第七章その4 1ポンド=約450グラム
電話から1時間も経たない内に、俺は田んぼ道を競輪選手顔負けの猛スピードで自転車を走らせていた。そして到着したのは、JR栗東駅前のボウリング場だ。
「砂岡、おそーい!」
ボウリング場のエントランス前で手を振る松子。俺は「飛ばしてきたんじゃちったぁいたわれ!」と吠えながらチャリンコを停めた。
急な誘いにもかかわらず、この場には吹奏楽部員10名ほどが集まっていた。そのメンバーは発起人の松子はもちろん、藤田部長に筒井兄弟と学年もばらけていた。
「俺、ボウリングやったこと無いんだよね」
「そうなの? 簡単だし、すぐ慣れるよ」
みやぽんこと宮本さんがぐるぐると肩を回す。小柄で見た目はインドア派なのに、意外とこういったアクティビティもお好きなようだ。
……というかいつの間に定着したのかは知らんけど、あんたそんなあだ名でいいのか?
「あれ、徳森さんいないんだ」
集まった面子の顔を見て、俺はふと口に出す。こういう場には真っ先に参加しそうなのに。
「うん、声かけたんだけど来られないみたい。今日は家族といっしょに出かける用事があるんだって」
すかさず松子が答えた。そういえば彼女、弟がまだ小さいんだったな。あの子もきっと、家ではお姉ちゃんしているのだろう。
到着は俺が最後だったようで、吹奏楽部員はぞろぞろと自動ドアをくぐって入店した。
そして受付を済ませると、ほどなくしてレーンまで案内される。人数が多いので、2レーンに分かれてプレーするようだ。
「こう助走をつけて、大きく腕を振って投げるのよ」
初心者の俺のため、一番手の筒井先輩は13ポンドのボールをその長い指にはめ込むと、デモンストレーションを兼ねてゆっくりとレーンに向かって歩きだす。通い慣れているのだろうか、手足の長いシルエットに加えてためらいの無いしなやかな動きは、バレエダンサーのように美しい。
軽くスピンがかかっているのだろう、先輩のボールはレーンの上を弧を描くように転がると、10本のピンのど真ん中にぶつかり、甲高い音をあげてピンを弾き飛ばす。
1投目で倒れたピンは9本だった。その後の一投で残りの1本もきっちりと倒し、幸先良く先輩はスペアを記録する。
「ふう、久しぶりだけど腕は落ちてないようね」
隣のレーンでもたくちゃんが兄と同じくスペアを決めている。この兄弟、英才教育でも受けているのか?
「ほら砂岡、やりやすいようにでいいから投げてみなさいよ」
筒井先輩に背中を押され、俺は皆の前に立たされる。ルールは簡単だけど、実際見てみるとレーンって思ったより長いな。
けど動き自体は難しいものじゃない。よし、イメージもばっちりだ!
とりあえずこんなものかなと12ポンドのボールを持ちあげる。ややずっしりくるようにも感じたが、ユーフォで鍛えたこの筋肉なら十分に扱える重さだ。
「いくぞー!」
意気込んだ俺はボールに指をはめ込み、ずんずんとレーンの前まで進んだ。
「がんバレーボールー」
応援する気のカケラも感じられない声援を松子が送る。その後ろでは宮本さんがにこにこと楽しそうに眺めていた。
見ていてくれ宮本さん。ビギナーズラックだけでは片付かない俺の実力を披露して差し上げよう。
俺はレーンの向こうで並ぶ10本のピンに狙いを定め、そして筒井先輩のフォームを思い出しながら腕を大きく後ろに振る。
だが真後ろに最大まで腕を振った、まさにその時だった。サイズが大きすぎたのか、俺の手からすぽっとボールが抜けてしまったのだ。
「あ」
唖然として後ろを振り返る。だが時すでに遅し、俺の手から離れたボールはひゅるると宙を舞い、バギィッとけたたましい物音を立てながら後ろのベンチに激突したのだった。
「あぶな!」
ボールの直撃した席のひとつ隣に座っていた松子が思わず身をよじって叫ぶ。幸い誰もいなくて助かったが、驚いた松子が手に持っていた紙パックのオレンジジュースを強く握りしめてしまったせいで、ぶちゅっと中身が飛び出して床に散らばってしまった。
「バカ岡、あんたもっと小さいの使いなさい!」
「はい……」
筒井先輩の叱責に、俺はしゅんと小さくなる。
ちなみに俺の次に投げた宮本さんは、一発目からいきなりストライクを決めていたのだった。
「ひっでぇスコア」
ボウリング場を出た俺は、Gで埋め尽くされたスコアの用紙を眺めながらむむむと目を細める。まったく、みんなどうやってあんなにまっすぐ投げてんだよ。
「あはは、これ期末テストの点数だったら絶対追試だよ」
「テストの科目にボウリングが無くて良かったね」
げらげらと笑う松子に、慰めてくれる部長。そういうふたりとも、スコアは軽く100を超えている……俺、もっと練習しとこ。
ボウリングで汗を流した後、俺たちは駅前ショッピングセンターのフードコートで各々ジュースやアイスをアテに涼んでいた。
夏休み真っ只中ということで店内には子供連れが多い。そして夏らしい催し物の一環だろう、ガラス張りの壁で隔てた屋外にはりんご飴や金魚すくいなどの屋台が立ち並び、大勢の人で賑わっていた。
「ねえ、あれ!」
その時、ソーダフロートのストローに口を付けていた宮本さんがガタっと立ち上がり、外を指さす。
つられて顔を動かした俺たちは「あ!」と声をそろえた。なんと手にトランペットやトロンボーンを持った見た目中学生くらいの制服を着た集団が、行き交う人々をかき分けるようにして一列になって歩いていたのだ。
イベントでもやるのかな?
ショッピングセンターや公民館のイベントで学校の吹奏楽部が演奏を依頼されることは珍しいことではない。特に名の知れた強豪なら、年がら年中ひっきりなしに演奏会に追われているものだ。
「ねえ、あれ守山中央の制服だよ!」
気付いた部長があっと口を押さえながら言う。途端、俺たちは一斉に立ち上がり、筒井先輩の「行ってみましょ」の号令とともに小走りでフードコートを後にしたのだった。
屋外の広場には一段高くなった舞台が設けられ、例の楽器を持った集団が整列してチューニングの音を鳴らしている。物珍しい管楽器に興味を引かれてか、通りがかりの人々もひとりふたりと舞台の前で足を止め、あっという間に大きな人垣ができあがってしまった。
俺たちはステージのよく見える吹きさらしの連絡通路から、彼らの演奏を聴くことにした。
「駅前サマーフェスティバル、続きましては守山中央中学校吹奏楽部の皆さんの演奏です」
司会のお姉さんがハイテンション気味に紹介する。
「やっぱり守山中央でしたか。昨日の今日でここに来たんですかね?」
「いいえ、これコンクールメンバーじゃないわ。トロンボーン吹いてる子、もっと背が高かったもの。たぶんだけど、コンクール出られなかった1年生中心の編成じゃない?」
疑問を口にする俺に、筒井先輩がすかさず答える。たしかに先輩の言う通り、ざっと見たところ人数は昨日より少なく、40人いるかいないかといったところ。
中学Aの部でコンクールに出られるのは、最大50人まで。部員が80人以上もいる大所帯ならば、全員が同じ舞台に立つのは規定の上で不可能だ。
つまりここにいるのは、惜しくもコンクールの舞台に立てなかった生徒たち。その鬱憤を晴らさんと実力を発揮する機会に、俺たちは偶然にも巡り合わせてしまったのだった。
観客がぱちぱちと拍手で盛り立てる中、指揮者の先生がタクトでリズムを刻む。それに合わせて彼らが奏で始めたのは、カーペンターズの大ヒット曲『トップ・オブ・ザ・ワールド』だ。
誰もが聞いたことのある名曲。金魚すくいの前で屈んでいた子供、ベンチでくつろいでいたお爺ちゃん、さらには汗を拭いていた警備員まで、全員がステージの方に目を向けた。
「あら、カーペンターズ!」
「懐かしいわねー」
世代ドストライクなのだろう、連絡通路を通りがかった買い物途中のマダムふたりが足を止め、ステージの演奏に耳を傾ける。スーパーに来ている主なターゲットである家族連れを楽しませるには、コンクールで使うような吹奏楽曲やクラシック音楽よりも、耳に馴染みのあるポップスや童謡が好ましい。
それにこういう場はガッチガチな評価の対象にはならないので、演奏する側にとってもほど良い緊張と爽快感を得られる。楽器に慣れ始めた初心者が演奏経験を積むには絶好の機会だ。
強豪校が強豪校たるゆえんは、単純に突出した才能が集まるからではない。コンクール以外にもこういった演奏機会がコンスタントに巡ってくることで、モチベーションを維持しつつ個々人の力量に応じてステップアップしていける体勢が整っているのだ。
「なあ、カサキタってこういう場に呼ばれたことある?」
俺は隣の松子にふと尋ねる。だがヤツは一瞬のためらいすら見せず、きっぱりと「一度として無い!」と答えたのだった。そうも自信満々で言われると、こっちはずんと自信失くすしかないですよ……。
参考音源
『トップ・オブ・ザ・ワールド』
https://www.music8.com/products/detail3244.php




