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第一章その2 この部活、やばい

 この日は始業式と学活が終わると、もう部活の時間だ。大会でも近いのだろうか、廊下の窓から見えるグラウンドではすでに野球部やサッカー部がユニフォームに着替えて練習の準備にとりかかっている。


「こっちだよー」


 俺は松井さんに連れられて校舎の最上階、4階へと上がる。目指すは吹奏楽部の部室だ。


 聞けば吹奏楽部は空き教室のひとつを部室として使わせてもらっているらしい。なんとなく音楽室を使うのが普通だと思っていただけに、こういうパターンは珍しいな。


 校舎の端っこの階段を上った先、フロアの突き当たりにあるのが音楽室。そこから普通の教室の半分くらいの横幅の楽器庫を挟んだところに位置しているのが、吹奏楽部の部室だ。


 引き戸のガラスには『吹いて奏でて楽しい!』とやたらカラフルなフォントで描かれた手作りのポスターが貼られている。吹いて奏でる割には楽器の音が全然聞こえてこないのだけど……まだ準備中なのかな?


「みんなー、おっはよー!」


 取っ手に手をかけた松井さんが、ガララと勢いよく引き戸を開ける。


 そして中から返ってきたのは爽やかな挨拶……ではなかった。


「おっはよー」


 投げやりで、ぶっきらぼうな声。同時に俺は目に飛び込んできた光景に、「ええ……」と固まってしまったのだった。


 壁際に置かれた楽器ケースや楽譜を入れている大きな棚、ティンパニーやドラムセットなどパーカッション一式が収められた部室で待ち構えていたのは、6人の女子生徒。そんな彼女らはフローリングの床の上に円を描くように座り込み、なんとその真ん中に人生ゲームを広げて遊んでいたのだ。


「おっしゃ5万円ゲットー……ん、その男子、誰?」


 その中のひとりが俺の存在に気付き、訝しげに目を細める。


 ややカールのかかった髪は、絶対に染めてるだろと突っ込みたくなる程度に鮮やかな茶色だった。制服の着崩しも大胆で、きわどいレベルで短くしたスカート、その脚を覆うのは時代遅れのルーズソックス。


 いかにもギャルといった風貌の女子だ。前の学校は校則かなり厳しかったから、こういうタイプはまずいなかった。


「うん、転校生。前の学校でユーフォやってたんだって!」


「ゆーふぉー? 何それ、焼きそば?」


 ギャルっぽい子の頭の上に、でっかいクエスチョンマークが浮かび上がる。


 え、吹奏楽部なのにユーフォ知らないの?


「ほらあれだよ、チューバをもっとちっさくしたの」


「チューバって……ああ、あのでっかいやつか」


 ジェスチャーを交えた松井さんの解説を受けて、ギャル子もようやく頷いた。


 え、チューバ思い出すのに何でタイムラグが?


「あ、あのー」


 おそるおそる手を伸ばし、俺は松井さんに尋ねる。


「ここって、部員何人?」


「15人だよ。内幽霊2人」


「随分……少なくない?」


 吹奏楽の一般的な編成は、30人から60人くらいを想定している。いくら2、3年生しかいない今の時期とはいえ、15人……いや実質13人はしんどいだろ。


「仕方ないよほら、うちの学校、部活は強制参加だから。だからこの部はね、運動は苦手で他に行くあての無い生徒のセーフティネットみたいになってんの。いわば台所の三角コーナー」


 え、そんな生ゴミの集積所扱いなの、ここ!?


「えっとじゃあ、コンクールはどうしてるの?」


 矢継ぎ早に俺は訊いた。


 吹奏楽で一番盛り上がるイベントといえば、夏のコンクールをおいて他にない。これは都道府県大会、関西大会や中国大会などの支部大会、そして全国大会と一段ずつ勝ち上がっていく形式で、特に全国大会は吹奏楽に携わる者なら誰しもが憧れる夢の舞台でもある。


「小編成の部で出てるよ。いつも県下最弱って呼ばれてるけど」


「去年も県南部地区予選でハイさよならだったもんねー」


 ギャル子がけらけらと笑っていると、再び自分のターンが巡ってきたようだ。そして「5出ろー」と言いながら、彼女は人生ゲームのルーレットを指で回したのだった。


 やばい、この部活、絶対にやばい。


 どこに行っても吹奏楽続けるぞ、と熱い決意を胸にして転校してきたのに、ここじゃマトモに楽器吹くことすら難しい気がする。


 俺の身体は理解が早かった。頭の中では「いや、でも練習はひとりでもできるから」と理性が訴えているものの、すでに足は一歩二歩と後ずさっている。


「あれ、砂岡くんどうしたの?」


 そんな俺の不審な動きに気付いたのか、松井さんが声をかける。


「せっかくだし、他の部活も見てみようかなって」


 俺はへへっと笑って誤魔化した。たしかパソコン部ってのもあるらしいし、部活はそこに入って吹奏楽はアマチュアの市民楽団とかで続けようかな?


「そっかぁ……じゃあ気が向いたら、またうち来てね!」


 ごめんよ松井さん、たぶんもう来ない。


 俺が何を考えているのかなんとなく察してくれているのだろう、松井さんも笑ってくれてはいるものの、その目はちょっと残念そうだった。


 良心が痛む。けれどここで吹奏楽はできそうもない。


 俺が「じゃあ」と言って部室を去ろうとした、まさにその時だった。


「皆さん、お待たせしました」


 部室の扉ががららと開けられる音が聞こえ、俺ははっと振り返る。


 なんとそこには、見眼麗しい妙齢の女性が立っていたのだ。


「あ、先生!」


 松井さんがやっほーと手を振ると、その女性もふふっと笑みを見せて小さく手を振り返した。


「先生?」


「うん、顧問の手島てしま先生だよ。今年来たばっかりで、ウチらも昨日の練習で会ったばっかりなの」


 そういえば今日の始業式、着任教師に若い女性がいるなと思って見ていたんだ。自分がステージに立つ前なので緊張していたおかげで、ろくに頭に入ってこなかったけど。


 歳は20代半ばくらいだろう、落ち着いた雰囲気の美人顔で、ふわっとパーマのかかったロングヘアが特徴的だ。白のブラウスに黒のロングスカートも、上品な淑女といった印象を周囲に与えている。


 そして何よりも、でかい。


 もう一度言おう。でかい。


 え、どこがって? 健全な男子がどこに視線向けるかと言えば、すぐわかるでしょうに。


「あら、男の子もいるのですね」


 先生は呆然と立ち尽くす俺に気付くと、にこりと微笑んでこちらを向いた。なんという邪念の感じられない表情かお、まさに天使の微笑みだ!


「ああ、砂岡くんは今日転校してきたばっかりで、まだどこの部活にも――」


「はい2年4組、砂岡敏樹です! 吹奏楽部、入部希望です!」


 話し出す松井さんを遮り、俺はびしっと手を挙げて高らかに宣言した。


「1年の頃はユーフォ、バリバリ吹いてました! こっちでも低音、頑張りたいです!」


 先生は「まあ嬉しい!」と手を合わせて満面の笑みを俺に向けた。これほどまで吹奏楽を始めて良かったと思ったのは、もしかしたら初めてかもしれない。


 一方の松井さんはというと、「……あれ?」と首を傾けながら俺の顔を覗き込んでいた。


 そうだそうだ、何もコンクールに燃えるだけが青春じゃない。気楽な部活で青春スクールライフを謳歌するってのも悪くないもんな!

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