第十五章その2 俺たちのために
「続きまして第2位。2002年10月から2003年9月まで、多く貸し出された本の第2位は……こちらです!」
図書委員の女子生徒がマイク片手に仰々しく告げると、体育館のステージに下ろされたスクリーンの画像が切り替わる。ステージ前まで集まっていたごく少数の生徒たちが「おおー」と拍手を交えた歓声をあげるが、それ以外で薄暗い体育館内に残っている生徒たちは時間つぶしのため、壁際や椅子などあちこちで友達同士談笑に耽っていた。
「てかさっきから上位全部ハリー・ポッターじゃねーか、これもう1位は去年出た最新巻で確定だろ」
「砂岡ー、それは言ってはいけないお約束だよー」
ステージ脇の次の出演者が待機するスペースで、ユーフォをかまえて運指を確認していた俺に弦バスを抱え込んでいた松子がすかさず言い返す。
俺たちの出番はこの次だ。撤収と準備も含めれば、演奏開始まであと10分といったところか。他の部員たちも真剣な表情で楽器をかまえて指を動かしたり、緊張を鎮めるかのごとくただただ壁の一点を見つめている。
コンクールのように評価されないとはいえ、本番前は誰でもこうなる。しかし緊張で辛いのはステージに立つまで、一度上がってしまえばあとはその場のノリで意外とどうにでもなるものだ。
「ねえ砂岡くん」
そんな時、ベルを下に向けてチューバを抱えていた宮本さんが俺の背中をつんつんとつつく。
「なんかお客さん、増えてない?」
「そう……だね」
見回してみると、たしかに客が増えている。部員の友達や家族ならそれなりに見に来るだろうとは思っていたが、それにしてもやけに多い。入口からは途切れることなく生徒や保護者が館内に入場し、少しでも前へ前へと良い席めがけて移動しているようだ。
「それではついに、栄えある第1位の発表です! 貸し出し数ナンバーワンのベストセラーは……じゃじゃーん、これだ!」
やたらハイテンションな図書委員の煽り文句と同時に、切り替えられるスクリーン。そして映し出されたあまりに順当すぎる結果に、体育館は「あ、やっぱり」となんとも興ざめした空気に包まれてしまった。
「ああー、もうそろそろだよ。緊張してきたなぁ」
「部長のあんたがそんなんでどうするのよ」
フルートを片手に握ってもう片方の手で自らの頬をぱしぱしと叩く部長。筒井先輩もトロンボーンのスライドを落ち着かない様子で伸び縮みさせながら、ぼそりとツッコミを入れる。
「みんな、久しぶり!」
だがそこに、客席の方から歩いてきた数名の人影が声をかけてきたのだ。薄暗いのではっきりとは見えないが、うちの学校とは別の制服や、気楽なジーンズといった私服を着用した5人くらいの女の人だ。
「え、せ、先輩!?」
「なんでここ来てるんですか!?」
藤田部長を筆頭にうろたえる3年生。
「あはは、藤田ちゃん部長になっても全然変わっとらんねぇ」
制服を着た女性のひとりが、小柄な部長の頭の上にそっと手を載せて優しく撫でる。どうやら吹奏楽部のOGのようだ。
「『エル・クンバンチェロ』吹くって聞いて、つい来ちゃった。あたしら演奏できなかったから、その未練が今日ようやく晴らされるってもんだよ」
「みんな今年から一気に強くなって、私たちも嬉しいよ。みんなコンクール出てて会場行けなかったから、文化祭こそは絶対聞きに行くぞってみんなで来たんだ」
にこやかに話す先輩たち。その中のひとりが俺を見て、おっと目を輝かせた。
「あ、前はいなかったのにユーフォいるじゃん! しかも男子!」
グイッと顔を近づける、丸顔にセミロングの先輩。女子ばかりの環境でそれなりに耐性は付いていたが、年上のお姉さんにこうもいきなり接近されると多少はドキッと取り乱してしまう。
「ねえねえ、あんたユーフォ好き? あたし高校でユーフォに鞍替えしたんだけどさ、めっちゃ楽しんでるよ」
わざとらしくにやつく先輩。その首根っこを、別の先輩が後ろからつかむ。
「ほらあんた、後輩からかってないで席着くよ。じゃあみんな、楽しみにしてるね!」
そう言い残すとOGの皆さんは歩き去り、観客席の人だかりの中に消えてしまった。3年生たちはわざわざ見に来てくれた先輩に応えるかのように、姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
「それでは皆様、ありがとうございました。これからもじゃーんじゃん図書室を利用してください!」
ちょうどステージの上では、発表を終えた図書委員会に拍手が贈られる。反応の少ない中、終始ノリノリなテンションで熱弁し切った彼女は、将来かなりの大物になるかもしれない。
「さあ、本番だな」
下ろされていたスクリーンがするすると巻き上げられていくステージを眺めながら、俺はすうっと深く呼吸して肺いっぱいに空気を取り入れる。準備は整った、あとは本番に挑むのみ。
「砂岡! 松井!」
その時、にわかに賑やかさを取り戻す体育館で、俺を呼ぶ声が響く。振り返ると、2年4組のクラスメイトたちが一か所に集まり、全員で拳をこちらに突き出していた。
「俺たちもクラスを挙げて応援するぞ!」
「実は吹奏楽部の演奏また聞きたいって、うちの親が来てるんだよ。体育祭で聞いたのがすごく良かったらしいよ」
「ウチもだよ、妹がすっかり夢中になって、中学になったら吹奏楽部入りたいってさ」
「だからお前ら、絶対に頑張れよ!」
きらきらとした視線を飛ばすクラスメイトたち。その眩しさに圧倒され、俺は本番直前にもかかわらずぽかんと立ち尽くしてしまった。まさかここで声援を受けるとは思わず、驚いて反応に困ってしまったのだ。
だが徐々に、みんながこんなに楽しみにしてくれていたのだと知って嬉しさがこみ上げる。
そうか、俺たちいつの間にか、そんな風に思われる部活になっていたんだな。つまりここにいる人はみんな、俺たちの演奏を聴くために集まってくれたんだ。
俺はユーフォを引っ提げながら、もう片手をまっすぐ突き返す。うちのクラスで流行っている、挨拶のジェスチャーだ。
「さあみんな、行くよ!」
意気込んだ部長の号令に、待機していた部員たちがついに歩き出す。この時ばかりは全員口を強く噤み、きりっとした目つきでまっすぐ前を見つめていた。
ステージ横の控室を通って、舞台袖からステージに踊り出る。途端、観客席から拍手が鳴り響き、広い体育館を包む。集まったのは大半の生徒、教員、保護者の皆さん、卒業生と様々だ。
以前とは違い、茶々を入れる声は無い。みんな俺たちの演奏を期待して、ここに集まってくれているようだった。
あらかじめ準備しておいたそれぞれの椅子に腰かけ、譜面台に楽譜をセットする。そして最後に手島先生が現れると、拍手はより一層大きさを増した。
「皆さん、本日はお集まりくださりありがとうございます。私たちは笠縫北中学吹奏楽部です」
先生が指揮台に立ったところで、部長が立ち上がってマイクを手に取り観客に話しかける。拍手が鳴り止み、体育館も静まり返るものの、時々「藤田、かっこいいよー!」などと級友がコールを送っているのが聞こえた。
「私たちは30人にも満たない小さな部活ですが、今年はコンクールで初めての県大会優秀賞を受賞することができました。これも皆さんの応援とご協力があったからにほかなりません。今日は皆さんに感謝の気持ちを込めて、演奏させていただきます。短い間ですが、どうぞご清聴ください」
若干声を上ずらせながらも、見事にしゃべり切った藤田部長。観客からも再び拍手が沸き起こり、彼女を讃えたのだった。
自分たちを温かく迎える観客たち。その反応にすっかり最後まで緊張が抜けないでいた部長もすっかり気を緩めてしまったようで、へへっと可愛らしい笑みを浮かべる。そして何を思ったのか、先ほどの図書委員の女子生徒よろしく、「それでは早速、1曲目!」と声に力を込め、テンションを振り切れさせて呼びかけたのだった。
「皆さんお馴染みの大ヒット曲、ロードオブメジャー『大切なもの』!」




