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第十四章その4 本番はむしろこれからだ

「みんな、悔しいと思わないのか!?」


 黒板の前に立ったうちのクラスの体育委員の男子が、教卓にバンと拳を振り下ろす。そんな彼と対面しながら、土埃に汚れた体操着に身を包んだままの2年4組一同は全員、釈然としない表情を浮かべて黙り込んでいた。


 体育祭が終わった後、生徒たちはテントやゲートの片付けを手伝ってから、各クラスの教室に戻っていた。黒板には先ほどの閉会式で渡された賞状がマグネットで直貼りされている。だがその文面には、校長先生直筆の墨字で「第四位」と記されていたのだった。


「みんなであんなに頑張ったのに、俺は悔しいよ」


 今にもむせび泣き出しそうなうめき声をあげ、表彰状を食い入るように見つめる男子。


 まあそりゃそうだろう、1年と3年は頑張ってくれていたのに、2年はリレーでも綱引きでもボロボロの最下位だったのだから。うちだけ足引っ張ってるようで申し訳ない……まったく、うちのクラスにはモヤシとデブしかいないのか!?


「でも2の4の結束力はこんなもんじゃないはずだ! 学園祭はまだ終わらない、明日の合唱コンで絶対に取り戻すぞ!」


 体育委員の呼びかけに、沈んでいた気分を奮い立たせて「おー!」と腕を突き上げるクラスメイト達。俺もこのムードに乗るしかないだろと、「おー!」と。いつもクラスの中心に立って、全体を引っ張ってくれている彼だからこその芸当と言えるだろう。


「ウチも頑張るよ!」


 ピアノ伴奏の松子もむんと張り切って強く息を吐く。その頼もしい姿を見て、体育委員は「おう松井、期待してるからな!」と拳を突き返した。


「うん、ウチら順番2年で最後だから、要望あったら『魔王』独奏するよ!」


 おだてられて調子に乗る松子。すかさず俺は「余計なことせんでいい」と割って入った。あんなもん演奏したら腱鞘炎再発するわ!


 その後、帰りのホームルームを終えて下校のチャイムが校舎に鳴り響く。制服に着替えたクラスメイトは続々と教室を出て、その多くが1階の昇降口へと向かっていた。


「あれ、砂岡帰らねぇの?」


 件の体育委員の男子が俺に声をかける。皆が階段を下りる中、俺だけ階段を上がっているのが目に留まったようだ。


 尋ねてきた相手に、振り向いて「ああ、吹奏楽部は残って練習だよ」と答える。体育祭が終わったからと言ってやったぁと解放されるのが我々吹奏楽部ではない。むしろ本番は明後日はステージ発表だ。


 マーチングでは動きと演奏を合わせるのが大変だったが、曲自体はそこまで難しくなかったし、加えてドラムメジャーのような華やかな動きを取り入れれば観客も楽しませることができる。だが次は演奏そのものが問われる機会だ。『大切なもの』と『secret base ~君がくれたもの~』は人気のポップスなので聞いてくれる人も多いと思うが、最後の『エル・クンバンチェロ』は音楽に詳しい人でないと知らないだろうし、演奏の難度自体も非常に高い。


 正直に言わせてもらうと、クラス合唱よりも、吹奏楽部のステージ発表の方が気になっていた。


「そうか、頑張るなぁ」


 体育委員の男子は感心したように頷く。そしてにっと白い歯を見せると、なんとこちらに親指を立ててきたのだった。


「俺は音楽に関してド素人だから上手いも下手もよくわからない。けど、お前たちが真剣にやってることだけはひしひしと伝わるぞ。今日のマーチングも、みんなあれは本当に同じクラスの松井と砂岡なのかって不思議に思うくらい圧倒されてたからな」


「俺たち普段どんな風に思われてんだよ?」


「まあいいじゃねーか。みんなお前らのこと、スゲーやつらだって思ってたぜ。音楽家と言えばベートーベンくらいしか知らない俺でも、お前らが演奏してるとこ見るとカッコいいなって思えてきたんだぜ。だから砂岡」


 立てた親指を下ろし、代わりにもう片方の腕をぐっとパンチするように突き出す体育委員。これはクラスの男子の間で流行っている、相手を全力で応援するときのポーズだった。


「文化祭での演奏、楽しみにしてるからな! 忙しくて大変かもしれねえけど、お前たちがド真剣で吹奏楽やってるってことはみんなしっかりわかってるぞ」




「楽器汚れてるだろうから、ちゃんと拭きなさいよー」


 部室に入るとトロンボーンのスライドを丹念にクリーニングスワブで拭いていた筒井先輩が、下級生に指示を飛ばしていた。指示を受けた1年生は一旦それぞれの楽器の管をすべて引っこ抜き、丁寧に汚れを拭き取っている。


 外で演奏した後、チューニングのために抜いておいた管のスライドがざらざらと砂っぽくなってるのは金管楽器では日常茶飯事だな。あそこグリス塗ってるから、すぐゴミがへばりつくんだよ。


「またね、時々掃除してあげるから」


 そんな部室の隅っこで、分解したスーザフォンのベルを手に取っていた宮本さんはゆっくりと丁寧に表面を磨いていた。まるで我が子をなだめるように優しい言葉をかけながらも、その目からは名残惜しさがあふれ出ている。


 うちの部じゃスーザフォンなんて来年も体育祭くらいでしか使われそうにないだろう。つまりまた1年近く、この楽器は保管庫にしまわれることになる。強豪校ならばマーチングコンテストや運動部の応援とかで色々と活躍の機会もあるんだけれども、こればかりはどうしようもない。


「もしかして宮本さんも楽器に名前つけるタイプ?」


 近づいた俺は早速ちょっかいを入れる。だが彼女は慈愛に満ちた微笑みを見せると、「うん」と頷き返したのだった。


「スーザフォンって大きい上に重いから吹くのはものすごくしんどいんだけど、一度吹くと愛着感じちゃうんだよね。低音吹きながらメロディーライン聞いていると、ああ今私はこのバンド全員を支えているんだなって実感して。多分私、生まれ変わって人生やり直しても、もう一度チューバ選んでるよ」


 わかる、低音パートってひとりだとすっごい地味なのに、みんなで音を合わせた途端に病みつきになるんだよ。なんとなく、俺も2度目の人生を歩んだとしてもまたユーフォ吹いている気がする。


「それにほら、楽器って生き物というか、相棒って感じだから。同じB♭べーチューバでも1本1本クセは違うし、自分にとって扱い慣れたものじゃないと狙った音は出せないから、使うならこの子じゃないと嫌だってなっちゃったりして。特に低音は本数も少ないし、値段も高いから大人になってもそう簡単には買えないよね。だから楽器と人間って一期一会と言うか、出会うのは一種の運命だと思うんだ」


 へへっと照れ臭そうに笑う宮本さん。やっべえ、この一瞬を俺は永遠に心のフィルムに残しておこう。


「みやぽん、ウチめっちゃ感動した!」


 だがそこに、いつの間にか部室にやってきていた松子が汚い嗚咽を漏らし、感涙しながら声をあげる。早速弦バスの手入れをしようと楽器を引っ張り出してきたのだが、宮本さんの話につい聞き入ってしまっていたようだ。


「ウチもマッギネス以外の弦バスやれって言われたら絶対にイヤだもん。もっと高級で良いやつあったとしても、すぐにチェンジとか無理だよぉ」


「お前、弦バスにそんな名前つけてたのかよ。どこの奇天烈将軍だよ」


 俺も愛器のことピエールって呼んでるから大概だけど、いくら何でもこのネーミングはねぇわ。


「でも松子ちゃんの言うこともわかるなぁ。私もマイチューバ以外吹こうって気起きないし、たぶん御婆さんになるまで一生あれ使ってるよ」


「だよねぇ、ウチも弦バス買う時には、一生もののつもりで運命の相手を選ぶよ!」


 真剣なまなざしで見つめ合う松子と宮本さん。ふたりともタイプはまるで違うけど、根っこのところではめちゃくちゃ気が合うんだよな。


「ふたりとも、熱量はすごい感じるけど手は動かしなさいよ。本番まで練習できる機会、もうほんの少ししか残ってないんだから」


 ふたりの間に割り込んだのは、後輩に楽器の掃除を教えていた筒井先輩だ。柔和とも辛辣ともとれるオネエ語を浴びせられ、低音のふたりは「はーい」とそれぞれ楽器の手入れに戻る。


「それと特別に許可もらって、明日の放課後と明後日の朝は体育館で練習できるようになったわ。明日、放課後になったら楽器下ろすから、みんなテキパキ動いてね」


「やりましたね先輩! それじゃ明日は放課後こそ踏ん張りどころですね。明日の文化祭の最中は、ぐっすり休ませてもらいます」


 俺はわざとらしくにっへっへと下品に笑う。


「だめだよ、明日は合唱コンなんだから、クラスのためにも頑張らないと!」


 それを聞いて、普段まず見せないような剣幕で鋭い一言を放ったのは宮本さんだった。大きくはなくとも芯の通った強い声に、俺は思わず「ご、ごめん」とたじろいでしまう。


 しかし宮本さんの場合、頑張らない方がクラスのためになるような気がするのですが……。かと言ってこの子に「口パクでお願い」って言える勇気、俺は持ち合わせてないわ。


参考音源

『魔王』(作・シューベルト 編・リスト)

https://www.youtube.com/watch?v=tvC3yrvIFXQ

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