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第十六章その2 一番の仲良しパート

「砂岡くん、どう?」


 廊下での練習中、チューバをそっとずらした宮本さんがぱちくりとした目をこちらに向けた。


「うーん、この曲、思った以上に難しいな」


 尋ねられた俺は昨日配られたばかりのアンサンブルコンテスト用の楽譜をじっと睨みつけ、眉間にしわを寄せる。


 曲のタイトルは『もう一匹の猫「クラーケン」』。金管十重奏の原曲を、金管八重奏にアレンジした一曲だ。


 手島先生は部員全員を複数のグループに分け、それぞれに合わせた楽譜を配っていた。本来ならひとりひとつのグループに割り振るのが理想なのだが、うちは部員の数が少ないので編成の都合上やむを得ず2組を掛け持ちしている者もいる。それでも経験の差を問わず全員に出場のチャンスを与えられ、部員ひとりひとりのモチベーションは驚くほどに高まっていた。


 ちなみにユーフォパートの俺が組んだのは金管八重奏だけだ。同じ金管でもトランペットやチューバは色んな編成で頻繫に使われるというのに、こういうところはマイナー楽器の辛いところだな。


 ちなみにうちの金管八重奏は、以下のような編成になっている。


トランペット 3

ホルン 2

トロンボーン 1

ユーフォニアム 1

チューバ 1


 この曲は最初から最後まで、アニメ映画のような軽快なメロディーが流れるのが特徴だ。その旋律をトランペットにトロンボーン、ユーフォとそれぞれが入れ替わり立ち代わりで演奏する。特にユーフォは中盤だれてきたところで曲の雰囲気を変えるような旋律をしばらくの間ひとりで吹き上げねばならない。


 そしてこの楽しげな曲調をうまく聞かせるためには、しっかりと芯のある音色をひとりひとりが実現せねばならない。詰まっていたり、自信が無くて弱々しい音などもってのほかだ。


 もう30分後には音楽室を借りて、8人で音を合わせてみようということになっている。それまでには少なくとも楽譜の通りには吹けるようになっておきたいのだが……中盤のほぼ独奏は音符で表すとすっげー複雑なリズムでパニクってしまいそうだな。


 そんな時、別の教室からチューニングを合わせる音が聞こえる。


「あ、サックスが先に練習始めたみたい」


 宮本さんがそっと耳に手を添える。


 やや機械的なノイズのかかったような、サックス独特の音色。まろやかな金管の響きとはまったく違う、周囲の雑音さえ押しのけてぐいぐいと突き進んでくるようなシャープなサウンドだ。


 うちの学校のサックスを総動員したサクソフォン三重奏の奏でる和音は、まるで一本の楽器から放たれれているようだった。やがて始まる細かい刻み。ぱっと聞いただけでは不規則で不安定なリズムに思えるも、妙な調和がとれてひとつの曲を形成している。


「ずいぶんと気合入ってるな」


「あそこは萌衣もえちゃんが引っ張ってるからね」


 宮本さんの言う萌衣ちゃんとは、アルトサックス2年の工藤萌衣さんのことだ。3年が引退した今、工藤さんはサックスパートどころか木管楽器全体の顔になっていると表現しても過言ではない。金管で先頭に立つのが徳森さんだとしたら、木管のオピニオンリーダーは工藤さんと言える。


 サクソフォン三重奏はアルト、テナー、バリトンそれぞれ1本ずつが各パートを担当している。曲によってはソプラノサックスに持ち替えることもあるが、今回は3人とも最後まで同じ楽器を使い続ける。


 彼女らが挑む曲は『パッション』だ。タイトルの通り激しくリズムを刻む冒頭から始まり、激情が静まって落ち着いた曲調になったかと思ったら、今度は思わず身体を揺らしてしまいそうな軽やかな旋律が待ち構えている。まるで喜怒哀楽のそれぞれを極端なまでに表したような、複雑なリズムが連続する難曲だ。


 そんな聞くからに一筋縄ではいかない曲ではあるが、我が部の誇るサックス3人組は普段はおちゃらけているものの、練習となれば抜群の集中力でそれぞれの腕を磨いている。スイッチのオンオフの切り替えの上手さは、部内全体でも最も優れたパートと言えるだろう。


 そもそもサックスパートは3人とも、一見すると雰囲気がよく似ているのだ。ビジュアル面で抜群にカッコいいサックスという楽器を選んだ彼女たちは、それぞれ常日頃おしゃれに気を使って非常に華やかな見た目をしている。休日にはみんなで連れ立って四条河原町を歩いていそうだ。ここら辺、髪の手入れが楽だからとボブカット一筋の松子や、自分が好きだからの一心で今なおルーズソックス道を貫き通す徳森さんとは大きく異なる。


 とはいえ見た目は似ていると言っても、性格はてんでバラバラなのもまたおもしろいところ。アルトの工藤さんが自ら積極的に前に出ていくタイプだとすれば、テナーの1年生はその1歩後ろについて変な方向に進んでいきそうになったらぐいっと軌道修正するタイプ、そしてバリトンの2年生は3歩後ろからふたりを見守りながらのんびり追いかけるタイプだ。


 こんな微妙に性格の違う3人とも、仲はめちゃくちゃ良い。全員が違って当然、それを踏まえて遠慮なくずけずけとモノを言い合う雰囲気が3人の間で漂っている。


 ちなみに俺が前にいた学校でも、サックスパートのメンバーは概ねこんな感じの性格だった。元来の性格が楽器選びに反映されるのか、楽器に性格が引きずられてしまうのか、その答えは永遠に謎のままである。


「昨日から練習始めたばかりだなんて、信じられないくらいに上手いね」


 サックスの練習に耳を傾けていた宮本さんが驚いたように漏らす。互いによく知った3人の演奏はまだまだ粗削りではあるものの、すでに各自どこに気を付けるべきかを把握しているようだった。


「こりゃオーディションで一番のライバルになりそうだな」


「少年漫画みたいな展開だね。ぶちょ……藤田先輩が食いつきそう」


 冗談を交わし、へへへと笑った顔を見せ合う俺と宮本さん。しかしサックスの見事な演奏を傍らにした俺の胸の内では、先行き見えない不安の感情が沸々と湧き上がっていた。


 1年がひとりだけのサックス三重奏に対して、うちの金管八重奏は1年生が5人と半分以上を占める。中学生の年代における1年の演奏経験の差は非常に大きく、いくら県大会で優秀賞を取ったからといえど個々人の技術はまだ未熟だ。


 下手すれば俺たちは、彼女たちのライバルにすらならないかもしれない。


参考音源


『もう一匹の猫「クラーケン」』

https://www.youtube.com/watch?v=DfDABGVpZqs


『パッション』

https://www.youtube.com/watch?v=T7qkO0PgHuE&list=PL8KyHz3OLOKB0FXLGQud5BPMCaBb4EnNk&index=14&t=0s&app=desktop

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