第十六章その1 新たなる火種?
10月も半分が過ぎ去ってしまった頃、2学期の中間テストがようやく終了する。しばし錠が下ろされて誰も立ち入ることができなかった部室にも、放課後になると吹奏楽部員が続々と集まっていた。
「皆さん、お疲れさまでした。テストの出来はいかがでしたか?」
部員たちを前に、指揮台の上で微笑みながら首を傾ける手島先生。もう半年もいっしょにいると、この笑顔の裏には絶対よからぬ感情があるということを部員たちもすっかり学習している。
「もうマジ最悪」
トランペットの徳森さんがだらっと脚を開き、わざとらしく椅子にもたれかかる。
「あら、今一だったのですか?」
「数学とか全っ然わかんないし。マジ砂岡の顔見ると殴りたくなるわ」
「理不尽!」
勝手にイラつかれるという仕打ちに、俺は抗議の意を込めて声を張り上げる。
「砂岡、数学得意だもんねぇ。だからあとで一発殴らせて」
松子もついでといった具合に乗っかるので、「お前ら全員九九からやり直せ!」と俺は言い返した。
低音を中心としたいつものやりとりを見て笑い声に包まれる部室。やがてある程度空気も和んできただろうと、先生は「それでは皆さん」と切り出したのだった。
「早速ですが、次の楽譜を配りますので、パートごとに取りに来てください。来月の市民音楽祭では、こちらの曲を吹いてもらいます」
話しながら先生はばらりと紙束を見せる。
「次はどんな曲ですか?」
ホルン1年生の江口さんがそっと徳森さんに尋ねる。
「それは楽譜を見てからのお楽しみ!」
さっきの落ち込みは何だったのか、新部長の徳森さんは鼻歌まじりで立ち上がり、トランペットパートの楽譜を先生から受け取ったのだった。
各パートに楽譜が配られる。そして譜面を一目見た途端、明らかにポップスとは程遠いやや重そうな雰囲気の横文字タイトルに、部員はあちらこちらで「ん?」と首を傾げるのだった。
「えっと……ふぉるくろーれ……ふぉーばんど?」
見慣れぬ英単語を前にして、パーカッションのたくちゃんが眉をしかめる。外国からの輸入楽譜をそのまま使う場合、曲の正式な呼び方に困るのは音楽やってるとよくあることだな。
「日本語で言うと『吹奏楽のための民話』だよ」
困惑する後輩に、俺は得意げにコメントを返す。
「あ、それ聞いたことあるよ! どっかの学校がコンクールでやってた!」
この曲は松子も聞き覚えがあるようだ。そりゃそうだろう、何せ定番の中の定番、数十年にわたってコンクールで演奏され続けているお決まりのナンバーだからな。
急、緩、急の典型的な吹奏楽曲ではあるが、どこか物悲しさを孕んだ力強い主旋律は聞く者の関心をぐっと引き寄せる。中盤でトーンダウンすると旋律は陰鬱さをさらに増し、ホラー映画のBGMかと感じてしまうほどだ。
だが音の並びそのものの美しさゆえに為せる業か、後半に再び猛々しい冒頭部が蘇ると、まるでこのひとつの冒険小説を読み終えたような感覚に浸ることができる。民話とタイトルに付くだけあって、作曲者は古代の英雄譚をモチーフにしているのかもしれない。
ちなみになぜこの曲が取り上げられたかについては、俺が強くおススメに挙げたからというのが大きい。
文化祭翌日に開かれた打ち上げの後、俺と徳森さんの部長&副部長は部室に居残り、手島先生と今後の部の運営や選曲について話していた。その際に徳森さんが無謀にも『トランペット吹きの休日』を挙げてきたので、このままではまずいと比較的手軽かつお客さんに受けそうな曲ということで思いついたのだった。
「そしてアンサンブルコンテストですが、すでに出場のエントリーは済ませておきました」
配られたばかりの楽譜から、部員たちが一斉に目を離す。
本当に出るのかと感じ入ったり、やってやるぞと燃えていたり、それぞれ違った表情を浮かべて冬の一大イベントへの意気込みを表す。
アンサンブルコンテスト、通称アンコンとはその名の示す通り、小規模なグループでの重奏の出来を競うコンテストだ。夏のコンクールと同じく、こちらも県大会、支部大会、そして全国大会と一段ずつ勝ち上がっていく方式が採用されている。
出場チームは金管五重奏や木管八重奏など、3人から8人までの編成を組んでステージに立つ。曲も5分以内とコンクールに比べると短いため、弱小小規模校でも思わぬ好成績を収めてしまうこともあるのだ。
「ですがよく聞いてください。滋賀県ですと中学の場合、アンサンブルコンテストに出られるのは各校から1組だけです」
「ええ、そんなぁ」
「少なくない!?」
表情一つ変えず話す先生とは対照的に、部員たちは動揺を示していた。
俺も「え、マジ!?」と驚いてしまう。去年まで俺がいた広島県でも、各校の出場枠は2が割り振られていたのに……まさかたったの1とは。大会のレギュレーションが各地方の連盟によって大きく異なるのは困りものだな。
「誰が出るって、どうやって決めるんですか?」
「11月下旬にオーディションを行ないます。そこでどの編成がカサキタの代表になってもらうのか、選考したいと思います」
やっぱそうなるかと、俺は頭を押さえた。50人を超えない吹奏楽部ならコンクールには全員出場が原則になるだろうが、アンコンの場合は先に部内オーディションという狭き門を通過せねば、本番のステージにすら立てないのだ。
去年は俺もアンコン出場を目指して1年生中心の金管八重奏で頑張ってはみたのだが……部内オーディションの末に同じユーフォの羽鳥先輩はじめ各パートのトップ奏者を集めた金管八重奏と、パーカッションパート全員参加の打楽器五重奏が、激しい競争を勝ち抜いて出場を果たしたのだった。
ちなみに県大会では両方とも金賞。金管八重奏の方はなんと中国大会にも進出し、我が部初となる支部大会金賞を獲得する快挙を成し遂げている。
「11月のオーディションが終わったら、出場するチームは駅前ショッピングセンターのクリスマスフェアと並行して練習を進めます。忙しくなるでしょうし本番は12月25日なのでクリスマスどころじゃなくなってしまいますが、まあたまにはこんな聖夜もいいんじゃないでしょうか?」
珍しく冗談を飛ばす先生に、部員たちから「良くねえよ!」とツッコミが返される。
そう、アンコン最初の関門である県内地区予選の本番が行われるのは、なんと12月25日のクリスマス。しかもこれ、終業式の翌日だ。
つまりアンコン出場者は、ステージに立つ権利と引き換えにクリスマスの楽しみを失うことになるわけだ。しかももしここで通過したら、1月中旬の滋賀県大会にも出場するために冬休みがまるまる無くなってしまうという。
「あはは、マジでブラックなクリスマスは送りたくないわー」
そう笑い飛ばすのはアルトサックス2年の工藤萌衣さんだ。少しきつめに跳ねさせたショートヘアに、いつもピンク色の大きなヘアピンがはめられているのが人目を引く。
「それじゃあホワイトなクリスマスを送るために、萌衣は出場辞退ということで?」
そう毒づく徳森さんに、工藤さんは「違うよ徳ちゃん」とおおげさに手を振って否定する。
「ただ出場するだけじゃブラックもブラック。でも出場して県大会行ければ、それホワイトどころかレインボーじゃない?」
くりくりとした真ん丸な目を向けられて、徳森さんがむっと怪訝な顔を浮かべる。
普段は部内きっての仲良しギャルコンビと言えるふたりだが、この時ばかりはバチバチと静かな火花を散らしていた。
参考音源
『吹奏楽のための民話』
https://www.youtube.com/watch?v=oMOPPVk7uwM
『トランペット吹きの休日』
https://www.youtube.com/watch?v=OkYcKfqFNmM




