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第十四章その3 俺たちの演奏を聴け!

「それでは午後の部最初のプログラムは、吹奏楽部によるマーチングです」


 放送委員会のアナウンスがこだました時には、すでに全校生徒が各クラスのテントに移動していた。親御さんもランチタイムは終わったようで、保護者用のテントやトラックギリギリまで近づいた位置でカメラをかまえている。


 入場ゲートに並んだ俺たちは楽器をまだ口には当てず、ピンと背筋を伸ばして列を整えていた。普段からユーフォを吹く際には背中をまっすぐ伸ばさねばならないので、この姿勢でもしんどさをほとんど感じないのは楽器やってる者ならあるあるだろう。


「さあ、いこう!」


 部長の号令に頷いて、松子がホイッスルを鳴らしながらバトンを掲げる。その動きに合わせてバンド全体で足踏みを始めると、パーカッション3年生によるスネアドラムのソロが運動場に響いたのだった。


 ドラムメジャーの前進に合わせ、俺たちも前へと歩き出す。その最中にもスネアドラムはクローズドロールを交えたリズムを刻み、25人の行進を後押ししていた。


 さらにたくちゃんのバスドラムと、2年生のシンバルも加わって打楽器によるドラムマーチ重奏が奏でられる。


 ドラムセットとはまた違う、行進のリズムによる打楽器の響き。カサキタ打楽器隊3人による無尽蔵のエネルギーにあふれた演奏は、生徒や父兄の目を惹きつけるには十分すぎた。


「おねーちゃん、がんばってー!」


 保護者テントの前にさしかかった時だった。聞き覚えのある子どもの声が耳に届き、俺はふと顔をそちらに向けてしまったのだ。


 徳森さんの弟の晃太君だ。幼稚園児とは思えない鮮やかな金髪をなびかせながら、進入禁止のロープから身を乗り出して懸命に声援を贈る。その脇ではお母さんだろうレインボーな髪色の女性が晃太君の背中をつかみながら行進する俺たちにビデオカメラを向けていた。


 彼女のことだから自分の晴れ姿を最愛の弟に見せたいだろうし、弟もお姉ちゃんのかっこいいところを見たいと思っていることだろう。仲睦まじい姉弟の関係を垣間見て、本番真っ最中だというのに俺はなんだか和んでしまった。


 ちなみに俺の数人前に立つ当の徳森さんはというと、きりっと前に顔を向けたまま楽器を構えて歩き続けていた。きっと手でも振り返したいところだろうけれども、ぐっと我慢しているんだろうな。


 やがて楽器を持った部員24人それぞれが所定の位置に移動し、パーカッションを中心にハの字にも似た鶴翼の陣を整えたところで、ひとり前に立っていた松子がバトンをより一層大きく掲げたのだった。そう、今こそ演奏開始の合図だ!


 俺たちの『レイダース・マーチ』が始まった。ボーンとユーフォとスーザフォンの金管ヘ音記号組がスタッカートを織り交ぜ、4小節のイントロを刻んだところでトランペットが主旋律を奏でる。


「あ、この曲知ってる!」


 生徒の誰かがそう言ったのが聞こえた。


 そりゃそうだ、誰しも1度は見たであろう超有名ハリウッド映画のテーマ曲だからな。めちゃくちゃ強そうな敵がドヤ顔で剣振り回してるところに、ハリソン・フォードが拳銃一発撃ち抜いて戦わずにやっつけたシーンには俺も爆笑させられたもんだよ。


 曲自体はお馴染みの華やかなフレーズが繰り返される比較的単調なものだが、途中で隊列を変えたり前に進み出たトランペットとトロンボーンが楽器を仰け反らせてみたりと動きに変化を入れ、視覚的に退屈させないような工夫を凝らしている。


 だが一番盛り上がったシーンと言えば、やはり新体操選手よろしく松子がバトンを真上に高く放り投げ、その場でくるっと身体を一回転させてキャッチした場面だろう。その瞬間はまだ曲が終わっていないにもかかわらず、割れんばかりの拍手があっちからこっちから湧き起こっていた。


「砂岡ー、お前珍しくカッコいいぞー!」


 クラスの男子が俺の名を呼ぶ。珍しいは余計だが、カッコイイと言われて嬉しくない男子がいないわけがない。俺はより松子のバトンを注視しながら、主旋律に参加していた。


 もっと見てくれ聞いてくれ。普段はただの騒音連中に思えるだろうけど、音をそろえればこんなにもみんなの眼を釘付けにすることもできるんだ。


 やがて演奏が終了し、汗にまみれた25人はフィギュアスケートのフィニッシュよろしく足踏みはおろか指先一本すら動かさずにぴたりと静止する。


 同時に運動場を包んだのは大喝采だった。体育祭という一見文化部には出る幕も無さそうな機会で、まさか吹奏楽部のマーチングを見ることができるとは保護者の皆さんは思ってもいなかっただろう。一部の観客はシートに腰かけていたところを立ち上がり、あるおじさんは思い出したようにカメラを連写する。


 それだけではない、放課後にグラウンドで練習している俺たちの姿を見ていた生徒たちも、「ブーラボ―!」と多少ふざけながらも大げさなくらいに拍手を贈ってくれていた。


「ざまあみなさい」


 ぼそっと呟き声が聞こえ、思わず震えあがった俺はちらりと視線だけを向けた。


 声の主は筒井先輩だった。ちょうど隣に立っていた先輩はトロンボーンをかまえてフィニッシュを決めていたものの、口元だけはにやりと不敵に歪めていたのだった。

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