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第十一章その4 空の下のステージ

 近所の公民館に楽器運搬用のトラックが到着した頃、広い駐車場のあちこちにはテントが立てられ、PTA役員や市の職員が出店の準備を進めていた。


 その一角にコーンとロープで区切られたエリアがある。ここが今日の俺たちのステージだ。バックには『笠縫北公民館まつり』と手作りの巨大なパネルが立てられ、その裏側は出演者の待機場所になっていた。


 トラックからドラムセットやマリンバら打楽器を下ろし、ステージにパイプ椅子を並べていた時のことだった。


「まどかちゃん!」


 突如あがる甲高い声に、一部の女子が「かわいい!」と目を輝かせる。5歳くらいの小さな男の子が、てとてととこちらに駆け寄ってきたのだ。


 だがその幼い顔立ちとは裏腹に、頭髪はすでにライオンのような金色に染められている。その傍に立つ母親であろう女性の髪は、金以外にも青やら赤やら様々な色がグラデーションを描いていた。


晃太こうた!」


 徳森さんが屈み込み、男の子と目線の高さを合わせる。どうやらよく話題に出てくる弟のようだ。


「来てくれてありがとうね。今日はお姉ちゃんがトランペット吹くところ、ちゃーんと見といてね」


 大好きな姉に頭を撫でられ、「うん!」とにこやかに返す晃太君。しかしこう一家がそろうと、人目を引く格好の徳森さんもこの家族の中ではまだだいぶ大人しい方だったんだな。


 やがて屋台がオープンする時間になって、一般の来客の姿が目立ち始める。多くは小学生以下の子供やその家族連れで、焼きそばや綿あめを買い食いしたり、景品を賭けて良い大人が輪投げに白熱している。


 だが人々の本当の楽しみは、仲の良い友達と出会えることのようだ。その証拠に奥様同士は気兼ねなく会話に花を咲かせ、小学生男子たちは駐車場の隅っこに集まって遊〇王カードで遊んでいる。


 さて、いよいよ時間だ。看板裏に待機していた俺たちは各自楽器を持ってステージに移動した。管楽器なんて珍しいのだろう、突如現れた謎の集団を見るなり、何だ何だとお客さんが周囲に集まる。その多くは老人会のお爺ちゃんお婆ちゃんや、遊びに来た小学生だった。


「でっけえバイオリンだなぁ、あんなん音鳴るんか?」


「みんなチャルメラ持っとるでチャルメラ」


 最前列に座り込んだ、陽気そうなお爺ちゃんの集団がワイワイと盛り上がる。


 お爺ちゃん、今日この編成にチャルメラはいないよ。あのメロディーは吹奏楽部員なら大概みんな吹いたことあるけどさ。


 そして本番前のチューニングを済ませたところで、指揮台近くの部長がフルートを持ったまま立ち上がった。


「皆さん、こんにちは。私たちは笠縫北中学校吹奏楽です」


 やや声を上ずらせながらも、はきはきと挨拶する。


「私たちは放課後と休日、ここにいる部員たちと一緒にいつも仲良く練習しています。短い間ですが、私たちの練習の成果どうぞお聞きください」


「いいぞー」


「ヒュー」


「アンコール! アンコール!」


「あほ、まだ早いわ」


 ノリの良い爺さんたちだ。もうアルコール入ってんじゃないかと疑いたくなるよ。


 挨拶を済ませた部長が椅子に腰を下ろしたところで、手島先生がつかつかと前に歩み出る。初々しい中学生かと思ったらまさかの大人なおねーさんの登場に、爺さんたちは「おおっ」と目玉を飛び出させる。


「いやー、あの先生べっぴんさんやな」


「うちのカミさんの若い頃より美人やで」


「わしがあと30若かったらサ店誘ってたな」


 人間歳取るとこういうことも臆面なく言えるようになるのだろうか……てか爺さん連中の存在感デカすぎて、全然緊張感が漂ってこないよ。他の部員もだいたい同じようで、特に宮本さんはぷるぷると身体を震わせながら必死で笑いを堪えていた。


 指揮台に先生がすっとタクトを上げる。応えるように俺たちが楽器を構えると、先生は軽く「ワンツー」と口遊んでリズムを刻み始めた。


 鋭いサックスの出だしとともに、一曲目『MUGEN』の演奏が始まる。徳森さんのトランペットが特徴的なイントロを響かせた頃には、会場にいたお客さんのほぼ全員がこちらに目を向けていた。


「ポルノだ!」


「カッコイイ!」


 すぐに小学生くらいの子供たちが駆け付け、少しでも前にと立ち見する大人たちの間をすり抜けていた。そうそう、このくらいの年齢層に人気なんだよな、このグループ。


「ああこの曲か」


「聞いたことあるな、テレビで流れとったわ」


 お爺ちゃんたちにも聞き覚えがあるようで良かった。ノリの良い曲調だけに、サビに入る前にはみんな手を叩いてくれていた。中には演奏に合わせて歌ってくれている子もいるぞ。


 子供たちが喜んでくれると、会場の雰囲気もどっと盛り上がる。子供につられて親も自然と集まり、ステージ周辺には大きな人だかりが形成されていた。これは吹く側もテンションが上がり、気持ち良くノリノリになれるというもの。


 そして何よりも嬉しいことに、この『MUGEN』はサビの部分でユーフォもメロディーラインを吹くことになっている。メインはあくまでトランペットやサックスだが、その後ろを支えるようにユーフォも同じ旋律を吹いているんだぞ。


 低音楽器は主旋律を吹く機会がなかなか回ってこないのが世の常だが、だからこそ時々巡ってくるこういう機会、それも曲で一番盛り上がるシーンであればやってやるぜと気分も5割増しで演奏できるものだ。


 やがて最高に盛り上がったまま、曲は終了する。ぱちぱちと拍手が沸き起こり、俺たちも先生も軽く汗を拭う。


 だが休憩はそれだけだった。先生はすぐにタクトを構え、2曲目『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のリズムで振り始めたのだった。


 ゆったりとしながらも勇ましいメロディーラインを、トランペットに木管、金管中低音と様々な楽器が交互に吹き鳴らす。そうでないパートは裏打ちやら伴奏、もしくは細かい刻みを入れているため、初めて聞いた時の印象に比して意外とせわしない曲だ。


「あーこの曲、パチンコ屋で聞いたことあるで」


「そうかぁ、当たりが出そうな曲だなぁ」


 爺さん、もっとマシな感想言え!


「お前ら知らんか、これ映画の曲やで。たしかマックイーンのスターなんちゃらとかいう」


 惜しい、映画って部分は合ってるけど、そこから先は何もかも違うよ。




 カサキタの演奏は、大喝采で閉幕した。人前でこんなに楽しくのびのびと演奏できたの、久しぶりかもしれない。


 楽器を日光にさらし続けるのは、特に木管や弦バスにとっては絶対に良くない。俺たちはさっさと楽器を片付けると、祭りのスタッフからお礼としてお弁当を受け取る。おお、シャケやエビフライの入った幕の内弁当だ、これは豪勢だなぁ。


 そして先ほど俺たちが演奏していたステージでおっちゃんが金属製のリングをつなげるマジックを披露しているのを眺めながら、部員たちは各々手近な場所に腰かけるなり机を確保するなりして昼食を摂っていた。


「先生話してましたよ。来週からはいよいよマーチングの練習ですよ、曲はもう覚えたと思うので、歩きながらでも演奏できるようになりましょうって」


「もうそんな時期か」


 敷地を隔てる金網にもたれかかりながら、俺と筒井兄弟の男子3人でもぐもぐとご飯を口に運んでいた時のことだった。


「あ、そうだわ」


 ちょうど弁当箱を空っぽにした筒井先輩が、持ってきていたリュックサックに手を突っ込み、パンパンに膨れ上がったA4サイズの茶封筒を取り出す。


「先輩、もしかしてそれって」


「ええ、文化祭の楽譜もう届いたのよ。今日中にみんなに配るから、あんたたちも家帰ったら読んどいてね」


 俺とたくちゃんは「はーい」と返事しつつも、早くよこせとばかりに手を伸ばす。


 コピーされたばかりの楽譜を受け取るなり、俺はすぐに譜面を眺めた。大激論の末、3年生が選んだのは以下の3曲のようだ。


・『大切なもの』

・『secret base ~君がくれたもの~』

・『エル・クンバンチェロ』


 邦楽のポップスが2曲、吹奏楽の定番とも呼べる名曲が1曲か。


 一発目に景気の良い人気曲を持ってきて、2曲目にややしっとりとした曲調でムードを変える。かと思えば3曲目にハイテンポにしてハイテンションなラテン系の曲を用意して、最高潮に盛り上がったまま演奏を終える。なるほど、緩急をつけた良い選曲だ。


 え……『エル・クンバンチェロ』?


 おいおいおいいおいおいおい、『エル・クンバンチェロ』だと!?


 俺は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと首を回す。そして「ナイスなチョイスでしょ」とでも言いたげなしたり顔の筒井先輩に、「先輩、この曲……」と楽譜を指さしながら恐る恐る尋ねたのだった。


「ええ、カッコいいわよね。こういうラテン系の曲やってみたかったのよ」


「いやいや、俺もめっちゃ吹きたいですよ。でもこれ」


 改めて楽譜を眺める。テンポ144、目を覆いたくなるほどの細かい刻み。


 パーカッションのたくちゃんが楽譜を一目見た途端、言葉を失って固まっているのを見ればおわかりだろう。彼のパートは五線譜の中が、真っ黒一色に塗りつぶされていた。


「『アセンティウム』よりずっと難しいですよ!?」


 俺はできる限り、全力で抗議の意思を示す。いくら俺たちの演奏の腕が上がったからと言って、いきなりこのレベルまで飛躍するのはまだ早い。3年生の皆さん、そこ気付いているのか?


「うん、ウチもそう思った」


 しかし筒井先輩はだからどうしたといった様子で大きく頷き返す。その余裕っぷりに、俺はこれ以上言い返すことさえできなかった。そしてさらに、先輩はにやっと悪だくみでもしているかのような不敵な笑みを浮かべて付け足したのだった。


「でもこの曲ちゃんとできたら、ウチら学校のみんなにザマア見なさいって堂々と言えるわよ」

参考音源


『大切なもの』

https://www.music8.com/products/detail3334.php


『secret base ~君がくれたもの~』

https://www.music8.com/products/detail3316.php


『エル・クンバンチェロ』

https://www.youtube.com/watch?v=CqtVzFycmXE&list=RDaDb0HCEM9Z8&index=23

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