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第十一章その1 新しい楽譜

 お土産に持ってきたもみじ饅頭は、一瞬にしてチョコ味が売り切れてしまった。


「学校でお菓子食べるのダメだから、ちゃんと持って帰ってね」


 部員たちに釘を刺す藤田部長も、無事チョコ味をゲットできてホクホク顔を浮かべている。


 お盆休みが明けて朝一番から練習が再開された吹奏楽部だが、メンバーはまだ休み気分が抜けきっていないようで、楽器の準備中も友達同士で夏休みどうしてた、とかあの映画見に行った、などと身が入らない様子で話していた。


「おはようございまーす!」


「おはよー、ふぁーあ」


 練習開始ギリギリの時間になって、筒井兄弟が部室に現れる。


 筒井先輩は相変わらずの色白で、なんだかコンクールの時よりもやつれていた。受験生ということで学習塾に缶詰状態だったそうだ。寝不足なのだろうか、目はぼうっと焦点が合わず、ことあるごとに欠伸を立てている。


 対して弟のたくちゃんは、沖縄の小学生かと言いたくなるほど真っ黒に肌を焦がしていた。聞けば友達とプールに出掛けたり甲子園球場まで高校野球を観に行ったりと、この連休を思う存分満喫していたらしい。同じ屋根の下、兄弟でここまでライフスタイルが違うってのも珍しいな。


 あー、そうか、たくちゃん野球観に行ったのか。俺も広島行ってる間に一度、カープの試合観に行っといたら良かったなぁ。


 部員たちがそれぞれ席に着いたところで、手島先生がガララと扉を開けて部室に現れる。途端、部室はしんと静まり返り、部屋にいた全員がしゃんと背筋を伸ばした。


「皆さん、おはようございます」


 指揮台に立つ先生に、「おはようございます」と声をそろえて返す。転校してきた当初はこんなにピシッと切り替えできていなかったのにと思うと、先生に対する部員たちの信頼は並みならぬものであると実感させられる。


「コンクールも終わって、しっかりと休めたことかと思います。では早速、9月の公民館まつりと10月の体育祭の楽譜を配りますので、呼ばれたらパートごとに取りに来てください。まずは、フルート」


 部長が「はい」と立ち上がり、先生から楽譜を受け取った。その後もパートの代表がひとりずつ呼ばれ、やがて全員に楽譜が行き渡る。


 先生が配ったのは4曲分。曲目は以下の通りだ。



・公民館まつり

『Mugen』

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』


・体育祭

『旧友』

『レイダース・マーチ』



「うへ、こんなたくさん同時に……覚えきれるかな?」


 テナーサックスの1年生が顔を引きつらせる。だが先生は「きちんと練習すれば、ちゃんと覚えられますよ」と微笑みを向け、その部員を黙らせたのだった。


 でも4曲くらいまだまだ甘いよ……定期演奏会開くような強豪校だと、いっぺんに10曲以上演奏したりするんだぜ。


「本番までは短いので、すべて並行して練習を進めます。特に体育祭でのマーチングは久々の復活ですが、だからこそ下手な演奏はできないのできっちりと仕上げてください。それと文化祭の曲も配布しなくてはなりません。3年生はどんな曲を演奏したいか、話し合っておいてください」


「話し合い?」


「うん、文化祭ではいつも3年生が曲選ぶんだよ」


 俺が首を傾げると、隣の松子が小声で返した。


「へえ、曲決めるの先生じゃないんだ」


「うん、3年生は文化祭で引退だからね……せめて最後は好きな曲やってもらおうって」


 そうか、この部活をずっと続けてくれたことへの一種のご褒美のようなものなんだな。やっぱり演奏するにしても、自分で選んだ曲ならしっかり真面目に吹きたいってやる気も高まるだろうな。


 しかしこれ、部員の多い部活だったら冗談抜きに議論が紛糾しそうだな。ここら辺は小規模編成ならではの利点と言ったところか。




「あー、久々にガッツリ吹いた」


 部室を出た俺は腕をぶんぶんと振りながら廊下を歩く。だがコンクールも終わって午前だけで練習が終了してしまったせいか、気分的にはやや物足りない。


 それでも今日配られたばかりの楽譜は、クリアポケット式のファイルに入れて持って帰っている。家でじっくりと読み込んで、運指を身体に覚えさせるためだ。特にマーチングでは譜面台を立てて楽譜を見ながらの演奏ができないので、一日でも早く暗譜しておくに越したことはない。


 楽器庫の前を通りがかった時だった。いつもならきっちり鍵も閉まっているはずなのに、楽器庫の扉が開いているのに気付いた俺は、つい何だろうと中を覗き込んだ。


「宮本さん?」


「あ、砂岡くん」


 そしてちょうど大きな楽器ケースを両手で抱え上げ、流れるような黒髪を揺らして慎重に歩いていた宮本さんとばったり目が合ったのだった。


 さすがに小柄な宮本さんにはしんどいのだろう。足元がふらふらと覚束ないのを目にした俺は、反射的に飛び出して彼女の抱えていたケースを支え上げたのだった。


「あ、ありがとう」


「うん、いいよ。これスーザフォンだよね? 持って帰るの?」


 スーザフォンはマーチング用の管楽器だ。音域はチューバと同じで指使いも同じだが、まるで管が奏者の身体に巻き付いているような構造で、さらに頭の上から昔の蓄音機のようにぬっとベルが飛び出しているという、なかなかにファンキーな造形をしている。


 座って演奏する前提のチューバはマーチングでは使用できないため、部活では主にチューバ奏者が代わりに演奏することになるのだが、初めて見る人は十中八九「何だアレ?」と目がテンになって演奏よりも気になってしまうだろう。


「うん、使うの久しぶりみたいで……一回徹底的に洗ってあげようかなって」


 ああそうか、マーチング復活が15年振りみたいだがら、このスーザフォンもその間ずっと放置されていたのかな? 楽器ってしまっておいたままでも、どんどん汚れ出てくるからなぁ。


 カッコつけて「俺が運ぶよ」とスーザフォンを受け取った俺は、一歩一歩ゆっくりと階段を下りる。これ、真鍮よりは軽いプラスチック製とは言え、楽器だけでも9キロくらいあるんだよな。ハードケースも含めると、総重量15キロくらいあるかもしれねえ。


 無事1階の昇降口まで運び終えると、先に降りて職員室前の公衆電話で家にいる親を呼んでいた宮本さんと合流する。


「ありがとう砂岡くん。重かったでしょ?」


「いいよいいよこれくらい、どーってことない!」


 そう言いながらよっこらしょと楽器を床に下ろした俺の視界は、どういうわけかチカチカとフラッシュしていた。


「にしても久しぶりに楽しんで吹いてるって感じだったな、今日は」


 重みから解放され、俺はうーんと腕と背中を伸ばしながら言う。


「うん、私もそうだよ。コンクール曲ほど難しくないし、真剣にピッチ合わせなきゃって神経使うことも無いからね。コンクールの練習はしんどいけど、こうやって楽しく演奏できる機会もあるとまぁいいかって思っちゃうよ」


 そう答える宮本さんに、俺は全身の筋肉を脱力させながら「だよね」と返した。


 もちろんやるからにはきっちりやるが、コンクールのように審査されないというだけでプレッシャーは全然違う。こういう時はこちらも観客と一緒に、演奏を楽しむような感覚で臨めば良いのだ。



参考音源


『Mugen』

https://www.youtube.com/watch?v=cqWNK8SF29Y


『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

https://www.youtube.com/watch?time_continue=9&v=_PbA5axQObs&feature=emb_logo


『旧友』

https://www.youtube.com/watch?v=eMUBMm1W4eQ


『レイダース・マーチ』

https://www.youtube.com/watch?v=TT08rR-aaiQ

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