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第十五章その6 打ち上がり!!!

「あら、皆さん大盛り上がりですね」


 手島先生が遅れてやってきた頃には、いつもなら合奏の隊形で椅子が並べられている部室にはすっかり複数の机の島が形成され、それぞれで4~5名が集まってジュースとお菓子の袋を広げていた。


「ほらほら、てっしーも食べなよ」


 先ほど新部長に就任したばかりの徳森さんが足を組んで椅子に腰掛けながら、キャラメルコーンの盛られた紙皿をすっと突き出す。


 30人近い人数の前では、段ボールいっぱいのお菓子も大した量にはならない。だがそれはさしたる問題にはならないようで、解き放たれた部員たちは仲間同士のおしゃべりに興じていた。


 俺と宮本さん、松子の低音組は、トロンボーンの島に加わってお菓子とジュースをいただく。こういう時はコーラやオレンジジュースよりもコーヒーが飲みたくなるタイプなんだけど、部活のこういう場では用意されることはないわなぁ。


「松子、左手は大丈夫か?」


 俺はマシュマロを口に放り込みながら、隣に座る松子に訊いた。どうも今日一日、彼女はまるで左手をかばうような素振りを度々見せていたのだ。


「うん、今日これ終わったら病院行って、一度検査してもらう予定だよー。ホント、もう治ってるってのにお医者さんもしつこいよねぇ」


 弦バス奏者が左手首を見せつけながら苦笑いを浮かべる。だが彼女が痛み止めでドーピングしていることなど、ほとんどの部員たちもすでに気付いていた。


 もしここでやめろと言っても頑固な松子が聞くはずが無い。余計に頑なになって取り返しのつかないことになるよりは、平静を装う松子の強がりに乗っかってやろうと部員それぞれがおのずと選択したことで、この学園祭をなんとか乗り切ることができたのだ。


「松子ちゃん、なんだか今日ずっと嬉しそうだね」


 ポッキーをリスのようにかりかりと少しずつかじっていた宮本さんがふと尋ねると、松子はよくぞ聞いてくれたと言いたげにふふんと鼻を鳴らした。


「実は昨日さー、妹が見に来てくれたんだ」


 一瞬だけ、俺と宮本さんの視線が交差する。いつだったかお見舞いに松井家を訪れた時の出来事は、俺たちの胸の中でずっとわだかまりとして残っていた。


「何か話してたか?」


「うん、お姉ちゃんカッコ良かった、私も中学では吹奏楽部入るって。ピアノ以外にもいろんな楽器やりたいってさ」


 得意げに話す松子。浮かべているのは妹に誇れるだけの、自信に満ちた姉の顔だった。


「良かったね!」


「そうだよー、だから3年になったら1年で入ってきた妹をビシバシ指導するのがウチの直近の夢」


 その構図、最初の1週間でひっくり返る気がそこはかとなく感じられるのですが。


 そんな2年生の気楽なやりとりを見てか、ポテチの袋をパーティー開けにしていた筒井先輩が呆れた様子でため息を吐いたのだった。


「あんたたち、部活もいいけど日々の勉強も忘れないでよ。3年間なんてあっという間、一度遅れたら勉強はなかなか取り返せないんだからね。特にもうすぐ中間テストなんだから、今日家帰ったらテスト範囲の復習くらいやっときなさいよ」


「思い出したくもなかったよ……」


 なんてことを言うんですか。俺は両肘を机に突き、手に顎を載せてぐでっと脱力する。


 学園祭で最高潮に盛り上がった直後のテスト週間だ。学園祭の準備に追われて予習復習なんてまるで無縁の生活を送っていた生徒たちは、いきなりハードな現実に引き戻されるのがこの学校の年間行事予定だ。


「しばらく楽器はおあずけだな」


「私、今日お母さん呼んでチューバ取りに来てもらおっと」


 ポッキー1本を時間をかけて食べきった宮本さんがぼそりと呟く。俺もソフトケース借りて楽器持って帰ろうかな。


「そんなそんなー、砂岡成績良いんだからたまには周りに花持たせるつもりで、ノー勉で挑んでいいんだよ、ウチが許すからさぁ」


 松子が気持ち悪い猫なで声で俺の頭をすりすりと撫でる。だが直後、俺は「お前に何の権限があるんじゃ」とその手を振り払った。


「ところで松子ちゃん、文化祭終わったら次の演奏会って何があるの?」


「去年は11月に市民音楽祭があったよ。全然カッチリしてなくて、気楽な雰囲気の演奏会だったよ」


「それじゃあハデでノリの良い曲やりたいよな」


 そこまで難しくないので、と口には出さず付け加える。


 これまで部を支えてきた3年生が抜けてしまった今、カサキタのサウンドは冗談でなく貧弱に戻ってしまっている。人数でも音の質でも、先輩がいなくなることのダメージは大きい。


 ちなみに現在、1、2年生だけによる編成はこんな感じだ。


フルート 1

クラリネット 3

バスクラリネット 1

アルトサックス 1

テナーサックス 1

バリトンサックス 1

トランペット 3

ホルン 2

トロンボーン 1

ユーフォニアム 1

チューバ 1

コントラバス 1

パーカッション 2


 合計19人。チューバすらいなかった去年よりは断然マシだが、とても満足できる編成とはお世辞でも言い難い。


「で、そこからは3月の合同演奏会まで何もなかったなぁ」


「何カ月も空くのか、それだけってのは物足りないよな……あ、先生、次の本番はいつになるんですか?」


 俺は大きく声をあげ、隣の島で徳森さんらとお菓子をつついていた手島先生に声をかける。振り向いた先生の手には、なぜか全く似つかわしくないぼんち揚げがつままれていた。


「ええ、来月中旬に市民音楽祭があります。それからまだ返事はしていませんが、12月にも駅前ショッピングセンターのクリスマスフェアで演奏依頼がきていますよ」


「わあ、ウチらにもついに演奏依頼が!」


「クリスマスフェアって外でやるのかな? めっちゃ寒そう」


 感激の声を漏らす部員に、初めての出来事に二の足を踏む部員。反応は様々だが、面倒だとかイヤだとか不満を述べる者は誰もいなかった。


「それと去年は出ていなかったそうですが、今年はチャレンジしてみましょうか」


 続けて不敵な笑みを浮かべる手島先生に、聞いていた部員たちも「チャレンジ?」と首を傾げる。


「3年生が抜けても悲観することはありません。人数が少なくても音楽はできますから」


「あ、そうか!」


 俺はポンと手を叩く。


 そうだった、忘れてた。これからは夏の吹奏楽コンクールに次ぐ冬の一大イベントが待ち構えているのを、すっかり失念していた。


「はい、1、2年生の皆さんには、今年はアンサンブルコンテスト出場を目指してもらいたいと思います」


 にっこりと微笑む手島先生。だが直後、部室は「はぁー」と深い落胆のため息に包まれたのだった。


 部員たちはもういい加減学習してしまった。先生がこの笑顔を浮かべる時は、決まって裏に鬼のような練習地獄が隠されていることを。

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