な感覚を味わう。リコーダーとは鳴らし方がまったく違うため、最初いくら息を吹き込んでもまるで音が出ない。だが部員からのアドバイスを受けてようやく音が出るようになれば、「鳴った!」と満面の笑みを周りの友達に向けるのだった。


 そんな大盛況の中、俺と松井さんは天井を見上げたままボゲーっと突っ立って並んでいた。


 俺たちの前に置かれているのはチューバ、ユーフォニアム、そしてコントラバス。いわゆる低音パートの楽器たちだ。


「全然来ないね、人」


「なんでだろうな」


「なんでだろう、なんでだろう」


「うちのパートに見学が来ないの、なんでだろ~」


 そしてふたりそろって手をくいっくいっと動かす。現在一世を風靡している某お笑いコンビのあれだ。


 まあ低音を奏でる者として、原因は最初からわかり切っている。花形のトランペットやフルート、見た目のカッコいいトロンボーンやサックスとは違い、うちはとにかく地味でカッコ悪い。


「なあ松子、どうやったら見学って来ると思う?」


 ふと隣の松井さんに声をかける。ちなみに松子とは松井さんのあだ名だ。クラスの女子が使っていたのが妙にしっくりきたので、使わせてもらっている。


「とりあえず、このチューバじゃ吹きたいって思わないよ」


 松子がびっと楽器を指差す。俺は「だよなー」と納得するしかなかった。


 この学校は創立30年ほどとそこまで古くないはずなのに、チューバはまるで戦前から使っているのかと疑ってしまうボロさだった。かつて黄金色に輝いていたであろうメッキは剥がれて白く変色し、誰かがぶつけてしまったのかあちこちに凹みがあるし、そして極めつけは金属がダメになっているのか管の一部がテープでぐるぐる巻きにされて補強されてる。こんな楽器を持って舞台の上に立つなんて、正直恥ずかしいよ。


「ちょっとあんたたち、ボケっとしてるくらいなら曲の一つでも吹いてアピールしたらどう?」


 いつの間にやら俺たちの前に立って声をかけるのは俺を除いて唯一の男子部員、トロンボーンの筒井先輩だ。その手には印刷したばかりのA4サイズの紙束を持っていた。


 180cmはあろう長身に、すらっとした体躯。顔立ちも整っており一見女子受けは最高なのに、なぜよりにもよってこの話し方なのか。ちなみに副部長である。


「低音にひとりでできる曲って、あんまし無いですもん」


 松子がむっと頬を膨らませる。背は高いのにハムスターみたいなヤツだな。


「聞いたウチがバカだったわ。ところで吹奏楽祭の曲が決まったから、暇見つけて練習しといてね」


「吹奏楽祭?」


 聞きなれない単語だ。尋ねると、先輩は丁寧に教えてくれた。


「5月の運動部が中体連に行ってる最中、滋賀県内の吹奏楽部はみんなで集まってホールで演奏会をしているのよ。コンクールみたいに評価はされないけど、夏のコンクールに向けての試金石になっているわ。それに強豪校の演奏は、じっくり聞いておくべきよ」


「まあ、ウチらには無縁な話だけどねー」


 松子がはっはっはと笑うのを無視し、俺は「曲は何ですか?」とさらに訊いた。


「これよ」


 先輩が持っていた紙束の中から1枚、ぱらりと俺に渡す。


 ユーフォニアムパートの楽譜だった。そして曲のタイトルを目にした瞬間、俺は「わあ!」と声を漏らした。


「『序曲「祝典」』ですか! めっちゃ有名じゃないですか」


「あら、よく知ってるわね」


「コンクールやれば絶対どこか1校は自由曲に選んでますよ」


 吹奏楽に携わる者の間では定番中の定番だ。特徴的な小刻みの出だしと、続く低音楽器の重奏は非常に耳触りが良く、一度聞けば誰もがその旋律を覚えてしまう。


 俺は早速楽譜を広げ、指使いを確認する。そして愛器ピエールを手に取ると、出だし4小節目から始まる低音の主旋律をさわりだけ吹き始めたのだった。


「あ、これ聞いたことある!」


 松子もぽんと手を鳴らした。


「このメロディー、カッコイイね!」


「トロンボーンもここ吹くわよ。敏樹、楽器紹介終わったらここ吹く人で集まってパート練習しない?」


 なかなかに好感触のようだ。俺の音に反応した1年生も「何だ何だ?」と言いたげにこちらに目を向けている。


 いいぞいいぞ、もっとみんな低音に注目してくれ!


 だが結局この日、低音楽器を試した1年生はほんの片手で数えられるほどだった。


 低音パートの不人気さは目に余るものがある。もしユーフォなんてドクソマイナー楽器が有名になるとしたら、それはドラマかアニメで主人公が使いでもしない限り無理だろうな。





参考音源

『序曲「祝典」』

https://www.youtube.com/watch?v=JAhdCYqOZHA

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?この話があった時には既に響けユーフォはメジャーだったような?って思わず確認したのは俺だけではないはず・・・
[一言] まさか吹奏楽で来るとは想定外だw 楽しみが増えました、更新頑張って下さい。
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