第十一章その2 始業式の一幕
「えー女子剣道部、えー近畿中学校総合体育大会、団体3位。おめでとう!」
相変わらずの「えー」を炸裂させながら、ステージ上の校長先生が表彰状を読み上げ、対面した女子生徒にそれをすっと手渡した。
ぱちぱちと拍手を贈る生徒たち。賞状を受け取った生徒は校長に一礼すると全校生徒に振り向き、もう一度頭を下げたのだった。
今日は9月1日、2学期の始まりだ。体育館では朝からカサキタ中の全校生徒が集められ、始業式が催されていた。
校長先生や生徒指導担当の話が一通り終わって生徒たちの退屈が極まった頃、生徒への表彰式が執り行われていた。ここでは夏休み中に開催された大会で、優秀な成績を残した部活動が校長先生から表彰されるのだ。
うちの学校は剣道部が強い。たとえ他の部が不発に終わっても、常に結果を残してくれる彼らがいれば学校として格式が保たれるというものだ。
生徒たちにとっては全校集会の度に表彰されているので見慣れたものなのだろう、「またか」と呆れつつも誇らしげな表情で級友の勝利を祝っていた。
「続きましては、吹奏楽部です」
司会進行の先生が読み上げた途端、体育館中にどよめきが走った。一心不乱に爪をいじっていた女子が手を止め、大口を開けて欠伸をしていた男子がずっこけ、1回戦で負けた野球部の顧問がちっと舌打ちする。
「吹奏楽部って、あの?」
「あいつらが表彰されたこと、あったか?」
「私らから聞いてもド下手だったのに?」
ひっでえ言われようだな。俺たちが他の生徒にどう思われていたか、手に取るようにわかって涙出てきそうだ。
あらかじめ舞台下で待機していた藤田部長がステージに上る。25人全員がステージに立つのは不可能なので、代表として部長ひとりが前に出ることになったのだ。
「えー吹奏楽部、滋賀県吹奏楽コンクール、えー小編成の部、えー優秀賞」
「ホントに表彰されてる!」
校長先生が読み上げると、会場はさらにざわついた。このタイミングまで俺たちの快挙を疑っていた生徒も少なくないようだ。
「おめでとう!」
校長先生はにっと歯を見せながら表彰状をすっと突き出す。部長はそれを両手で受け取ると、ぴんと背を伸ばしたままお辞儀をしたのだった。
「お前、県大会まで行ったってウソじゃなかったんだな」
俺の後ろに並んでいた同じクラスの男子が小声で話しかける。どうやらこいつにもマジだと思われていなかったようだ。
「へへーん、どんなもんだい。今年は体育祭でもマーチングやるから、耳の穴よーく掃除して楽しみにしとけよ」
「体育祭でも何かやるのか? お前ら大変だな」
「大変だよー。でもそれ以上に、楽器吹くの楽しいからな」
「そりゃ良かったな砂岡、トランペット頑張れよ」
「トランペットじゃない、俺の楽器はユーフォニアム! ここ間違えんなよ!」
悲しきかなマイナー楽器の宿命。詳しくない人にとっては、ラッパみたいなのはどれもこれもいっしょに見えるらしい。
ふふんと胸を張った部長の小さな体が、つかつかと階段を下りる。
その姿を見て俺たち吹奏楽部員は、全員が手が腫れ上がらんばかりに盛大な拍手を贈る。このクレイジーな連中に他の生徒たちは若干引き気味の表情を浮かべながらも、つられて手を叩いていたのだった。
万年県下最弱と呼ばれ、バカにされ続けた吹奏楽部。コンクールに向けて頑張ろうと声に出しつつも、きっと自分たちもこれといった成果も残せないまま引退を迎えるのだと思っていただろう。
だが今は違う。初めて進出した県大会で優秀賞という結果。藤田部長はカサキタ吹奏楽部の歴史において、末永く名前を残すことができたのだ。
部長、カッコイイっす!
全校生徒の前を悠然と歩く部長の三つ編みお下げを目で追いながら、俺はなおも手を打ち続けていた。
「なんかウソくせぇな、もしかしたらズルでもしたんじゃね?」
だがその時だった。背中から聞こえてきた声に、俺はぴたりと拍手を止めてしまったのだ。
「ああ、あり得る。他の学校の弁当に下剤入れたとか」
俺はぎろりと睨みつけるように後ろを振り返る。素行があまりよろしくないことで有名な隣のクラスの男子ふたり組が、蔑むように笑っていたのだ。
彼らにとっては他愛もない冗談のつもりかもしれない。しかし当事者である俺にとって、今のやりとりはとても聞き捨てならないものだった。
コンクールで獲得したトロフィーと賞状は、正面玄関入ってすぐのガラス棚に陳列されることになった。果たしてどれだけの人数がこれをじっくり見てくれるかは謎だが、部室や校長室に飾られるよりはまだ人の目につくだろう。
授業が終わった後、部室に入ってくるなり徳森さんはどかっと椅子に腰かけた。
「あーもうムカつく。私らあんなに練習してたじゃん、音聞こえてるからわかるだろっつーの」
そしてだぼついたルーズソックスに覆われた足を揺らし、地団太を踏んで床を鳴らしたのだった。どうやらクラスで何か言われたようだ。クラスが同じパーカッションパートの部員に「とくちゃん落ち着きなよ」となだめられている。
これほど心中穏やかでない徳森さんも久しぶりだ。その荒ぶる様子を見て、コントラバスの弦に松ヤニを塗り込んでいた松子がぽろっと言ってのけた。
「まあ他の部にとってはおもしろくないだろうねー。今まではどれだけ成績悪くてもあいつらよりはましだって思えたのに、それができなくなっちゃったんだから。自分より勉強できないって思ってた人にテストの点で負けたら、相手をすごいって褒めるより先にどうしてって妬むのは誰でも同じだよー」
さすがに今の発言には、俺どころか徳森さんも絶句してしまった。こいつは時に人間のブラックな側面をさらっと言い当ててしまうから侮れないよ。
「だよね、今まで気付かなかった……いや、目を逸らしてきたけど、私たちって3年間ずっとバカにされてきたんだよね」
部室の沈黙を破ったのは、これまでずっと何も言わずにフルートを磨いていた藤田部長だった。
「でもそれって、詰まるところは私たちがその立ち位置に甘んじてきたせいなんだよね。のほほんとした部の雰囲気を壊すのが嫌だから、頑張って結局無駄になるのが怖いから、それなら何もしないのが一番じゃんって。もっと早くからちゃんと練習すれば、去年優秀賞取れたかもしれないのに」
呟くように小さな声だ。だがそのささやきは部員たちの心を凍り付かせるのに、十分なだけの破壊力を持っていた。よりにもよって部長の口から図星を突かれるとは、思いもしなかったようだ。
ここにいるみんなわかっていたのだ。去年までの自分たちは、努力が足りなかったわけでも練習法が良くなかったわけでもない。単に頑張っているふりをしていただけ、部活という場で青春ごっこを演じていただけであったことを。
「たらればとか言っても仕方ないでしょ」
だがそこで、俯きがちだった部長の後頭部に、こつんと軽いげんこつが打ち込まれる。その主はなんと、副部長の筒井先輩だった。
「部長が部員のトラウマえぐって何してんのよ。それに今からでも遅くないわ、バカにされてると思うならバカにされないくらいの演奏聞かせりゃおしまいよ」
ぽかんと口を開けたまま、頭をさすりながら筒井先輩を見上げる藤田部長。その部長に背を向け、筒井先輩は「みんな聞いて」と高らかに言い放ったのだった。
「今朝の全校集会、気持ちの良いものじゃなかったわね。だからウチ決めたのよ、この学校のみんなを見返してやろうって。で、演奏終わってぽかーんとしたやつらを見て、中指突き立てて大笑いしてやるって」
「下品ですねぇ」
思ったままに俺が口にすると、周りの部員もぷっと吹き出す。今言ったことそのまんまやったら、即刻生徒指導室に連行されてみっちり絞られること間違いなしだろうな。
だけどそういう逆境精神、嫌いではない。むしろお好きな方だ。
すっかり沈み込んでいた部員たちの気分も幾分か晴れたようだ。部長も我に返って元気を取り戻したようで、みんなといっしょになって笑っている。
「いいでしょ? じゃあ砂岡、指立てるのはあんたの役目ね!」
「それは絶対嫌です」
筒井先輩の提案に一瞬の隙も入れず俺は返す。直後、部室にはさらにどっと笑い声が起こり、部員たちの表情にもいつもの明るさが戻ってきたのだった。




