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第十五章その3 文化祭本番

 アナウンスを終えた部長がマイクのスイッチを切って席に着く。同時にスタンバイしていた部員たちが楽器をかまえ、指揮者である先生に注目した。


 部員をぐるりと見まわす手島先生。がやがやと沸き立っていた観客の声も完全に静まったその一瞬、先生はタクトを振り上げたのだった。


 ドラムセットの3年生がシンバルを1小節軽く打ち鳴らし、テンポ184の軽やかなリズムで木管楽器が『大切なもの』の主旋律を奏で始める。金管は裏打ちと伴奏でその旋律をより鮮明に引き立たせていた。2巡目にはトランペットにシンバルも加わり、さらにきらびやかなメロディーラインを演出する。


 やっぱり人気曲だけあって聞き覚えある人も多いのだろう、観客の間で自然と手拍子が起こり、いつの間にか体育館内はひとつの大きな生き物のように連動して拍を打っていた。どこかから歌っているような声も聞こえるあたり、俺たちが想像した以上に観客も食いついているようだ。


 そしてこの曲は、後半ほどより一層盛り上がる。カラオケで歌えば声が裏返ること間違いなしのサビの部分は、高音楽器の本領発揮といった具合に高らかなハーモニーを響かせて体育館を包み込んでいた。


 普段聞く歌手の歌声とはまた違った音色。この違いを楽しむことも編曲されたポップスの醍醐味でもある。


 やがて1曲目の演奏を終えると、観客の手拍子はそのまま拍手へとつながれた。部員たちもひとつ山を乗り越えて、ふうっと安堵の相を浮かべている。


 喝采の最中、先ほど部長が握っていたマイクが着席した部員の間をバトンのようにリレーされる。最後に受け取ってそのまま立ち上がったのは、トロンボーンの筒井先輩だった。


「皆さん、1曲目はお楽しみいただけましたでしょうか? ここからは私、トロンボーンの筒井がお送りします」


「筒井くーん!」


 先輩がライトに照らされるや否や、黄色い声援があちこちからあがる。言葉遣いがオネエな以外はモテ要素のカタマリみたいな人だからなぁ。好感を持ってくれる人は男女問わず多いようだ。


 筒井先輩は一瞬ふふっと笑みを浮かべてその声に応えると、カンペも無しにすらすらと話し続けた。


「私たち奏楽部は毎日4階の部室と音楽室を中心に、校内のあちこちで練習しています。何せ音鳴らさないといけないので。おかげで時々うるせーあっち行けなんて温かい言葉をかけられながら、肩身の狭い思いをしております」


 どっと笑いが起こる。ここで冗談を飛ばせるなんて、かなりの強心臓だな。


「では続きましては、ZONEの『secret base ~君がくれたもの~』をお聴きください! 聴きどころはトロンボーンの裏メロです。いいですか、トロンボーンですよトロンボーン、私の持ってるこの楽器ですよー」


 ねちっこい声で楽器を見せつける筒井先輩に、観客からは再び笑い声が漏れ出た。


 先輩がマイクを切って腰を下ろしたところで、ステージ上の25人が楽器をかまえなおす。そして再び、手島先生のタクトに合わせて息を大きく吸い込んだのだった。


 1曲目とは異なり、徳森さんのトランペットソロとビブラフォンによるしっとりとした入り。途中から他の楽器も加わり、音楽が本格的に動き出す。


 全体としてゆったりと物悲しい曲調だが、意外と細かい連符が多く、演奏も思ったほど容易ではない。ユーフォもハイB♭ベー以上のメロディーラインが時折はさまれるので、意外と息が辛いものだ。


 そんなつい静かに聞きたくなるような曲であるだけに、会場のお客さんも物音を立てないように、しんと耳を澄ませているようだった。旋律が旋律だけに手拍子も起こらない。


 演奏中、ふと目を観客席に向けてみると、最前列で立ち尽くしていた女子生徒が目についた。その子はまるで何か感慨に浸っているようで、顔はこちらに向けながらも、目は焦点を失ってうっとりとここではないどこかを見つめているようだった。


「ありがとうございます」


 まるでタイプの異なる2曲の演奏を終え、再び筒井先輩がマイクを持って立ち上がる。その間に、松子はそれまで演奏していた弦バスを床に置くと、静かに、かつ素早く最後列のパーカッションの位置まで移動していた。


「あっという間に最後の曲になってしまいました。ここまでお聴きくださり、ありがとうございます。さてさて、私たち吹奏楽部は今年から新しいメンバーを迎えて練習量をぐっと増したおかげで、自分たちでも驚くくらいに変貌を遂げたと自覚しております。実は私、今3年生で今日の演奏が終わったら引退なのですが、もっと早くから真面目に練習しといたらなって今さらになって思っています」


「そんなー」


「引退しないでー」


 クラスの友達だろう、惜しむ声が観客席から届く。


「ダメです、ここで引退せずに部活続けたら、私受験落ちちゃいます」


 しかし先輩はそれらを一蹴するかのごとく冗談交じりに返した。ただその口元は笑ってはいたものの、表情にはどことなく陰りが感じられた。


「なので次の曲は3年生にとって、中学生活の総決算に当たります。皆様、どうか最後までお付き合いください」


 話しながら、ちらりと後ろに目を配る。ボンゴの前に立つ弟のたくちゃん、ドラムセットの3年生、マリンバの2年生、そしてアゴゴベルをかまえた松子らパーカッション隊ひとりひとりと視線を合わせ、そして軽く頷き合ったのだった。


「それではテンションマックスでいきましょう。どうぞノリノリでお聴きください、ラファエル・エルナンデス作曲『エル・クンバンチェロ』!」

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