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第十二章その2 学園祭に向けて

「昨日の英語の授業でですね、教科書忘れちゃったんですよ」


「ふんふん、それで?」


「そしたら先生が予備の教科書持ってて、それならうかって」


「ダジャレかーい! ゲッツ!」


 翌日、朝練を終えて教室に入ると、クラスの男子2名が黒板の前で漫才を披露していた。周りに集まったクラスメイトたちはあまりの寒さに完全に白け、一様に「はぁ?」といった顔を浮かべている。


「あれ、何?」


 とりあえず入り口近くの席に座って読書に耽っていた男子に声をかける。


「ああ、文化祭の有志ステージってあるだろ? その事前審査が今日だから、みんなにちょっと見てくれってさ」


 じっと本に目を向けたまま答える男子に、俺は「へえ」と頷いて返す。こいつの読んでる『灼眼のシャナ』っての、最近流行ってるな。


「隣のクラスのバンドやってるヤツも出るって言ってたよ。審査は生徒会がするらしいけど、よっぽどくだらないことやらない限り通るだろ」


 そうか、なかなかにゆるゆるなんだな。しかしあいつらの漫才、全然おもしろくないぞ。とりあえず「ゲッツ!」て言っといたらなんとかなるって思ってないか?


 体育祭と文化祭が学園祭として連続開催されるまであと1カ月を切った9月中旬、カサキタの生徒たちは勉強にも身が入らず、祭りの準備に浮足立っていた。


「おっはー」


 松子が教室の扉をくぐる。いっしょに朝練に出ていたのだが、その後他の部員と駄弁っていたようだ。


「松井さん、おはよ」


「おはよう!」


 途端、男子どもがつまらない漫才を演じるふたりを無視し、一斉に松子を取り囲む。昨日ドラムメジャーの練習をしていた姿を見たためだろう、男子たちの反応がいつもとは明らかに違っていた。


 当の本人は「おはよー」と気の抜けたような挨拶で男子どもの間をすり抜け、「あーしんど」とおっさんみたいなセリフ吐きながら席に着く。


「松井さんってちょっと変わった子だなって思う時はあるけど、カッコイイよな」


 読書中の男子も、そんな松子の姿を遠巻きに眺めながらぼそっと漏らした。ちょっと変わった、くらいなら全然いいよ。お前らは知らないだろうけど、同じ部活にいるとそのカッコよさもすべて打ち消し、いや、まだまだ埋め合わせできないくらいの奇行を毎日見せつけられるんだぞ。


「やめとけ、あいつに惚れてろくなことは無いぞ」


 もっと良い女子はいくらでもいる、宮本さん以外なら誰でもオッケーだから、松子だけはやめとけ。


「なんでそんなこと言うのさ、成績良いしバトン持つとカッコいいし、ピアノだってめちゃくちゃ上手いんだぞ」


 まさかあいつに関してこんな評価を聞く日が来るとは。確かにここ最近の合唱コンクールの練習で、松子の類稀な音楽の才能はひしひしと感じているけれども。


 文化祭ではクラス対抗の合唱コンクールも行われる。学年ごとに決められた課題曲とクラスごとの自由曲の2曲を男女混声で歌い上げ、その出来を競うのだ。


 そんなウチの学級でピアノ伴奏に選ばれたのは松子だった。他にも数名ピアノのできる生徒もいたが、彼女がみんなの前で十八番の『ラ・カンパネッラ』を演奏したら即座に黙り込んでしまい、無言の満場一致で選出されてしまったのだ。


 ちなみに曲目は2年生の課題曲『マイバラード』と、うちのクラスだけの自由曲『モルダウ』だ。特に『モルダウ』は鍵盤の跳躍が多く演奏の難度も高いため、手の大きい松子にとっては適材適所な人選だろう。


 そして吹奏楽部の発表はなんと合唱コンクールの翌日だ。


 つまり学園祭において1日目の体育祭でマーチング、2日目の合唱コンでクラス合唱、そして3日目のフィナーレで吹奏楽部の演奏と、割と過密スケジュールで動くことになる。


「吹奏楽部って忙しそうだな。体育祭でも文化祭でも両方出るんだろ?」


「うん、でも俺は楽器吹くのが好きだから、大変でもレパートリー増えるならそれでいいかって思える」


 声をかける男子に、俺はへへっと笑いながら答えた。忙しいけど辛くはない。他の部員たちもきっとそう思ってくれているはずだ。


 でもこの学園祭が終わってすぐに2学期の中間テストが待っていると思うと、途端に憂鬱になるよ。




「さあ、今日も張り切って行進いきましょう!」


 放課後、マーチング練習のためグラウンドまで楽器を担いで出てきた俺たちは、妙にテンションの高い手島先生に率いられて隊列を整える。


「先生、機嫌いいね」


 小さく呟く宮本さん。やっぱりスーザフォンが重そうだ。

 

「阪神のマジックがどんどん減ってるからな」


「マジック?」


 聞いて藤田部長が首を傾ける。うん、野球知らないとよくわからないよな、これは。


 今年はブッチギリの1位だから、あと数日もすればリーグ優勝だろ。ホント、我らがカープにもあの勢いをほんの少しでも分けてもらいたいよ。


 『レイダース・マーチ』を演奏しながらトラックをぐるりと一周し、最後は並び変えてフィニッシュを迎える。動き自体は単純ではあるが、大半がマーチング経験皆無のメンバーにとってはこれだけでも大変だ。


 そんな悪戦苦闘する部員たちの先頭に立つ松子は、余裕綽々の表情でバトンを巧みに操っていた。


「お前もよくやるなぁ、部活にピアノ伴奏に大忙しだろ」


 休憩時間、地面に腰を下ろした俺は濡らしたタオルで首の下を冷やしながら、隣で水筒を飲む松子に声をかけた。今日は曇りなので昨日の暑さに比べたらだいぶ楽だが、それでもしんどいものはしんどい。


「うん、本番妹が見に来るみたいだからねぇ。お姉ちゃんらしいとこ、見せないと」


 そう言って松子は水筒を地面に置くと、まだ休憩時間の最中にも関わらず再びバトンをくるくると回し、ポーイと真上に放り投げてキャッチしたのだった。


 音楽が好きで好きで仕方がないと言いたげに、真剣な表情で練習に打ち込んでいる。


 その前向きな姿は実に頼もしいが、同時に妙な不安を感じずにはいられなかった。へらへらとした表情の裏に、どこかすすんで自分自身を追い詰めているような焦燥感がくすぶっている気がして仕方がない。


「そうか、無理はするなよ」


 俺はそれ以上深くは追及せず、ひたすらバトンの腕を磨く松子をぼうっと眺めていた。


 ちなみに後日知った話だが、我がクラスの漫才コンビは事前審査の段階であっけなく落とされてしまったらしい。


参考音源


『マイバラード』

https://www.youtube.com/watch?v=twOBTokN-z4


『モルダウ』

https://www.youtube.com/watch?v=i3_cCszCDBE

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